Nightmare Crisis

16、尽きる

 部屋の前には、既にいくつもの死体があった。

「これ……」

 あまり長くは見続けたくはないその死体を見て、何かに気付いた明歩が小さく声を漏らしたのだった。

「銃で撃たれた痕?」

 壁にもたれかかったその死体は頭部を潰されているみたいだった。

「銃? そんな馬鹿な、こんな銃禁止社会の日本に……ファンタジーじゃないんだからさ」
「死体が歩き回ってる時点で既にファンタジーだと思うんだけど」

 上原の言葉に被せるようにして、緒川が半ば投げやりにそう言った。こうなったらもう何があろうともおかしくはない、そんな調子で死体を見つめた。

「……ほんとだ。言われてみれば」

 しかしながらあんまり長い事は見つめていたくはないその姿に、明歩がいよいよ堪えきれなくなったよう視線を逸らした。

 口元を押さえながら明歩が呟いた。

「拳銃なんて、そんな物騒なもの持ち歩いている人がいるのかしら」
「この事態を予測して動いてた奴がいたとしたら、有り得るかもな」

 それから、緒川に叱られたせいなのか分からないがしばらく大人しくしていた根室が壁に手をついて、辛そうに顔をしかめていた。横腹を擦り、苦しげにしているのが分かった。

「根室?」

 上原が尋ねると、根室が反応して視線を上げる。

「どうした?」
「う、運動不足みたいっす」
「日頃、真面目に部活してねぇ証拠だ」
「……そうかもしんないっす」

 ぐうの音も出ない、といった具合に根室が苦笑いを浮かべた。それから部屋の中をそっと覗けば、スコップを構えた緒川が慌てて皆を止めた。

「?」
「……何かいる……」

 生存者だったらいいが――と上原が微かな希望を抱きつつ、けれども油断はしないように……途中、倒れていたゾンビの手から拾ったデッキブラシ(果たして役に立つのだろうか、これは……無いよりはマシだと言い聞かせたが)を構えながらにじり寄った。

 腰を低めに保ちつつ、そっと部屋を開けてみる。

「――あっ」

 声を上げたのは背後でスコップを持って控えていた緒川だった。

「エノちゃん!」

 次いで上原が叫び、散乱した部屋の中にて倒れている榎本を発見した。慌てて駆け寄って、上原が倒れている彼を抱き起こしてやった。

「大丈夫か、おい!?」
「……う……、だ、誰……」
「俺だよ、上原。一体どうしたんだよ!?」

 榎本は命からがらここへ何とか辿り着いたのだろうか。額からは、僅かばかりにだが流血していて、見れば全身ところどころ傷があるのが分かった――その全身からは血液がほとんど失われてしまっているのかもしれない。顔が真っ白で、唇は既に青紫色をしていた。

 だが、おかしい。それにしては、床に付着している血液の量が傷の割には少ない気がした。という事は彼を致命傷に至らしめているその要因は失血によるものではないのか? 

 そんな細かな事をごちゃごちゃと考えながらも、とにかく今は目の前で苦しむ彼に手を差し伸べてやるべきか。
 上原は拭い去れない不信感を追いやりつつ、それから言った。

「怪我しているのか?」
「み、みんな死ぬ――」
「一体何があったんだ? なぁ……」
「お、俺はもう駄目だ……間に合わない……もう……」

 その言葉は単純に、自分の命が長くは持たない事を意味しているのだと誰もが思うだろう。上原もこの時点ではそう解釈した。

「だ、だから、逃げ……」
「――エノ……ちゃん?」

 呼びかけたのとほぼ同時だった。榎本の身体が激しく痙攣し始め、全身に強力な震えを帯び始めた。白目を剥きながら、口からは大量の唾でできた泡を吐き出している。

「っ……」

 明歩が思わず口元を押さえ後ずさり、その隣では緒川がまた別の異変を察知していた。

「――ッ」

 その反射神経の良さが無くては、今頃この部屋にいた者達は全滅していたかもしれない。背後から襲い掛かってきたゾンビをスコップで追いやり、緒川が更に前蹴りで壁際に突き飛ばした。

「きゃぁああ!」
「さ、下がれ明歩!」

 襲い掛かってきたゾンビにはひどく見覚えがあった。

「マーチ……」

 先程別行動したばかりのマーチが、どこかで噛まれでもしたのか。首筋の肉をごっそりと持っていかれており、ついでに右脇腹もあばらの骨が見える程に噛り付かれた痕があった。

 変わり果てた姿で、既にマーチは生きとし生ける者の肉を求める亡者と成り果ててしまったのだ。

「やっぱり噛まれたら伝染るんだ! やっぱり噛まれたら全てお終いなんだ!」

 途端にパニックになったように根室が叫んだ。

「うるせぇ、黙れ根室ッ!」
「だって、だって……!」

 緒川が怒鳴り、スコップを握り直した。

「何てこった……」

 信じられないように上原が呟き、マーチの手に持たれたそれに気付いた。

「っ……緒川、そいつ……マーチが何か持ってる!」
「あぁ?」

 叫んだ時には既にマーチは一歩脚を進めていて、手にしていたガラス片を振り回していた。尖った方をこちらへ向けながら、マーチは鈍間なゾンビとは違い俊敏な動きで迫ってきたのが分かった。

「うおっ……、の、畜生!」

 緒川が慌ててそれをかわし、振り向きざまの強力な一撃を食らわせた。明歩が咄嗟に目を逸らすのが分かった。

 転んだマーチの背中を踏みつけ、緒川はスコップをかざした。

「……っ……」

 マーチが呻きながらその手を伸ばしたが、もう人の言葉は通じないのだ、こいつは……そう思った瞬間には一瞬せり上げた慈悲の心も、もはや躊躇なんて言葉も霞んでいた。殺すしか、ない。

「うぅっ……」

 根室が思い切り眉を顰めた。



まあ高校生だもんな。
普通こうなるわな。
崇真やマツシマ君が異常デス



Modoru Susumu
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