24-1.泣かないで、愛しいひと
――……
それは本当に、素敵な幻想だった。
願わくばこのまま死なせてくれたらどんなに幸せだったのかミミューには分からない。だけど神に仕えていた身である彼ですら、それは許してもらえなかったのだ。
もうほとんど沈みかけていた筈のその意識が、覚醒した。どうやら眠るように死なせてくれるほど、彼の信仰している神は慈悲深く無かったみたいだ。
――……僕、死ぬのかなぁ
火の手はもう自分のすぐ傍にまでやってきている。熱さももう感じないくらいに、炎は赤々とその勢いを増してゆく。
そういえば、こんな話がある。神と縁がありながらも、罪を償いきれずに死んだ者が落ちる場所。それは天国でもなく地獄でもなく、『煉獄』と呼ばれる場所だ。
罪人の魂はこの煉獄で、炎に焼かれながら浄化の時を待つのだと。
――僕にはふさわしい死に方だという事か……
もう、足元にまでやってきている炎の熱を僅かに感じながらミミューが自虐的に微笑んだ。でも、それでも良かった。自分には生易しい死に方なんて甘っちょろいと思うし、このくらいでちょうどいい。ただ、心残りなのはガイとのことだけだ。
僕達最後まで和解できなかったんだな――と思うと、ちょっとばかり寂しかった。この姿で死んでいる自分を見た時の、ガイの気持ちを考えるといたたまれない……。
――ごめん、
無意識のうちに何故か謝っていた。誰に――、分からない。だけど、とても、謝りたくて仕方がない。
――ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……
そうしているうちにじんわりと、瞼の奥から何かが零れそうになっているのに気がついた。燃え盛る炎の向こう、揺らぐ視界のさなかこちらへ向かってくる影が見えた。
その影がこちらを見るなりに、叫ぶ。
「――おいっ!」
どうやら、熱のせいで頭がどうにかなってしまったらしい。
幻聴がしてきた――だけども、それは優しい……ああ、あまりにも優しすぎる幻聴だった――ミミューはまどろむ視界の先に、その、愛しい『彼』の姿をはっきりと見た。
ああ、これが奇跡、とかいうやつなのか、それとも神様のいたずらというやつなのかは分からないが――まあ、それはガイではなくて創介だったのだけどミミューの昏倒とした意識の中ではそれさえも判別が出来なかったみたいだ。
「しっかりしろよ!――今すぐ助けてやるからな」
「……ガ、イ……ど、……して」
ミミューが掠れた声を上げるが創介は気付いちゃいないんだろう。創介は彼の傍に膝をつく格好で、ミミューの頭部をそっと支えて上半身を抱えているようであった。
「……有沢、セラ、この棚持ち上げてくれるか!?」
「勿論、今やってるところだ」
創介はミミューの頭を自身の膝の上に置きながら、何度も呼びかけた。頭を揺り動かさぬよう、創介はうつろな視線のまんまのミミューに泣きながら訴えかける。
「神父! こんなとこでくたばってんじゃねえぞ、死ぬな! 死んだら許さねえ、絶っっ対許さん!……それとなあ、アンタがくたばったら教会で待ってるエミさんはどーなるんだよ、ええ!?」
ミミューは、ガイと出会ったばかりの頃を思い出していた。自暴自棄になって、何もかも全て失って、途方にくれていた自分に、ガイは手を差し伸べてくれたのだ。
『死ぬな……もう二度と、自分から死ぬなんて馬鹿げた真似はするな』
「……ガイ。やっ、ぱり、来て……くれたんだね」
嬉しいよ、と掠れた声でミミューが付け足すように言った。
ミミューはうっすらとだが、微笑んでいた――嬉しかった。だけど、何故か無性に悲しくて仕方なかった。泣いている創介の顔が、泣き虫なガイの泣き顔とまるまるダブって見えていた。もちろん、それは自分が作り出した幻想に過ぎないのだけれども。
――まぁた、泣いてる。本当、しょうがないなあ……
顔立ちなんかはほとんど似ても似つかないのに、朦朧としている時の人間の脳味噌って本当に不思議だ。
「神父! 神父……っ! 頼むよ……、なぁ、頼むからさぁ……」
創介の声に、僅かに震えが混じって行くのを背中に受けながら、セラと有沢が振り返る。遠く、雨が降り出すのが分かった。外の消火活動によってか、ようやく炎が静まり始めたらしかった。
「――頼むから、返事してくれよ……」
あぁ……