終盤戦


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10-4.堕天使の羽響



 ルーシーはミミューの両頬を掴むと、その額に自身の額を宛がった。擦りつけるようにさせながらルーシーがまたにやっと笑った。

 すぐ傍にあるその顔に、ミミューがたじろぐ。そのままキスの一つや二つくらい出来そうな距離だ。……いや、しないけど。って、こんな時にふざけている場合ではないのだが。

「君にはがっかりしたよ、僕を殺してくれる人間が現れたかと、ちょっと、ほんのちょっと思ったのに――この僕を絶望させましたね。僕の期待を裏切りましたね。がっかりだよ……あーあ、本当にがっかりだ、――なあッ!」

 語尾を荒げたかと思うと、突然ルーシーは掴んでいたミミューの顔ごと背後の壁へと打ちつけた。ミミューは後頭部を思い切りぶつけられて飛びかけたものの踏みとどまる。

「裏切ったな畜生! 裏切りやがったな僕の期待をッ! 畜生、畜生!」
「あうっ!?」

 更にもう一度、二度とぶつけられてミミューはもう立ち上がる気力さえ無かった。このままルーシーの両手から解放されても起き上がる気にはとてもなれまい。四度目の衝撃で、一瞬くるっと視界が反転しかけた。

 ようやくルーシーの手が離れ、支えているもののなくなったミミューの身体がずるずると沈んだ。ルーシーが喉の奥で笑いながら立ち上がるとこちらを哀れむように見下ろしている。

 先の衝撃でルーシーも同じように帽子が吹っ飛ばされたらしい。外気に晒されたそのスカイブルーの髪を掻き上げながらルーシーがもう片方の手をすっと腰元へと動かした。

 ミミューは片手で鼻血を押さえながら何とか揺らぐその視界でルーシーの姿をとらえ続けていた。沈みかける身体で何とか踏みとどまろうとするものの、実際には気絶していた方がましなのかもしれなかった。

「――そうか、分かった。分かったぞ」

 初めこそ敬語で話しかけてきていたルーシーだったがそれが乱れているのにミミューは気が付いた。

 ルーシーは何やら一人で納得し始めたかと思うと、腰に携えてあった柄に手を添えてその武器……釵をスラっと抜き出した。

「お前の顔、どこかで見たことがあったんだ。……それは一体どこかとずっと考えていたよ。それが分かったんだよ、たった今。ピンと来た」
「――っ……」

 ルーシーが近づいて来たかと思うと釵を振りかざした。向かう先は床に突いていたミミューの片手であった。その手の甲に向かって、容赦なく刃が突き刺さった。ルーシーは柄の部分に向かって肘打ちすると更にそれが深く沈んだ。

「ああああッ!?」

 くぐもった悲痛な声が漏れるが、ルーシーは表情一つ変えない。柄の部分に手を置いたまま、肩で息を吐いている。

 刃の部分はミミューの手を越え、その下にあるマットへと刺さっていた。それが何だか画鋲か虫ピンで止められた標本の昆虫を思わせた。

「――随分とたくましくなったじゃないか、なあオイ。あの狭い空間から出られたのか、アンタ」

 言いながらルーシーがミミューのアイマスクに手をかけた。指先でそれをずらすと、その目と視線がかちあった。やはりな、とルーシーは忘れもしないその顔を見て内心で思う。

「……ほんの数年前僕の前でお漏らししてた小僧とは思えないほど逞しくなったじゃあないか。なあ」
「――っ……あ、う」

 ミミューは思い出していた。

 あの時のこと。



 薄暗い、あの場所での日々を。


ここは過去作品エレウシスの出血に繋がるとこっすね……



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