終盤戦


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10-5.堕天使の羽響



 忘れられた公共施設を使って、その国内初となる異例ともいえるプログラムは行われていた。少年犯罪の抑制を名目に掲げた、非人道的なるその実験――法案は、たちまち世の明るみにされると同時に強制的に中断された。

 犯罪者同士を同じ空間に住まわせて、一人を監視役・躾役にさせて、更にもう一人に『条件付け』といわれる催眠(とどのつまり洗脳だ。薬漬けにして、逆らえないようにする。去勢みたいなもんだろう)をかけ反抗できないようにする。

 ミミューは……そう、ミミューもそこに集められたうちの一人だった。

 ミミューはどちらかといえば監視する方の、実験対象とされる二人を日々管理するための看守役だ。自分も同じように服役していた人間だったという理由だけでろくな裁判もなしにそこへ駆り出された。

 そりゃあ勿論おかしい、と異を唱えもした。

 自分を連れて行こうとする男に食ってかかりもした、「一体どういうことだ」と。背広姿の男たちはにやにやと自分を観察でもするみたいに見つめた後笑った。こうも言った。

「家族には金を送っておきますよ」

 もはや、返す言葉も無かった。

 犯罪者には人権など存在しないと言うワケだ――別にそれで構わなかったし、これが正しい罰だというなら甘んじて受けるほかないだろう。

 ミツヒロという少年のほうは想像通りの威勢のいい悪ガキであったが、問題はこのルーシーと言う男の方だった。視界に入れたその瞬間に、全身の血流がさぁっとどっ引いて行くのが分かった。

――何だろう、この男、何かが……

 ミミューがその違和感を知ることになったのは彼が起こした事件を聞かされた時であった。

 それから数日……時間に換算しれみれば実際にはそう長くはない時間を彼らと過ごした。一人、また一人と精神的に蝕まれてその場所を去った。だが完璧に病むまで誰もその場所を逃げられなかった。

 別に、逃げ出そうと思わなければいいだけの話ではあった。

 管理された食事・管理されたトイレ・管理された風呂・管理された就寝時間――そう全てにおいて監視下の元行わなくてはいけないことにさえ耐えられたらの話だったが。

 隔離されたその空間から脱する方法はいくつかあった。

 一つは先に言ったように精神を病んでしまう事。すなわち、発狂することだ。これもグレーなラインでの話で医師のよる診断が必要でもあった(ちなみにこの医者もいわゆるモグリだとかの闇医者だ)。二つは無理やりに脱走する。まあほとんど無理だったからこの選択肢はほぼ可能性ゼロ。三つ目は勤続困難と見なされるまでの怪我を負う事。これまた医師による判断の元で動かされる話だった。一つ目が精神的ならこちらは肉体的な方の問題だ。……ざっとまとめるとすれば「やめます」といって退職願を出したところで抜ける事は出来ない話なのだった。

 ミミューはこの中では比較的『持った方』だった。この人体実験(と、呼ぶと叱られた)が世に明るみにされるその時にまでミミューはその施設の中にいたのだから。

 シャバへ戻っても行く場所はおろか待っていてくれる人間さえ思い浮かばない自分には何でも良かったのもある、だが……。

「貴方は何人殺したのかな」

 ルーシーが、すぐ目の前でそう尋ねて来た。

 ミミューはすぐには答えることが出来ずに只ぽかんとした顔で「え」と聞き返した。聞こえなかったわけではないのだが。

「……いや、違う。……幼児虐待か? それとも動物に? 婦女暴行って可能性もあるね。どれだよ下衆野郎」

 言いながらルーシーは実に半透明な笑いを浮かべていた。

――何だ、何かが……

 釈然としない違和感に苛まれながらもミミューはこの男から――狂気の名を持つこのルーシーと言う男から逃れたくて仕方が無かった。だけどその男は……ルーシーは怯える自分に手を伸ばした。

 来るな、と拒んだがルーシーは聞き入れてくれる気配もなかった。

 護身用に、と事前に配られていたベレッタを抜きだして構えたがルーシーは怖がる気配さえ見せなかった。何とか銃を握り締めるミミューの手を握り、そうしてぶるぶると震えるミミューを嘲笑った。

 惨めったらしく失禁までして腰を抜かす自分を、ルーシーはやはり同じようにはっきりとしない曖昧な笑みを浮かべたままで嘲笑する。

「人を殺すのに道具なんていらないんだよ」

 どういうわけなのかその言葉に……ふいに、ベランダでぐったりと死んでいた結花の事を思い出した。確かに道具なんか、いらなかった。結花のその小さな命を奪うのに。

 人殺し、と自分を罵った妻の顔を思い出した。それから――ミミューは、考えるのを止めた。




こうした過去の経験が
ミミュー君を過剰なまでの正義厨に
仕立てあげてしまったのかも。
ルーシーへの恐怖心から逃げるように
他者に暴力を振るい犯罪を抑制するという
ちょっと行きすぎな手段ではあるが。



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