secret


▼ 逆しまの肺腑P2、省略部

 医療棟に着いてからの流れはスムーズだった。長いこと入り浸っていたおかげで衛生兵さんもわたしの顔に見慣れてきたのか、いきなり訪れたにも関わらず随分と手際のよい対応をしてくれた。ちなみに処置の担当はここで寝泊まりしていたころから気にかけてくれる親切なナースさんだったのだが、彼女もわたしが快復して早々訪れたことを心配してくれたらしい。どうしたのと不思議がるお姉さんに、一人では上手く巻けなかったんです、と言えば

「一人暮らし? 小さいのに大変ね」

なんて返されてしまった。ので、年齢に関しては早々に勘違いを指摘しておいた。わたしも学習するのである。まあ現状、肝心の一人暮らしか……というところでは否定の言葉に詰まってしまったのだが。


「――すいません、お手数掛けました」

 そんなこんなで新しい包帯を巻き終えて、医療棟を後にする。

 うーん、しかし、思いの外早く済んでしまった。まだまだ昼までは時間がある。早めに顔を出したってクザンさんなら喜んで受け入れてくれるだろうけど、なんとなく余計な心配をかける気がするから、適当に時間を潰したいところだ。
 とはいえこの時間、言うまでもなく大抵の海兵の人たちは仕事中である。海兵でもない暇人のわたしがぶらついているようでは本部の沽券に関わってしまうやもしれん。先ほどからすれ違う人の視線も少々痛い。なんとか、いい感じの隠れ場所を見つけたいものだけど、わたしはそんなに本部に詳しいわけじゃない。はてさて困った。

 立ち往生もなんなので、とりあえず石畳の廊下を進んで行く。医療棟があるのは石垣部の上端、いずれにせよ中心部への移動が必要になる。とはいえ特に行き先は決めていないので、風の吹くまま気の向くままといった感じだ。

 おつるさんのところへ行こうか、とも思うが、それこそ今はお仕事中だろうしなあ。それにわたしの怪我の件で、ここのところ修行にもお暇を頂いてしまっている。顔を出したところで、という話だ。おつるさんといるのは気楽なのだけど、お姉さん達には余計な気を遣わせてしまいそうなので、こちらも控えたい。ヒナさんもこの頃異動の準備で忙しいはずだし、クザンさんがあれだから勘違いしがちだが、将校の方々となれば(ガープさんは別としても)普段から大忙しだろうし……。
 他にもいくつか頭の中で候補を挙げたが、可能なものだけ見てもいまいち気が引けてしまう。仕方のないこととはいえ、みんな少し過保護になっているのだ。誘拐、拷問、消えない傷痕というのはやはり、気にしないで、で済む話でもないのだろう。この本部ではわたし以上にわたしの身を案じてくれている人は決して少なくはない。このうえなくありがたいこと、ではあるのだが……現状なんだかんだ居心地がいいのは、存外サカズキさん相手とかかもしれない。

 仕方なしに階段を下っていく。まだ昼には早いけど、食堂で時間を潰すというのが今のところ最有力案だ。リフトを使用すると一瞬でたどり着いてしまうので、のろのろと徒歩で移動する。

 ……まあ、自覚はある。一番分かりやすい選択肢を、真っ先に省いた自覚はあるのだ。

 昨日も、一昨日も、この進展のない窮した現状を打破する簡単な答えは、わたしの目の前に転がっていた。言ってしまえば、そうだ、会いに行けばいいのだ。わたしが直接、スモーカーさんのところへ。
 居場所は分かっているんだし、会えないというわけじゃない。スモーカーさんだって露骨に追い出したりはしないはずだ。それに、きっとたしぎ姉さんも気を揉んでいることだろう。わたしとスモーカーさんのことを、随分と心配してくれていた。彼女と話すだけでもしておきたい、と思う。けれど、でも……。

 覚悟の決まらないままに、わたしの足は自然とスモーカーさんたちのいる仕事部屋の方を向いていた。下るならばどうせ通り道だからと、無為に言い訳がましく唱えながら。

(2ページめの直前にあたる部分、助長になるのでまるごと削除。後半の一部を使い回し)

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