03-1.少女の祈り
股間を押さえて蹲っていた有沢だったがようやく立ち上がった。
いつも思う事だが……いや、そうしょっちゅう頻繁に遭遇するわけでもないけれど、金的を狙ってきた相手には純粋な殺意を覚えてしまうのは男としての悲しい本能だろうか。
「どうしたの? さぁ、早く来なさいよ」
本当に、ほんのついさっきまでは――すぐ隣で話していた筈のナンシーが、今はどうだ。
「……ゲホッ、おい――こんな事、必要ない。今すぐ考えを改めて戻って来るんだ」
たしなめるように有沢が言うが、ナンシーはまるでそんな事等聞いちゃいないかのように再び片脚を持ち上げて蹴りを狙ってきた。当然、今度のは初期動作がもろに伝わってきた。
内股を崩しにかかってきたのであろうそれを、有沢はその足に少しだけ重心を乗せることだけで難なくダメージを無かったことにして見せる。
やはり相手は女性だ、全力で向かってきたとはいえその力はたかが知れている――イン・ローを狙ったことでがら空きになった胴体めがけて有沢が捻りをきかせた回し蹴りを叩きこんだ。そりゃ勿論、相手は女性だ。全力の半分すら出していない。
ナンシーの華奢な身体はいともあっけなくよろめいて、それでも何とか踏みとどまって見せた。咄嗟に受け身をとったお陰だろう。並みの女性であればそのまま痛がって倒れているところだと思われるが――。
身長差では恐らく二十センチ近くは差があるだろう。体重では、およそそれ以上の差か。ナンシーから見れば普通に考えて勝てる見込みなど少ない。
だけど――、
無謀であることは、ナンシーにだって分かっていた。放っておけばよかったのだ、自分は見ているだけでも許されただろう。
だが、そうしてしまったら自分はその人――そう、ユウに会う資格がなくなってしまうのではないか、と思った。半ば意地になっていた。それで、賭けに出てしまった……賭けと呼ぶには危険すぎるものだったけれども。
ナンシーは多少ふらついたものの、何とか体勢を立て直してきっと有沢を見つめた。有沢はその布越しに彼女の気迫を感じ取ったのか――一瞬ぎょっとして見せた。
「も、もうよせ……」
うろたえつつ有沢が言うのだがナンシーは引かない。それどころかこちらを睨み据えながら言うのだった。
「そっちが全力で来ないっていうのなら、私の方から行くわよ」
ナンシーが踏み込んで、顎を狙っての突きを繰り出して来た。当たると痛そうな指輪のオプション付きだったが、すぐに避ける事ができた。
後ろへ一歩下がり、半分だけ軸足をかえしながら有沢はその拳を難なくかわして見せた。
何せ相手は女性だ、こちらが本気を出せばあっけなく倒せる筈だが……有沢は仕方がなしに牽制の意味を込めて鳩尾に一発叩きこんだ。
「っ……」
目の前がぐらついた。ナンシーは膝もとから崩れ落ちそうになるその身体を何とか支えて前を見据える。
涙の膜の張った視界の中で、有沢が静かな吐息を漏らしつつ言った。
「すまないが、これで終いにしてもらえるだろうか?……女相手の暴力は好かん」
涙でぐらつく景色を見つめながら、ナンシーは思った。きっと実力の半分、いや三分の一でさえ……有沢は出していない。それでもこんなに痛くて、辛くて、今にも倒れてしまいそうだ。あんなにも辛い稽古や特訓を重ねたのに何てザマだろう?――何の結果にも結び付いちゃいない――、悔しくて、痛みとはまた別の感情の涙が溢れて来た。
と、何故か脈絡なくきぃちゃんを助けられなかった過去の自分を思い出してしまい、とても辛くなった。
有沢「おれは しょうきに もどった!