Nightmare Crisis

04、いかれた男の子と女の子

 思いのほか切羽詰まったような表情を浮かべている女子一同に、誰もがそれを茶化そうという気にはなれなかった。

「なに、なに、何かあったの?」
「……彩花と育子が戻ってこないのよ」

 話を聞くに、同室でトイレに行くと言って出て行ったきり戻ってこない女子生徒が二人いるのだとか。

「女の子にこんなのを言うのもデリカシーがないけどさ……その、大きい方してるとかじゃなくて?」
「トイレまで見に行って、いなかったからこうして先生達に言いに行こうとしてるのよ」

 明歩の正論に誰もが口を噤むより他なかった。

「けど――戻らないって言ったって他にどこへ行く必要が?」
「それが分かればこんなに右往左往しないと思うわ」

 明歩の隣にいた茉莉の切り返しに、一同、その通りですと黙ってしまう。

「まさか外に行ったなんて事はねえよな?」

 上原が言うと、一同が互いに顔を見合わせてから窓の外を眺めた。――日も沈んで、霧も深い。ホラー映画ならば何かが霧の奥から溢れ出てきそうな、その感じ。

「……無い、とは思うんだけど」

 明歩が苦笑いを浮かべつつ呟いた。

「思うけど、もし出てったとしたら危ないわね」

 茉莉が続けざまに呟けば、そこにいた皆が同調したように頷いた。

「とにかく先生に話そうか?」
「待ってよ、そんな大事にしちゃっていいの? これでもしひょっこりと出てきたら恥ずかしいわ」
「何かあるよりはいいだろ」
「先に外を探してから、それでもいなかったら話そう」

 純粋に心配している、という者もいただろうが中にはこの非常事態にワクワクしている不謹慎な奴もいるのだった。本当に心配しているのならばすぐにでも大人達に話してしまえばいいものを。けど、それを却下した奴らの心中はこうだ。もう少しこの非現実的な状況に溺れていたいのだと。

 大人達という現実を排除して、自分達はこの『何かが起こりそうな状況』に酔い痴れている。実際に何かが起こってしまった場合には、それこそ取り乱してあの時ああしてたらこうしてたら――と後悔の嵐に苛まれるのがオチの癖して。

 男女グループがこそこそと施設を出て行くと、そこは思いの他真っ暗でしかもちょっとやそっとの霧なんかじゃない。ちょっとしたスモッグが発生しているみたいなもんだ。

「すげ……何か別世界にいるみたい」
「公害っぽいなー、何か」
「懐中電灯なくちゃマズくね?」
「携帯のライトで照らすべ」
「外壁より外に出るのはヤバそうだし、敷地内で探そうぜ。教師に見つかってもやばいしな」

 それから、三つにチームを分けた。

 上原のチームには他に緒川と明歩がいて、いいチャンスかと思い邪魔はしないように心に誓っておいた。

「じゃあ、見て周ったらまたここの入り口で集合って事で」

 誰かが言ったように、本当に別世界のようであった。先程までの施設と、今居るこの場所がとても隣同士の世界とは思えないくらいに――何だか違う空気を吸っているように感じられたのだった。

 上原が先頭を歩き、そのすぐ後を緒川達がついてきているのが分かる。一寸先に広がる濃霧で、まるで向こう側が見えない。スティーブン・キングだかが好んでホラー映画の題材にしそうな世界観だ。

「まだ五月なのに寒いわ」
「山ってのはそうなんだよ、夏場でも夜は凍えるくらい寒いんだぜ」

 背後で緒川と明歩が会話し始める。

「そうなの?」
「そうだよ。小学校の時、真夏に登山してキャンプしたんだけどさ……薄着じゃマジで寒くて震えるくらいだったんだぜ」

 確かにその通りなのかもしれなかったが――今しがた、上原が感じている寒さは何とも異常な肌寒さだった。厚着すれば防げるような寒さとは違い、何と言えばいいのか全身に悪寒が走るような嫌な寒気。

 身体のあちこちに穴でも開けられて、その穴から冷たい風が行き来しているかのような、そういう感覚。

 もしかしたら明歩も、同じようにそれを感じているのかもしれない。只でさえ不気味なこの天候と景色に、これ以上皆を不安がらせるのもどうかと思い上原は口にしなかったけども。

「そういえばさぁ、知ってる」

 更に後ろに続いていた男子生徒の声がした。

「ここに来る途中、ぶどう園あっただろ」
「あったねぇ」
「――あそこでさぁ、俺達がまだ生まれる前にあった事件」

 その入り方から言って、何か怪談めいた話でもするつもりなんだろう。これ以上不気味がらせたくもない、と上原は口を噤む努力をしていたのにも関わらず空気を読まない奴もいたもんだ。

「ちっちゃな男の子が一人、行方不明になったんだぜ。親がほんの数秒、目を離したたったそれだけの間に――男の子はまだ幼稚園児だったからその足で遠くへ行くなんて無理だし、しかもトイレをしている隙に忽然と居なくなったそうだ。文字通り消え去ったんだよ、その子は」
「……やだ……」

 明歩が上擦った声を漏らすのが分かった。

「それから何千人と捜索部隊を導入したのに結局見つけられなかったそうだよ、男の子。警察犬を使っても一定の場所で止まったまま動かなくなって、無理だったんだってよ。何か大型の肉食の鳥とかが男の子を掴んで飛び去ったとか、凄い事言ってる奴もいたっけ」
「警察犬が動かなくなったのは、そこに男の子が『いた』からじゃないの? 見つけたから止まったんだろ、きっとその子はそこに埋められたかして――」
「やめてよ、何でそんな話……」

 明歩が嫌そうな声を上げて、背後の男子生徒を振り返った。無意識のうちだろうが、明歩の手が緒川のシャツの裾を掴んでいたので緒川としてはラッキーでもあったわけだが。

 ふと、上原が異変に気付いた。脚を止めた。

「……上原君?」

 明歩の怪訝そうな声が飛び、上原はライト代わりにしていたスマホ(ちなみにこれはアプリで取った機能だった)の光を消した。

「誰かいる」

 小さく呟いた上原に、緒川が顔をしかめた。

「二人じゃないのか?」
「分からないけど……、あ」

 霧の向こうにゆらめく人影に、何か警戒をしていた時だった。



この消えた子どもってのが
サージさんの事なんですね(インテグラル)
インテグラルも今サイトから引っ張ってきとるんで
終わったら是非読んでな


Modoru Susumu
×
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -