新条螢は今、虫の居所が非常に悪い。

「……何だよ。全っ然、『いいね』つかねえ。一時間でたった九つとかふざけんなよ、リプも一件しかこねえし」

 スマホを眺めながら新条はぶつくさと何やら苛立った調子で悪態をついているようだった。

「何あれ、またSNSでキレてんのか?」
「多分な……公式アカウントのフォロワー率の伸びが悪いだとか何だとか、いつもああやって反応を気にしてるっぽい」
「一般人の俺らにはよく分からん世界だよなあ」

――同じくモデル仲間の連中は俺とは活動期間に一年の差があるのに、もうフォロワー数を一ケタ負けちまってる! クソ! クソ!! たかだか寝起きの写真アップするだけでいくつも反応がもらえてるし意味が分からねえよ。じゃあ俺は何したらいいんだよ? 裸の画像でも上げろってか? よせよ、安っぽい素人の自撮り女と一緒にすんなよ

 次第に苛立ちが何もかもを上回り、新条は不機嫌そのものといった具合にスマホを傍らに放り投げた。

「チッ……」
「し、新条。自由行動は咲菜ちゃんと二人きりで色々周るんだろ? あんな可愛くておっぱいのでかい彼女がいるんだもんなぁ、羨ましいわ」
「いいよなー、美男美女カップル」
「は? 俺がこんなクソ行事に参加してやるのは芸能活動のネタ作る為だけなんだけど?」

 お前らと一緒にしないでくれる? と、いった風な言葉が続くのは明白なくらいの侮蔑の眼差し。お前らみたいなガキとは違うんだよ。俺は。そんな視線を向けながら、新条は気を遣う周囲等はお構いなしに言い放つのであった。

「大体、咲菜とももう終わりにしたいんだわ。彼女いるって事にしとけば色々めんどくさくねえかなって思ったけどいたらいたでウザイわ。何ならお前らにやろうか、あれ?」
「……い、いや……いいっすよ……お、俺らみたいなカスにはもったいねえです……」
「あっそう。つーか別にそんないい女でもねえぞ、下の毛も処理ろくにしてねえし自慢の巨乳もアレ実は乳首黒いしな」
「…………」

 背後の壁に貼られていた『全席禁煙』の文字さえも霞む手慣れた仕草で、新条は隠す気配もなく煙草を取り出した。半潰れになったその緑っぽい色が見え隠れする煙草はマルボロメンソールだ、よく女っぽい女っぽいと言われるが自分はこの味を気に入っているのだから仕方ない。

「チッ……。腹立つなあ、何なんだよ」

 それでやはりスマホを覗き込んで、依然として何の反応もないSNSに再度イラリと来た。依存症? それはアレだろ、いわゆる現実世界でちやほやされないブスどもが自分の顔を上げてちっちゃい世界で持て囃されるのを喜んでるようなそういう連中の事だろ? 俺は違うんだよ。何百人、いやきっともうすぐ何千人のフォロワーがつくような男だぞ?――だから違う。俺のは違う。俺は違う。

「新条くん、今暇? 良かったらこれからみんなでデッキに行くんだけどどう?」
「ん? ああ、いいよ。すぐ行く」
「やったぁ〜! じゃ、待ってる」

 煙草なんかはもうなかったことになり、すぐさま営業行きの顔に切り替わる姿は流石、としか言いようのないものだった。その豹変ぶりは冗談でも何でもなくお芝居の世界で生きていけるだろうな、と誰しもが思った。


 外は突き抜けるような青空で、絶好の旅行日和と言えた。皆が浮足立つのもよく分かる。新条達のグループとはまた別に、既に他の生徒らで賑わっているようであった。

「新条くん、ねぇ写真撮ろーよー!」

 彼女がいると言えども目を輝かせる女子らの行動はいつも隙が無いように見えた。ばっちりの化粧、ばっちりの声色、ばっちりの角度からのばっちりの視線。全てにおいて完璧な振る舞いで、完璧な女を演じきっているかのようだった。

「七瀬、おっまたー。船って揺れるのな〜、お陰でションベンするのも一苦労よ」
「だから言ってるだろー、揺れるから苦手なんだって」

 新条は何の気はなしにその二人へと視線をやった。それには別に深い意味などなかった。ああ、さっきの二人だなあ、程度に。新条を取り囲んでいた女子らはそれをどんな風に解釈したのかは知らないが、そんな彼らを見て鼻先で笑った。

おっまたー♪……だって。ウケる、ぎゃはは」
「あはは、声おっきいから」

 無論、彼らにそんな彼女らの嘲笑などは聞こえていないのだろうけども――新条は取り立ててそんな女子生徒らにも、それから今しがた嫌味を言われた先の二人にも、特別何の気持ちも持たなかった。それから、また少し視線を逸らすと、視界に入ったのはまた別のグループだった。
 いや、グループという言い方は語弊があるかもしれない。グループというよりそれは……。

「ねー、お願いだよぉ梶原さぁん」
「アレがないとウチら生きていけないー」
「で……、でも……」
「だってウチら先生に嫌われてるしぃ、梶原さんの方が真面目で成績もいいから先生に好かれてるじゃん? お願いだからスマホ取り返してきて〜、一生のお願いだから〜」

 前後の会話を聞きつつ、なるほど。と新条は一人納得する。
 頭空っぽそうな不真面目女達の中に地味女が一人きり、どう見ても釣り合わないのはそのせいか。そう言えば確かに、教師達が話している中でスマホを注意されている生徒はちらほらいた。その時に没収されたに違いない、それで自分らに代わって取り返しに行ってくれよと。

 哀れハイエナどもに絡まれた地味女の名は梶原というらしい、運動はしていないのだろうなと推測される少々ふくよかな体型と日に焼けていないのがよく分かる肌の色。肩までで切り揃えただけの簡素な薄茶の髪(恐らく地毛)が余計に地味に見せているんだろう。

――あーあ、可哀想にね〜。びしっと断らないと余計調子に乗るぞー、そういう奴ら? ま、俺には関係ない話だけど……

「聞かなくていいわ、梶原さん」
「!」

 驚いたのはその梶原含む団体だけでなく、密かに聞き耳を立てていたこちら側も同じだった。突然としてそこへ介入したのは、同じく真面目そうな――しかしこちらは誰の目から見ても『優等生だな』と分かる、凛とした佇まいの女子生徒だった。名前何だったっけ、この子……眼鏡のよく似合う知的な印象を受けるその女子生徒に、梶原は何か女神にでも巡り合えたかのような顔をさせていた。

「神代(かみしろ)さん」

 救いの女神こと神代さんは、物怖じするような気配さえ見せずに女子生徒らを見据える。それは睨んでいるわけでもないのだけど、何故か女子生徒らは射られたように竦んでいるようであった。

「……、行こうぜ」

 ばつが悪そうに女子生徒らは顔を見合わせるなり、深追いする事はなくその場を立ち去っていった。捨て台詞さえも吐かせる余地さえ与えない、神代さんにはそんな冷たい鋭さがあった。それが何なのか、説明するのが難しかった。あえて言葉で形容するなら『神秘的』、だろうか。人為的な怖さとは違う、浮世離れした怖さが神代には宿っているように見えた。

02、深海を血に染めて

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