25-5.優しい悲劇
振り返ったミミューは、雨ざらしの状態のままびしょ濡れで、ただ茫然とした様子でガイを見つめていた。
「ミミュー……」
何度見つめてもそうに違いなかった。マスクごしに見えるその両目は、愛しい恋人のそれに他ならない。間違いであってほしいと思ったが、そんな僅かな願いさえも打ち砕かれてしまったのだと知り、ガイは微かなため息を洩らした。
「……何故、」
そう尋ねるので精いっぱいだった。ともすれば雷雨の音にかき消されそうな程に小さな声だったように思う。にも関わらず、ミミューはそれに答える様にちょっと笑った。それから、言った。
「――言ったでしょう、少しでもガイの助けになりたかった」
話しながらミミューは、被っていたその帽子を外した。それで益々、見慣れた恋人の姿に近づいて行く。
あとは、目元のマスクを外せばきっと、いつものミミューの顔がきっとそこにはあるのだろう。
「……」
言葉を失うガイに構う事はなしに、ミミューは帽子を傍らに置くと一歩前に出た。その顔には、何とも言えぬ悲しい笑顔が薄ぼんやりとだが浮かんでいる。
「助け、って……俺は……俺はそんな事」
「求めてなかったよね――知ってる、よ」
ミミューが力無く笑い、ふっとため息を吐いた。帽子を脱いだその髪の毛が、雨によってぐっしょりと濡れていたが、そんな事全然気にならなかった。どうでもよかった――ミミューは視線を持ち上げて、目の前ですっかり打ちひしがれたような表情のまま停止している恋人を見据えた。
「ガイも知ってるよね。僕が、神父になったわけ」
「……」
ガイは答えなかったので、ミミューは勝手に話を続けた。
「一人でも誰かを助ける事で、僕は僕のしでかした事への罪を……罪から逃れたかった。勿論――それで僕がやった事が帳消しになる筈はないし、それどころかもっとその記憶が僕を追いかけて来るようだった……嘲笑っているみたいだった、」
『お前には誰も救えないよ。人殺しのお前には』
――……
双方、沈黙が訪れた。雨が地面を打つ音だけが、辺りには響き渡っていた。
「何もかも、イヤになってた。腐ってた……そんな僕を助けてくれたのはガイ、君だった」
ミミューが、もう一度ガイの顔を見上げた。自分より背の高い彼の顔を、しっかりとその目で見つめた。
「――君が僕に生きる理由をくれた。君は僕にとって全てだ、だから僕は決めたんだ」
ガイが視線だけを動かした。
「君を影ながら守るって。それで少しでも、君が願うような、みんなが笑っていられる世界になるための助けが出来るなら良かったんだ」
「……」
ミミューはもう、その整った面立ちをぐしゃぐしゃにさせて泣いていたが雨のお陰で涙も鼻水ももうほとんど流れている事に感謝していた。
「だけど、思い通りにはいかなかったみたいね。あはは」
決して笑いたくはなかったのだけど、ミミューは笑っていた。笑っていなければガイが傷つくと思った。
「何かが食い違って、挽回しようと必死になればなるほどに……益々僕と君との関係は悪化しちゃったんだね。出来る事なら、早いうちに何もかも話してしまいたかったんだけど――でもやっぱり、出来なかった。言ったらガイに嫌われるから、そんなのはイヤだったんだ。ごめんね、最後までワガママで」
「――ミミュー……」
あはは、とミミューはまたそぐわないくらいに明るく笑った。
「そんな顔しないで。……さぁ、ガイ。もう終わらせよう。君も辛かったよね、いい加減」
「……」
茫然としているガイに、さらに追い打ちをかけるかのように――ミミューが、その黒い革の手袋のはめられた両手をすっと差し出した。ガイの方へ向かって。
「――いいよ、捕まえて」