終盤戦


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09-1.覚えているのは空の青と本当の気持ち



 昔から極力目立たないよう、続けて生きていた。

 他人の影に隠れて、こそこそと生き続けられたらそれで良かった。誰も自分に注目などしてくれなくていい――ごめんだった。何故なら自分は普通ではない。世間でいうところ『異常あり』のジャンルに配置される人間だ。

「は? スキって……それって僕が?」

 高校時代、一体どんなもの好きからの告白かと思えば相手は同性である『男』だった。一つ下の後輩くんで、男なのにこれがなかなか可愛い顔をしていたし、当時好きだった女優のヒロスエリョウコにそっくりだったのもあってとりわけ優しく接していた子だ。

 そりゃあ正直、嬉しくないわけがなかった。

 今の自分なら二つ返事でオーケーした事だろう。今思えば何て勿体ないヤツ、と当時の自分をぶん殴ってやりたいほどだけれど。

 学生服に身を包んだ後輩は、恥ずかしいのか顔も上げることすらせずに只俯き、唇を噛み締めていた。ぎゅっと両目を瞑った後、後輩は何か痛みでも堪えるかのように辛そうな顔をして見せてから言うのだった。

「……はい」

 たったそれだけの言葉さえも震えていた。本当は――すぐにでも頷きたかった。だけど当時の自分にそんな器用な勇気など備わっちゃいなかったのだ。

「ぼ、僕はその……お――男……、だけど?」

 わざとらしいその濁し言葉にも、後輩は耳元までを真っ赤にさせながら頷くのだった。もう今にも泣きそうな顔だ。

「……はい、それも」

 分かってます、ということだろう。

――僕は勿論女が好きだ。でもそれ以上に、男が好きだ……

 そんな自分をきっと世の中では『おかしい』と非難する。だから、自分は絶対に目立つような、それを悟られるような生き方だけはしない。地味に質素に、謙虚に生きていけたらそれでいい、それでいいんだ……。

「――おかしいよ」

 それは後輩に向けられた言葉というよりは鏡の前の自分に言っている風な感覚に近かったように思う。後輩は軽蔑される(それが本音でなくとも)事も想定内だったのか取り立てて喚いたり泣きだしたりするような事もしない。只、唇を真一文字に引き結んでじっとそれに耐えている。

「そ、そういうのって……気持ち悪い、と思うし」

 引き攣り笑いを浮かべつつその時の自分は確かにそう言って彼を拒絶しただけでなく――傷つけもした。わざわざ言わなくてもいい中傷をして、自分を守りたかった。

 後輩は何も言わなかった。

 只じっと黙っていた。そこから先の事はあまり思い出せないけど最後まで泣かなかった後輩の背中や、家に帰ってからご飯が全然美味しくなかった事ははっきりと覚えている。


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