secret


▼ クザンとほのぼの

「クザンさん」

 床に膝をついて、ゆさゆさ、とものすごい長身のおっさんの体を揺するわたし。ジャケットを縁側の手すりに引っ掛けて、額が定位置のアイマスクを目の位置まで引きずり下ろし、リクライニングチェアで気持ち良さげに眠っているこの人は、何を隠そう海軍本部大将青キジ、ことクザンさんなのである。そしてもちろんこれはお昼寝ではない。今は絶賛午前10時、どう考えても寝る時間を間違えている。

「クザンさん、起きてください」

少し乾いた潮風がふわりと吹き込んでくる。海軍本部上階、クザンさんの執務室がある廊下を少し行った先の、人目につかない位置にあるこの縁側は、どうやら今の時刻には随分と日当たりが良いらしい。ぽかぽかと暖かい陽気に伸びをする。うーん、まあ確かに、クザンさんが眠くなる気持ちは分からんでもない。

「――んん……?」

 のそり、とようやく動いたクザンさんが、緩慢な仕草でアイマスクを持ち上げた。わたしの姿を目に留めて、彼はやんわりと目を細める。

「あららら……ナマエちゃんじゃないの……。参ったな、ホンの少しだけ寝るつもりだったんだが……となるともう午後か」
「参ってんならもう少し焦ったらどうですか」
「過ぎちまったことを今更焦ってもしゃあねェでしょ……昼逃したのは残念だけどな」

特に急いた様子もなくアイマスクをおでこの定位置に戻したクザンさんは、頭の後ろで両腕を組み、ふわりと眠たそうな欠伸をひとつ。どうやらこの人にしては珍しく寝惚けているらしい。

「残念がるこたないですよ、クザンさん。まだ普通に午前10時なので」
「…………ん、ん? そりゃ、妙だな……」
「なにがですか?」

困惑するクザンさんがどうにもおかしくて、わたしは思わず笑みをこぼして問いかける。彼はやはり訝しげにこちらを見たあと、不思議そうに首を傾げた。

「どうしてこんな時間にナマエちゃんが居んのよ」
「居ちゃ悪いですか?」
「そうは言わねェが……お前さん、この時間はスモーカーんちの家事してんじゃなかったか?」
「んー……まあ、たまにはサボっても平気ですよ」

 そう口にしつつ、わたしは椅子に頬杖をついたまま薄く雲のかかった空を仰ぎ見る。変化は少ないとはいえこのマリンフォードにも四季というものはちゃんと存在するらしく、秋に入ったこの頃には風も少々冷えてきていた。悠々と鳴き声をあげる鳥の影が、太陽の前を掠めて通り過ぎていくのに目を眇める。横から感じていたクザンさんの珍しがるような視線は、そのときにはもう穏やかに凪いだものへ変わっていた。


「――お前さんは、青空が似合うな」

 風に舞いあげられてぐちゃぐちゃになってきた髪をほどき、両手でかき上げながら結び直していると、ふとクザンさんがそんなことを言い出した。髪ゴムを咥えたまま横目で見やれば、上半身を起こしたクザンさんが随分と柔らかい視線をじっとこちらに注いでいる。しかしまた気障な台詞だ。それをしらっと言えるあたりが才能、いや経験なんだろうか。

「なんです、いきなり。口説いてんですか」
「んん……それもいいかもな」
「冗談です。でもそんなの初めて言われました」

どうやっても飛び出してハーフアップになってくる襟足の髪を無視して、わたしはくるりと髪ゴムを通す。しかしわたしのいうことを聞かない頭は結局ボッサボサのままなので、あとでおつるさんに直してもらうとかなんとかするとしよう。

「おれァ素直にそう思っただけなんだけどな……」


(特に何も考えずに書いたもの。置き場もないのでここに掲載)

prev / next

[ back to title ]