Nightmare Crisis

23、既に人ならざるもの

 緒川、明歩、根室、そして梓――四人は部屋の中に残されたまま、外の騒ぎを聞いていた。堪えきれなくなったみたいに、明歩が耳を塞いだ。

「……もう、嫌」

 こうしている間にも悲鳴は聞こえ続けていたし、留まる事を知らないようであった。やがて壁を何かで激しく打ち付けるような音が響き渡った為に、明歩も、眠っていた緒川も梓も慌てて身を起こした。

 外部からのものに思われたのだが、どうやらそうではなかった。明歩が目をやれば、真っ青の顔をしていた根室が悶え打つあまりに背中やら肩を背後の壁にぶつけていたんだと分かった。

「ね、根室君……?」
「根室、お前一体……」

 緒川が慌てて近づこうとしたが、今度は根室はその場で激しく嘔吐し始めた。吐き出されたそれは、何か未消化の食べ物なんだろうと思ってあまり見ないようにしていたが――見過ごせなかった。吐瀉物が何か、白っぽく蠢いていた為に。

「うっ……」

 そしてその正体を知った時には、緒川自身もその場に胃の中の物をぶちまけたくなった。無数の蛆がもぞもぞと這い回っていたからだ。

 大よそ、信じられないものでも見るような目つきで緒川は苦しむ彼を見た。

「根室、これはっ……」

 口元を覆いながら、緒川がじりじりとあとじさった。

「お前、何……これは……」
「そんな――か、噛まれてなんかないのに……どうして……」

 明歩が震える声で言い、同じように彼から距離を置いていく。梓はやけに冷静なまま、怯む事はなく銃剣を逆手に持っていた。

「ここへ来る途中、引っかかれでもしたのね。怖いから黙っていたんでしょう?」
「ぅ……く……苦しい、助けて……ぐ・うぅ」

 喉元を押さえながら、根室は声を上げようにもほとんど上手くいかないようにその場でもんどり打つばかりであった。

「そんな……! 南雲さん、助ける事は出来ないの!?」
「ここまで進行が進んでいてはもう無理ね。頭を潰すわ」

 あっさりと言い放ち、梓は緒川の持っていたスコップを拾い上げた。

「ま、待てよ! そんなの――そんなのあまりにも――」
「酷だと言いたいのかしら。その言葉、そっくり貴方達に返したいわね」

 梓の言葉に、緒川と明歩が目を丸くさせていた。

「彼が怪我を負った事にすぐにでも気付けていれば、その箇所を切り落とすなりすれば感染は防げたかもしれなかったのに。でももう遅いわ」
「……っ……」

 梓がスコップの柄を回転させながら持ち、それから切っ先の部分を根室の頭部へと向けた。

「最期に彼に何か言いたい事はある? 見たくなければ目を伏せておきなさい」

 明歩は既に緒川の胸に顔をうずめ、その光景を見ないようにしていた。 梓が再び視線を蹲る根室へと向け、トドメを刺そうとした瞬間であった。伏せていた筈の根室がその腕を伸ばし、梓から向けられたスコップの柄を掴み返してきたのは。

「――!?」

 それも物凄い握力で握り返され、梓は僅かにたじろいだ――既に転化が始まっているのだろうが、何かが……拭い去れない違和感を覚え、梓は腰のホルダーに提げてあった銃に手をやる事も忘れない。サイレンサー付きと言えども、極力音を出したくは無いが、最悪の事態に備えて。

 顔を上げた根室はニタニタと笑っており、口から大量のヨダレを零しながらこちらを見つめていた。その瞬間、先程の暁の話が、緒川の頭を駆け巡っていた。

 変化過程について、何らかの異常が発生すると――普通のゾンビよりももっと厄介なものが生まれるとか何だとか。緒川は明歩を抱きとめながら、情けない事に怯えて何も出来なくなっていた。

 根室の首が何か、昔テレビでホラー映画の予告のようにバキバキと音を立ててその場で一回転をする。コントとは違いそれはとても笑えたものではなかったが、根室の顔はケタケタと狂人のように笑みを刻んだままだった。

「珍しいケースの感染者になったわね――けど完全にそうなる前に私がこの手で……」

 掴まれたままのスコップを奪い返そうとしたが、逆に力負けして梓の華奢な身体が横手に放り投げられるのが見えた。

「あっ……!?」

 吹っ飛ばされた梓の小柄な身体が、室内にあった長テーブルにぶつかった。その弾みで、彼女の手からサイレンサー付きの拳銃が投げ出されるのが見えた。

「な、南雲……っ」

 ケタケタと笑い転げながら根室……だったもの、は起き上がり、根室の首からは更にもう一つの首が生えていた。醜悪な、粘液塗れの汚らしくておぞましいクリーチャー顔が。

 双頭のそいつは、四つん這いになったかと思うと長く伸びた舌を垂らしながらまた笑った。梓が手を突いて身を起こしながら、忌々しそうにそいつを睨み据えている。

「――穢らわしいッ! 何て穢らわしいのかしら」

 痛みを堪えつつ、梓は何とか気丈に振る舞っているのが分かる。だがどうすれば――緒川が拳銃を拾い、彼女に届けるべきなのか。それとも全くの素人である自分が撃つべきなのか。あれこれと悩んでいると、ゾンビなのかもはやゾンビと呼んでいいのかさえ分からないそいつが飛び跳ねて、梓に狙いを定めたらしい。

 梓が舌打ちして、身を起こすなりすぐさまにかわし受身を取った。思うに、自分の知る限りでこの南雲梓――いや、恐らくこの兄である暁の方もそうなのであろうが、こんなにも機敏に動けるような生徒であっただろうか。

 運動神経なんかも特別良かったとも思えないし、部活だって無所属・帰宅部だった筈だ。それが今、こんなにも剣道部の自分達顔負けのスタイルで戦って見せているのだから。

 世の中何が正しくて何が間違いなのか、本気で分からなくなってくるというものだ。

「……ちょっと! ボサっとしてないで貴方達も手を貸してくださろうとは思わないのかしら!?」

 高飛車な感じで言われて、ほとんど反射的に慌てた様子で緒川が動いていた。転がされたままの拳銃目掛けて、現役に恥じぬようなスタートダッシュを切った。



梓さんカッケー
今の巫女スタイルより活動的ですな



Modoru Susumu
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