ポンっという音と共に生まれ出たらしい幾つもの獣。名はポケットモンスター。ポケットなんていうようになったのは、それら変わった獣を人が利用価値を見出だし、持ち運ぶようになったからである。

ペットにする者。
バトルする者。
世の手助けをする者。
悪用する者。

様々な目的で捕まえる。


かつて旅をした。
ポケモンマスターになるという夢を追いかけて、楽しく、輝く旅をしていた。

しかしいつからか疑問が生まれた。
ポケモンという存在に。
その疑問がやがて人間へと行き、嫌疑に変わった。
そこから世界の色が無くなっていった。



自責と他愛



微かに聞こえた、名を呼ぶ声。またバトルか。
もうそれしか意味を成さなくなってしまった他人の声に、嫌悪を抱きながら。
逃げれたら逃げようと。
それでも急ぎ、避ける気もなく、なされるがままに再び強くふぶく雪山を、ピカチュウと共に歩く。


「サ……シ」
「サト……」


「?」


記憶にある声色に気づいた。
振り返ると、視界は悪いが見える、近づいてくる茶色い肌にオレンジの頭。

「カスミ、タケシ、ケンジ…ハルカ?」
「ピカピ…」

ピカチュウが不安そうに見上げてくる。

「サトシ!よかっ…心配してたんだから!」
「とりあえずあの洞窟の中に行こう!」
前置きもなく。
されるだろう反応の予知の合致に。
この吹雪の中で話すのは避けようと、こちらの意思も聞かずに雪を遮る穴へと進む、かつて旅した仲間の後を、理由を知っているからこそ、抗うことなく黙ってついて行くことにした。


みんなが自分を捜し当てたことに驚きはなかった。


自分は。
誰にも、何も言わず、残さず、ピカチュウだけを連れて、この酷くふぶくシロガネ山へと来た。

それからずっと山を下りていない。
何日、何ヶ月の話ではない。
数えるのも馬鹿らしいほどの月日。

理由は…。



パチっ

薪の朱が映えれば、さて本題だとバンダナを直す観察者がしゃべる。
「今までどこに居たんだ?サトシ。サトシが急に居なくなって、みんな心配してずっと探してたんだよ。」
「いったい何があったんだ?」

「………別に」
「別にって…あんた!」
「まぁ落ち着けカスミ。」
「ってか、よく俺がここだってわかったな」
「ヒカリが情報を掴んで…。噂にもなってたらしい。シロガネ山に強いトレーナーがいるって」
「あぁ、まぁシロガネ山にはずっと居たよ。ピカチュウと一緒に」
「なんで?だったら一言でも…どうしてそんな急に…」
「………」

ウザったいな。
あんなにいろいろな旅をして、支えてくれた仲間に対してそんな風に感じた。

「…………」
「…………」

「わかった、帰ろうみんな」
「え!?」
「ちょ、タケシ!?」

食い下がられると思ったのに。
そのタケシの答えに、驚きで目を向けると、細目の元義兄は穏やかな顔つきで立ち上がっていた。

「悪いなサトシこんなところまで。サトシに何があったのかは知らないが、嫌な思いをさせたな」
「え…」
「嫌な思いって何?私たち、なにも…」
「ここにいる時点でサトシには嫌なことなんだよ、ハルカ」
「どういうこと?」

「俺達に何か一言あってならともかく、何も連絡もないままってことは言いたくなかった、探してほしくなかったってことだろ?そういう理由が、俺達に対しての何かしらの思いが、サトシの中にあったんだろ?」

タケシが口を開く度に罪悪感がじくじくと蝕む。
何も言わずに消えたのは、タケシという人間が、ハルカという人間が嫌になったのではなく、そのタケシ、ハルカという個人(人間)を模る器が嫌になっただけ。
誰か特定、ではない。
ポケモンを持ってる人間に耐え切れなくなっただけ。人間の下にいるポケモンたちを見たくなかっただけなんだ。
それだけだ。
だから今でも旅した仲間を大切に思ってる。
でもそれ以上に世間への拒絶が大きかった。
しかし、今タケシは気持ちを汲んでくれた。本来なら問いただされても仕方ない自分の行いを。
自分は。
何かを見逃した?

どうしてそう思ってくれるのか。どうして考えてくれるのか。

先程の自分の安い嫌悪に申し訳なさでタケシから目を逸らすと、頭に一回り大きい手が乗せられた。


「本当、すまないな。俺はお前が元気にしてるならそれでいいよ。シロガネ山は厳しいから…体、気をつけろよ」
「………」

罪のなにものでもなかった。

タケシが山を下りようと背を向ける。
「違うんだタケシ!」
思わず出た強い声に後に続こうとしていたみんなとタケシがこちらを振り向く。
違うんだタケシ…。
話すべきか。
話さざるべきか。
守り続けてきた沈黙に、長い時間迷う。


「サトシ?」

ふいに名を呼ばれる。
その声が心を震わせた。わからない。今までだって呼ばれているのに。

全部話そう。そう思った。

「理由なんかないよ。ただ関わりたくなかっただけ」

「……何に?」
「………」
「サトシ、言って。言いなさい」
見ない間に特徴的な髪が随分と伸び、大人っぽくなった彼女は命令口調だった。初めて旅した時に出会った初めての仲間。変わらないな。僅かに懐かしさが込み上げる。

少しの躊躇い。迷いの後。
「…みんな、やっぱりポケモン持ってるよな?」
「?あ、あぁ」

全てを語る。

「それってなんで?」
「え?なんでって…」
「ポケモンって凄いよなー。いろんな技を使えるし、バトルなんかトレーナーの命令は絶対だし……そのことみんなはどう思ってるわけ?」
「どう…とは?」


「俺は。………」

「俺は堪えられなくなったんだ。狭い世界に閉じ込められて、言われた通りに生きる。思うように生きられなくなってしまったポケモンたち。人間の思いのままだ。それってどうなんだろうな」
本音を吐露するのを感じてか、それなら別だと、タケシが腰を下ろし、少しの焦りを含んで口を開いた。
「サ、サトシだって今まで仲間にしてきたじゃないか。あんなにポケモンを捕まえるのを、嬉しそうにしてたじゃないか」
「あぁ。でも成長していくみんなを見ているうちにさ、なんかポケモンって俺たち人間なんかに縛られていいような存在じゃないような気がして。」
「ポケモンたちだって好きでトレーナーの下にいる子もいる。命令されて生きてるわけじゃないポケモンもいる。この世界じゃ、それが当たり前なんだ。この世界はそういう成り立ちなんだ。どうすることもできない」
「だからだよ、タケシ。どうすることもできないことだって解ってるから。だけど、見ていられなかった。ポケモンたちが自ら望んでいても、人に対する怒りの気持ち悪さは消えなかった。だから俺はここに来た」
「ここにきてどうするつもりだったの?」
「どうもしない。言ったろ?理由なんかないって。ただこの世界と関わりたくなかっただけだよ」
「シロガネ山は世界と関わらずに済んだ?」
「少なくとも今までよりは。ここはずっと吹いてるし、あんまり人も寄り付かないし。まぁたまにバトルすることはあったけど……。そうかそれが噂になってたんだなー」
これからはなるべく移動も極力控えなきゃなーなんて考える。

「いつまで………ここにいるつもりなの?」

「………」

その質問が。
まずい。と頭の片隅で警鐘をならせた。
見つめてくる瞳が。声が。
光のある方へと導こうとするから。
堤防が崩れる予感に、目を反らすことでこの場の脱出を試みる。
これ以上の気持ち吐露は、今までの自分の行動の無意味さを曝すようで…。

それはダメだ。

「……ごめん。もう家に帰る気はない」

勝手なのはわかってる。でももう自分に関わってほしくない。


そうじゃないと。



「え、何言って…ママさんだって心配してるのよ!?」
「うん、悪い」
「悪いってあんた…」
「もうみんなとも会う気もない、ごめん」
「サトシ!」
「じゃ、俺もう行くから」
「ちょ、サトシ!?」
「ど、どこ行くんだよ!」
「ごめん」
彼らの顔を見ることもなく、外へと向かう。
「待ちなさいよサトシ!まだ話…」
「夢は!?サトシの夢はどうするんだよ!?」
「ピカピ…」
もう歩き始めてんのに。
傍らのピカチュウに微笑を送って。
「ごめん!」
振り向くことなく、立ち止まることなく、叫び返す。

「サトシのことをライバルとして認めてる、たくさんのトレーナーを裏切るのか!?」

「ごめん!!」

これ以上聞きたくないと訴えてくる心。
仲間たちの声を遮るように。






「だから……」

「カスミ…?」


「だから……行くなって言ってんのよ馬鹿サトシー!!!」


キラリキラリ。

世界が。

煌めいた。

「っ!俺はっ!俺はもう嫌なんだ!!」

自分でも無意識なほどに。
振り返り、叫んでいた。

喉が潰れるほど。

遠くで響くそれが、その声が、みんなと彼女のものだとわかったとき。
保っていた世界の崩壊を呼んだ。
理解なんて必要ないと一人。閉じた世界への陥落。

「見たくない!人間たちの都合で、ポケモン達を縛るなんて!こんなの…こんな……どんなエゴなんだよ…ポケモンだって個人(生き物)なのに…」


「じゃああんたの隣にいるピカチュウは何なのよ!?あんたはまだ何かを諦めきれてないんじゃないの!!?」

「っ…」


そう。
ここに来るまでに仲間にしてきたみんなを一匹一匹すべて逃がしてきた。
戻ってこようとするのを叱り付けてまで逃がしてきた。
でもこのピカチュウだけは、当たり前にそうしなかった。
傍にいてほしかった。
自分と人生を共にしてほしかった。
一緒に落ちてほしかった。

図星だった。のかもしれない。


「サトシ!」
叫びながら、積もる雪の中を懸命に歩いてくる、懐かしい親しんだ人間に。抱きしめてくるたくさんの人間に。
ついに溢れてくる涙を抑えることができず、俺は。

流れてくる涙をそのままに。

声を殺して、泣きつづけた。




ずっと。ずっと。
抜け出せない輪廻に。
心は助けを求めていたことに気づく。



雪が。



始まりを告げる。




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