施錠されていたらどうしようか、と思ったが入り口は幸いにも封鎖されておらず上原達は一斉に飛び出していく。
「育子! 育子なのね!?」
茉莉の叫びが彼女に届いていたかは分からないが――育子と思われる傷だらけの女子生徒は、泥まみれのセーラー、裂けてチャイナドレスのようにスリットの入ったスカート、それと先に戻って来た彩花と同じく片方だけ靴が脱げていた。
ボサボサの髪の毛はこう言っちゃ失礼だがオバケのようにだらんと垂れ下がり、まるで貞子だか何だかのように俯き気味の彼女の顔をまるまる覆い隠している。
「無事だったんだ」
明歩の声にも、育子はまるで反応を見せなかった。
「……育子?」
それは育子だと分かっていながら、何故か誰も彼女に近づくのを躊躇っていた。その異様な姿に圧倒もされていたし、胸騒ぎがした。
先程の彩花の台詞を受けてか知らないが、『育子は戻ってくる』――あれはどういう意味だったのか?
「育子……」
もう一度呼びかけたが、やはり何の反応も得られなかった。生温い風が吹き荒んで、それから――ザワ、と周囲の木々達がどよめくのが分かった。
「きゃぁあああああああ!」
辺りを劈く悲鳴と共に、施設から聞こえたのは非常ベルの音だった。上原達が慌てて振り返る。
「な、何だ一体?」
背後から悲鳴が上がったのとほぼ同じくして、今度は正面からも悲鳴が上がっていた。
「茉莉!!」
気付けば茉莉が、育子に馬乗りにされていた。二人は殴り合っているみたいに揉み合って、茉莉が叫んだ。
「やめて!」
「おい、何してんだよ一体!」
「育子!? ねえ育子、やめて!」
明歩が駆け寄って育子を止めようとした。が、振り返った育子の顔は何か獣じみたそれを思わせる凶暴な顔つきで、見開かれた目は真っ赤に染まっていた。
それに気を取られた明歩に、育子はターゲットを変えて飛び掛ってきた。
「きゃああ!?」
「あ、ああ・明歩ッ」
叫んだのは緒川だ。同時に緒川は咄嗟に、落ちていたスコップを手にしていた。――振り被っていた。がつんっ、と後頭部をブン殴られて鼻血を噴出しながら育子が吹き飛んだ。育子の華奢な身体は脆くも崩れ落ち、仰向けに倒れたままぴくぴく痙攣している。
緒川は荒く呼吸しながら、そんな育子向けて更なる一撃を加えようとしていた。近づく緒川を慌てて上原が止める。
「何しやがる、正気かよ!?」
「……正気じゃないのはコイツだ! 何とかしておかないとっ……」
上原の抑制を振り切る緒川だったが、すぐにそれは始まった。育子が、壊れたマリオネットじみた動きで立ち上がったかと思うとゆっくりと起き上がり定まらない視線を向けた。
「育子……どうしちゃったっていうのよぉ?」
茉莉の信じられないような声がしたが、育子――いや、育子であった筈の何か――は小刻みに震えながら茉莉に近づいた。
「茉莉、逃げて!」
明歩の思いは一歩届かなかったらしい、次に一同が見た時には……揉みくちゃになった茉莉が、その末に足首を育子に噛り付かれていた。
「!?」
「い、痛ぁあああい!?」
見れば茉莉の脚は血で染まり、白色のソックスにどっぷりと血が付着して赤いブーツでも履いているように見えた。そんなに深く噛むのもちょっと信じられなかったが、もっと信じられない事に、育子はその信じられない程の力で茉莉を拘束しそして……。
「ヒッ……いやぁあああ!? あ、あ、あたしの脚が!」
茉莉の脚からは肉が刮がれたかのようになっていて、深い深い傷口が出来ていた。そこからは既に骨が見えていて、では抉り取られた肉はというと――。
育子は口元を真っ赤にし、今しがた茉莉の脚にあった筈のその生肉を咀嚼していた。クチャクチャと味わうようにそれを食べていた。
「助けてっ!」
茉莉が手を差し伸べてきた。その異常事態に誰しもが言葉を失い、中には嘔吐する者もいた。
「……クソッ!」
緒川がいよいよ堪えきれなくなったように上原の手を逃れ、スコップを振りかざした。
きましたなぁ。
閉鎖された空間のゾンビものっちゅうのも
ミニマルさがすごくツボにくる。
緒川! 別世界のお前ならステゴロで勝負しとるぞ!