secret


▼ 引っ掛かる後のとある海兵のうわさ

「――センパイ、おれ、見ちまったんですよ」

 とある日の午前。書類に乱雑なサインを書き込みつつ欠伸を噛み殺していると、僕はふと向かいの席の後輩にそんなふうに話を振られた。一体なんの話かな、と思考を巡らせつつ、キリのいいところまで書き終えてから顔を上げると、話を聞きつけたらしい隣の後輩その2が、興奮を隠しきれない様子で身を乗り出してくる。

「お、おれも見たんす、センパイ! 事件すよ」
「おれらこないだの朝、たまたま遭遇して二人で見回りしてたんですが、ありゃあ何なんでしょうね」
「あれは絶対なんかあるっすよ」
「おれら、もうびっくりしちまいまして」

 全く要領を得ない後輩たちの会話をなんなんだか、と聞き流す。この少し間の抜けた後輩たちのことだ、どうせカラスがゴミ袋を漁ってるのを見た、とか、そのゴミ袋の中身はどこかで見たことがあるレスラーのパンダマスクだった、とかそんな感じの話だろう。付き合ってられないな、と机に視線を戻す。だいたい僕の関心が向くのはもっとスキャンダラスな噂話であって、そんな与太話への興味は――。

「一体どうなってんですかね。ナマエちゃんと大佐が一緒に本部に通ってたなんて」
「それ、もうちょっと詳しく聞かせてもらえるかな」

間髪入れずペンを置き、後輩の話を聞くべく本腰を据える。自慢じゃないけど、変わり身の早さには自信があるんだ、僕は。
 ――ナマエとは、しばらく前に海で拾われたある女の子のことだ。あの船旅はすでにずいぶん前のことに思えるが、僕たち海兵は彼女への恩を忘れてはいない。本部に来てナマエと会う機会が減ってからも、たしぎ曹長と彼女はここの連中にとっての二大アイドルである。もちろん僕もその信奉者の一人で、ちなみにナマエには「裏切り者のお兄さん」なんてあだ名で呼ばれてたりもする。……まあ、その経緯はさておき、今はこの噂話を聞こうじゃないか。

「センパイ、ちゃっかりしてますねえ」
「いいから。それで、この前の朝に見かけた大佐とナマエちゃんがなんだって?」

 後輩その1は少し呆れたような(先輩に対して失礼な奴だ)顔をしつつ、食いつきのいい僕に話すのは満更でもない様子で、記憶を思い起こすように斜め上を見上げながら会話を続ける。

「こないだつか、ナマエちゃんの拉致事件が起こる前くらいのことですね。本部に向かう道のりで、ちょうど並んで歩いてくるお二人を見かけたんですよ。今更つったら今更なんすけど、そんとき見たあのお二人はなんかずいぶん仲良さげで。大佐も曹長も頑なに言いませんけど、大佐はナマエちゃんの家も知ってるみたいですし、こりゃなんか怪しいなと思っちまいまして」
「大体あのスモーカー大佐が、っすよ。ずいぶん気安そうつーか、肩の力が抜けた感じで。ナマエちゃんの方も妙にこう……親しげって言うんすかね。――まあこれだけじゃ護衛だったのかとかなんとでも考えられるんすけど、何よりそんとき盗み聞きした会話がやばくて……」

ナマエ推しの一人としては、プライベートの彼女の会話に聞き耳を立てるような真似を咎めるべきかもしれないけど、多分僕も同じ状況なら同じようにしてたので何も言わないでおこう。話の続きも気になるところだし。

「その会話って……どんな?」

 思わず身を乗り出して尋ねると、二人は示し合わせたかのようにおもむろに顔を見合わせる。そしてその1が唐突に「おれが大佐役やります」と言ったかと思うと、その2も至極当然のように頷いて、何故か目の前でしょうもない小芝居が始まってしまった。

『――結局いつも通りの格好だな、お前』
『あんなヒナさんの趣味全開の服を普段使いできるわけないでしょう』
『わりと似合っちゃいたがな』
『そういうお世辞要らないですから。それにこの前の晩のこと、わたしまだ根に持ってますからね』
『……? あァ、あの下着の……。根に持つも何も、脱がせろつったのはお前だろう』
『だッ、ちょ、な、……お! 往来でそういうこと言うの止めてくれませんか、てかそこまで脱がしてとか頼んでないですし……!』

……後輩二人の演技が相当に気持ち悪いのはさておき、今の会話、どうだろうか。

「怪しい、というか。その会話だけ聞けば完全に……あれだよね。もう」
「そっすよね……これはスキャンダルっすよ……。しかも、歓迎できないタイプの」
「僕、ナマエちゃんは結婚するまで貞操は守るタイプの女の子だと思ってたのに……」
「それはきもいっすよセンパイ」

「てか、やっぱり付き合ってるんですかね」
「あー! もうお前、今まで微妙にごまかしてきたのになんで言うんすか! 信じたくないすよ、ナマエちゃんに相手がいるとか……しかもその相手があの地味に憧れてたスモーカー大佐とか……」
「いやいや、ねえでしょ。スモーカー大佐は昔ヒナ大佐と色々あったって聞くしよ、好み的に考えてさ。それにナマエちゃん相手に男女関係となると、それもうロリコ……」
「それこそ違うっすよ。ナマエちゃんの実年齢は前(※14話)に判明したじゃないすか。大佐が外見で女を選ぶような男だと思うんすか?」


「まあ、さっきの会話はせいぜい、『脱ぎにくい服を脱ぐのに手間取ったナマエが近くにいた大佐に手伝いを頼んだところ、うっかり下着の留め具まで外されてしまった』とかいう展開なんだろうけど……」
「センパイ、現実を受け入れたくないのは分かるんすけどビジョンが明確過ぎてきもいっす」
「バカお前、センパイのこういう発言はだいたい当たるんだよ」
「えー……?」



(企画用に書いてたもの。どう考えても部下のキャラが立ちすぎている)

prev / next

[ back to title ]