中盤戦


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25-1.優しい悲劇



「……一時的な脳震盪でしょうね。あとは軽い打撲と切り傷程度で、何〜の問題もありませんよ。後遺症も無いでしょうし、簡単〜〜〜に処置しておきますね」

 救急隊員がにこりと笑いながら言い放ったその一言によって、一同は張り詰めた沈黙から一気に解放されたのだった。

「……な〜〜んだよぉお!!」

 脱力のあまり、真っ先に絶叫したのは創介だった。

「しかし強靭な生命力だ。あんなに重たい器具に挟まれてもどこも骨折していないなんて。丈夫な身体に産んでくれたご両親に感謝しないと」

 中年の救急隊員が優しげに笑いながらそう言った。救急車のストレッチャーの上、ミミューは穏やかな顔つきのままスヤスヤと眠っているようだ。

「良かった……」

 セラがほっと安堵に胸を撫で下ろしながら呟いた。セラだけにあらず、その場にいた全員が安堵の息を洩らしたかのようであった。

「ったくよおー! 心配させやがってェ……ほんとによぉ……、ずびっ。俺の涙返せよ〜……」
「冷静に考えりゃ分かるじゃん、その場で確かめて息も脈もあったんだしさ」

 雛木が実に冷めた口調で言うと、創介がちょっとだけ鼻息を荒くしながら振り返った。そして、振り返るのと同時に見た雛木の片腕はもうスッカリ回復しているのだから化け物様様としか言いようがない。

「いやっ、それが分かってたんなら言えよ! だってウンともスンとも言わないんだもん。そりゃびっくりするわい、誰だって!」

 まあまあ、と若干面倒くさそうにも割って入るのは凛太郎だった。

「いいじゃん、無事だったんだし。結果論」

 本当にその一言に尽きる。無事で何よりである、ミミューは目さえ覚めればまたすぐにでも動けるようになるだろうとの事であった。

「あの」

 ふと、セラの背後から声がかけられた。セラに助けられた、例の中年女性と子ども達であった。

 セラがぎこちなく振り返ると、深々と頭を下げる女性がまず目に飛び込んできた。女性は涙さえその両目に浮かべながら、何度も何度も頭を下げた。

「ありがとうございます。ありがとうございます……本当に、本当に……なんとお礼を言っていいものか……」
「――いや……」

 対するセラはとことんなまでに無愛想だった。というか、わざとそういう風に振舞っているみたいであった。ぷいっとあっちを向いてしまって、極力目を合わせないようにしている。創介は口を挟む訳でもなく、そんなセラの様子を黙って見つめていた。

「あなたがいなかったら私も子ども達も皆、きっとあのまま……あなたは、命の恩人です」

 女性は構わずに頭を下げ続けた。子ども達も一緒になって、お礼を言っている。

「……」
「――……、セラ、くん?」

 ふと、頭を上げた瞬間女性が呟いた。セラの表情が僅かに強張った。

「あなたセラくん……よね?」

 まさか顔見知りだったとは……、いやそうでも変じゃないか――創介までもが驚いてセラと同様に強張ってしまった。

「突然施設からいなくなって……、私、ずっと心配して――」

 女性が今度はまた、別の感情によって浮かんだものであろう涙を瞳に溜めてセラに近づこうとする。が、セラはそこから逃れる様にふいっと更にあちらへと向いてしまう。

「生憎ですが……、人違いだと思います」

 やはりセラは冷たく、他人行儀であった。

「そんな……、まさか……人違いな筈は――」

 女性は感極まっているのかさっきよりも随分と声を震わせながら、口元を押さえた。セラからこうもはっきりと拒絶されていても、それでもまだ、縋りつくようにセラを見つめている。

「ま、待って……」

 女性が泣きながら呼び止めるのも聞かず、セラはさっさと歩きだしてしまった。

「せ、セラ……っ!」
「――……」

 創介の呼びかけにも答える事はなく、セラは目も合わせようとしないで救急車から出て行ったしまった。女性はその場に膝を突いて咽び泣いているようだった。それを囲むように子ども達がそれぞれ覗きこんでは、慰めている。


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