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昔々のお話、豊かな国が一つありました。その国を治める王様と王妃様にはなかなか子供が産まれず、二人は諦めかけていました。数年経ったある日、王妃様は可愛らしい女の子供を授かりました。これに多いに喜んだ王様は子供が産まれた日にパーティーを催しました。王様はそのパーティーに十二人の魔法使いを招待して、産まれた子供を祝福するよう頼みました。これを快く引き受けた魔法使いたちは一人一人が一つの魔法を子供にかけていきました。十一人目の魔法使いが魔法をかけ終わった時、招待されなかった十三人目の魔法使いが城にやってきて言いました。


「私からは呪いを一つ贈ろう――その子供は十六の歳を数えた頃、糸車の針に指を刺して死んでしまうだろう」


十三人目の魔法使いは皮肉の笑みを浮かべ、その場から煙のように消えてしまいました。王様はどうにかならないのかと魔法使いたちに問います。ですが、呪いを消し去る方法はありませんでした。まだ魔法をかけていない十二人目の魔法使いは考えを巡らせ、子供に魔法をかけます。


「十六の歳に子供は糸車の針で指を刺して眠りにつくだろう」


死を回避する代わりに子供には永遠の眠りを。


「眠りから目覚めさせる方法は子供を心から愛する者の口づけでなければならない」


それを聞いた王様は娘が死を得ないのならばそれで構わないと言い、国中の糸車という糸車を燃やすように命じました。ですが、女の子が十六の歳を迎えた年、女の子は呪いの通りに糸車の針で指を指してしまったのです。絶望にかられた王様は王妃様とともに城を去り、城は女の子と多くの人々とともに茨に囲まれ眠りにつきました。





「ずいぶんと古い話だね。ずっと昔のことじゃないか」


緋色の流れるような長髪の壮年の男は朱金の短髪の少女に言った。
男は魔法使いだが、偉大な人物ではない。相応のものを要求するなら相応の対価を。等価交換でしか魔法を使わない。茨の城に招待された時も対価がなければ城へは行かないとのたまって本当に行かなかった。おかげで女の子に呪いをかけた極悪人と勘違いされ、当時、弟子である少女は肩身の狭い思いをした。
男の言う通り、女の子が眠りについたのはもう数百年と前のことだ。その間、城に足を踏み入れた者は誰もいない。そして、城の傍に居を構えるこの屋敷に訪れる客もない。


「急にそんな話をして、一体どうしたんだい? ――ルーク」


ルークと呼ばれた少女は呟くように言った。


「今日、来るよ。あの子を目覚めさせるひと」

「そう……とうとう来るんだね」


来客を知らせる呼び鈴の音に男、ローレライは玄関に向かってゆるりと歩き出した。玄関に行き着いて扉の向こうにいるだろう青年をローレライは哀れに思った。扉を開くと金髪碧眼の生真面目そうな青年騎士、フレン・シーフォがいて、ローレライは目を見開いた。


「君、生きてたんだね。ていうか、……まあいいか。少し待って。もうすぐルークが来るから」


奥から軽装にマントを身に付けたルークが玄関に来たのを確認して、フレンは目許を和らげた。マントの隙間からベルトに通した装備品の入ったポーチと帯剣が見える。


「わん!」


高い声音で吠える子犬がルークの隣にお座りしている。フレンがまじまじと子犬を見つめれば、もう一声吠えた。


「ランバートは不在だからラピードで許してくれな」

「構わないよ。どのみち大した邪魔は入らない。城に入ったらすぐにドラゴンとご対面することになるしね」

「はっ! あんなのはドラゴンなんて言わない。ただの怨念の塊だ」

「怨念?」

「……フレンは知らなくていい」

「ルーク、一体」


どういうことなんだ、と聞く前にルークは歩き出していた。困惑気味のフレンと先に歩き出しているルークを交互に見やってローレライは苦笑した。


「ルークの言う通り、君は知らなくていいんだよ。知らない方がいいことも世の中にはあるのだからね」


フレンは食い下がろうとしたけれど、もう答える気がないと目で制された。一つ目を閉じて開くと彼はルークを追って歩き出した。追いついた先でルークは茨に閉ざされた城を見上げていた。あれほどに美しかった城が今は見る影もない。フレンは感傷に浸りかけて頭を振った。そんなことに時間をかける暇などない。ただ一人の無二の主のいる場所を目指さなければ。


「ルークじゃない。何でこんなとこに――て、そういうこと。ずいぶん遅い到着ね、『王子様』?」


城門の前にたどり着いた直後、声をかけられてルークとフレンは声のした方を見やった。
ブラウンの髪の毛と緑の瞳の、ルークより幾分か年下に見える少女は皮肉っぽく笑った。少女の名はリタ・モルディオ。城の中で眠る女の子に最後の魔法をかけた魔法使いだ。


「エステルは今も秘密の小部屋で眠ってる。さっさと行って目覚めさせるといいわ。その後は好きにすればいい。あたしは関知しない」

「リタ、エステリーゼ様を守り続けてくれていてありがとう」

「別に。あたしはあの子を助けたいって思っただけよ……と、友達、なんだから」


頬を朱に染めて言うリタを見てフレンはやはり柔らかく微笑んだ。
リタのこういうところをルークは可愛いなと思うのだが、それを言うと怒るので黙っておく。しばらくやり取りしていたようだが、リタは満足したようにその場を去っていった。涙すら見せなかった彼女の心情を思うと少し切なく思う。


「じゃあ行こうか、フレン」

「そうだね。……やっと終わる。嬉しいような悲しいような、複雑な気分だよ」

「…………うん、」


フレンの言葉にルークは咄嗟に答えられず、間が空いてしまった。フレンはその不自然に空いた間を指摘することなく、茨で雁字搦めの門に触れるのだった。





(結末に向かってひた走る)
/FAIRY TALE -茨姫-

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