終盤戦


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09-2.覚えているのは空の青と本当の気持ち



 その後輩とは卒業するまで会話しなかった。当然だろうか――『普通』でいる代わりに自分は大きなものを失った気がする。

 それからごく普通に大学を出て、ごく普通に卒業をしてごくごく平凡な中小企業のサラリーマンとして内定をもらって。とにかく普通であるということを自分に強いて、本当に誰の目から見ても『おかしくない』人生を築いていった筈だった。

――普通、普通、普通、普通、普通普通普通普通普通普通……

「――くん」

 その日は営業で疲れ切ってくたくただった。苦手な取引先のお客さんにクレーム対応、加えて月末のノルマ達成への焦り。もう全てに疲弊しきって会社に辿りついた時だ。

「……はい?」

 疲れきってへろへろになりながら売上を入力していた時、事務の女性に声を掛けられた。

 まだ二十二、三くらいの自分とそう変わらないくらいの年頃である彼女は女性社員の少ない、この会社においてはマドンナのような存在だ。それでいて既に子持ちのバツイチ、シングルマザーなのだから驚きだった。

「大変ですよね、外回り。いつもお疲れ様です」
「ああ――うん……」

 疲れてろくすっぽ返事もしない自分に彼女はとても優しく気遣ってくれた。温かいコーヒーを入れながら、彼女はにっこりとほほ笑んだ。人間、精神がどん底にいる時こそ誰かに寄りかかりたいものだ。

 そんな彼女と色々と紆余曲折を経て急接近し、付き合って、籍を入れる事になるのにそう時間はかからなかった。本当にごく普通の、夫婦生活。前夫の連れ子との生活はややストレスがたまる事はあったけれどそれ以外は至って……。

 そこまでを記憶の奥底から思い起こして、ミミューは現実に引き戻された。

「どうしたんです? ぼんやりとしちゃって。気分でも悪くなりましたか?」
「……そうだな」

 口調だけでは優しく聞こえるそんな言葉を、目の前にいる――廃墟の中、沈みかける夕陽からのささやかな光明を受けて笑うその恐ろしく端正な顔が発した。

 ミミューはそいつ、ルーシーと対峙しながらじりじりと間合いを取った。最初にもらった一撃で、まだ身体の節々が痛んでいる。連続してもらったとしたら立っているのは容易でないことくらいは予想がつく、だが……。

 その、『立っていられなくなった瞬間』こそが最後なのだとミミューはぼんやりと思う。先の攻撃を受けながらもうわかっていた、重要なのは奴から……ルーシーからの攻撃をいかにもらわないか、だ。



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