空色
雨は潤色(うるみいろ)
相変わらず、昼は屋上で食べていた。
友達に「どうしたんだ。」と聞かれることはあったが、曖昧に濁していた。
元々、永田と週に1,2度一緒に飯を食べていたこともあり、それほど詮索はされなかった。
だけど、「彼女ができたんなら教えろよ。」と言われた言葉に勝手に傷つく。
友人には行って無いけれど恋人はいた。
それは過去系だった。
永田は小林さんと相変わらず一緒にいることが多かった。
河澄は来たり来なかったりとまちまちで、居たとしても大した会話もない。
けれども、その時間に救われていたことも確かだったのだ。
雨の日だった。
だから、いつもよりお昼休みの教室は人数も多かった。
クラスメイトの一人が永田達を茶化したのが発端だったと思う。
永田は小林さんを庇う様にして、それからこう言った。
「俺の大切な恋人に酷い事いわないでよ。」
何もかもが限界だと思った。
自分から別れようってメールを送ったのだ。
それなのに、馬鹿みたいだと思った。
だけど、どうしてもその場に居たく無くて、足早に教室を後にした。
あの時と同じだ。
ただ、自分は逃げ出す事しかできない。
だけど、どうすりゃよかったんだ。
兎に角、走って走って、屋上に向かうための薄暗い階段まできてようやく足を止めた。
息はぜいぜいと乱れている。
見上げた屋上に向かうドアに寄りかかった河澄を見て、何かが崩壊してしまった。
堰を切ったように溢れ出る涙は止めることができず、ただただ嗚咽をこらえることで精一杯だった。
河澄は、きっとぎょっとしているだろう。
滲んだ視界ではよく見えない。
すると、ずかずかと歩を進めて手を引かれる。
階段を上り切った先の踊り場の様なスペースでまるで、他の全てのものから隔離するように抱きしめられた。
抱きしめられるというよりしまい込まれる様な感じだった。
それから母親が小さい子にするみたいに、背中をさすられた。
我慢していた嗚咽が止まらない。
河澄は何も聞かない。
聞かれたところでまともに会話ができる状態じゃないので、ありがたい。
ただ、ずっと馬鹿みたいに泣きじゃくる俺に付き合っていてくれる。
押し付けられた河澄の胸板から伝わる規則正しい心音に、段々と落ち着いてきた。
ヒックヒックと整わない息と、湿っぽい感触。
間違いなく河澄の制服は酷い状態だ。
体全体が、熱っぽくなっているのが分かる。
泣きすぎてぼーっとした頭では考えることもままならない。
何気なく見上げた河澄の表情は、優し気で、嫌悪感どころか呆れすら見て取れなかった。
「ゴメン、……汚した。」
離れがたくて、そのままの体制で言う。
河澄の手は相変わらず俺の背中をそっと撫でていた。
「やっと、泣いたな。」
戻ってきた言葉は想定の範囲外だった。
「……やっと?」
泣きすぎて、かすれてしまった声が出た。
撫でるというよりぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜる様ににして頭を触られた。
兄、はいないので分からないが、まるで弟にするみたいだと思った。
思わず笑顔を浮かべる。
愛想笑いとか、作った笑顔はできていた。
だけど、ちゃんと笑えたのは、あの日から初めてだったかもしれない。
「初めてあった日、ああ、泣きたいの我慢してるなって思った。」
相変わらず俺のことを撫でながら河澄は言った。
俺は、そんな顔していたんだろうか。
「だから、話しかけたのか?」
丁寧口調は自然と抜けていた。
「そうだな。」
一際優しい顔をして、もう一度河澄はおれのことを撫でた。
やがて、冷静になってきた頭が、男同士で抱きしめあっているという事実に気が付いて慌てて離れると、河澄は面白そうに声を出して笑っていた。
了
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