06-1.おもちゃのナイフ握りしめ
――女だ……
ふと空気中の酸素と共に、漂ってくるその気配に気が付いた。呼吸するのと同時に吸い込んだその匂いは女のものであると二人は確信する。
トゥイードルディーとトゥイードルダムの二人は顔を見合わせてから、こくんと頷き合った。
――間違いない。この、廃墟の中にまだ若い女がいる。それは自分達の探している獲物のうちの一つだ。
「トゥイードルダム、すぐ近くに女がいるな。それも、二つほど……な」
「うっ、う」
荒野をじゃり、と踏み締めてその廃墟となった病院を見上げる。
「おまけにとびっきり若いのだ。ママが喜ぶぞ」
「う……」
眼鏡のちびちゃんの方、トゥイードルディーが懐にしまわれていたその『おもちゃ』……ジャックナイフをしゅっと抜き出した。
カラフルで、一見するとおもちゃにしか見えないそのナイフではあるが切れ味は紛れも無い本物だ。その証拠に、ナイフには血で出来たものと思われる茶錆が点々と浮かんでいる。
「争いの匂いがするな。でも火薬と死体どもの匂いがしない、食べ物でも取り合う奴らの抗争か?」
「う……うぅ」
「ようし、なら簡単だ。どさくさにまぎれて女だけを連れ出すんだぞ。頃合いを見計らうのを忘れるなよ。トゥイードルダム、おめえは特に気をつけろヨ。只でさえでかい図体をしてるんだから」
「……」
「――もう少しの辛抱だ、ママが若い女の血を六百六十六人ぶん浴びればママは今よりもっと綺麗になって……そうしたら、俺達はママからたくさん、可愛がってもらえるんだぞ」
それはむしろ独り言のようで、確信がある言葉というよりはそうであってほしいという願いの込められたもののように思えた。
「だからあともう少し女を殺すんだ」
「……うー」
「? 何だよ」
一歩踏み出したトゥイードルディーを止めるのは、巨漢の弟・トゥイードルダムだった。トゥイードルダムは普段は怖くて逆らうことなどできないその兄の腕を掴みながらぶんぶんと首を横に振っている。
「何だってば」
「う、う、う〜……」
「何ぃ……?」
それは上手く言語として成り立っていないにも関わらず、トゥイードルディーは長い付き合いゆえかその言葉を理解したようである。
「逃げよう、だって?」
「う、うッ」
「――本気で言ってんのか、オメエ」
再度その意志を問われ、多少臆したように間があったもののトゥイードルダムはやがてうんうんと頷いた。
「『もう罪のない人を殺すのはうんざり』だ、と?」
「う……うっ」
ややあってから、トゥイードルディーがその腕を振り払った。
「――ふざっけんじゃねえよクソブタ!」
怒鳴り散らしながらトゥイードルディーはトゥイードルダムの横腹を蹴り飛ばした。勿論、力の差は体格を見ても分かるよう歴然としている。ここでトゥイードルダムが怒り彼に殴りかかれば一溜まりもないはずなのだが何故かトゥイードルダムはそうしない。いつでも、言いなりだった。
「今更シッポまいて逃げるなんて許されるかっつーの! ボケ! 馬鹿なのは知ってたけどそこまで馬鹿だったとは思わなかったぞ! この!」
「ウウウッ」
頭を押さえて蹲るトゥイードルダムを殴りながらトゥイードルディーが絶叫する。
「いいかっ、俺達何人殺したと思ってる! 男も女も、子どもも年寄りも、何人!? 何人、何人! お前のその俺のチンチンよりちっちゃな脳味噌では記憶しきれないほどの人数を俺達は血祭りにあげちゃったんだぞ! それを今更逃げてどうすんだ、ばっかやろう!」
「ウー……」
「はああ!? 『もう殺したくない』!? ふざけんじゃねえ! 今更自分だけ綺麗ぶりやがって、くそ馬鹿野郎! 許されないんだよ! そういうのは!」
殴り疲れたのか、その手を止めてトゥイードルディーはゼエゼエとその場で呼吸をしている。
「……いいかあ、デブ。俺達に行く場所なんかねえんだよ。俺達は世間じゃ化け物扱いなんだ。人間じゃねえんだ」
「ウ……」
人間、の響きにひどく悲しい意味合いが込められているようだった。――そうだ。トゥイードルダムが兄に逆らわないのは彼もまた、兄の深い悲しみを理解しているからだった。おんなじ悲しみを彼らは共有しあっている。同じ人間であるにも関わらず、気味悪がられ、除者にされ、迫害され――差別される悲しみを、これまで共有してきたのだ。
「たくさん殺せばママに可愛がってもらえるんだ……可愛がって……」
「……」
――たくさん殺せば……
見た目だけで差別される可哀想な子たち。
ナオさん達も似たような前例があるのに
まぁ何とか生きていけてるわけだけど、
この子ら行き場がないもんね。
修一お兄さんが傍にいたら何とかしてくれてたかもね。