22-2.血で出来た轍
数年か前に起きた、高校生が同級生をいじめの末に事故か故意にか死に至らせてしまった事件の加害者の少年だ。
当時は確か少年Aだとか言われていたがまぁ……、今は置いておこう。一から話すと長くなってしまう。
「悪ふざけじゃないのか? 趣味の悪い、仮装だとか」
「それが助手席でふんぞりかえるように座っていた、ってゆー人物の証言もあるんだ」
どこか得意げに柏木が言った。ガイが視線だけを動かすと、柏木はくくっと喉の奥で少し笑った。意味深なその笑顔にガイが口を僅かに開いた。
「……ルーシー・サルバトーレか」
「そうだよ。――あの、バケモンだ」
ガイがごくりと唾を飲んだ。その名を口にするだけでも……ぞっと身震いがする思いだった。そうだ……少年A、すなわちミツヒロが起こしたあの事件の直後。自分は詳しくは関与しなかったが、国は加害者に対して狂気の沙汰とも言える更生プログラムを提案したのだった。
その内容は詳しくは伏すが、少年への更生プログラムに使われたのがあの男――ルーシー・サルバトーレであった。
加害者少年に再教育(と称したほとんど洗脳みたいなモンだった、実際は)施し、加害者を更生への正しい道へと軌道修正させるのがその男、ルーシー・サルバトーレの役割であった。その非人道的な内容にしたって驚かされたが何よりもそのルーシーが犯罪者、それもとびっきりの凶悪犯……だったと言うのだから度肝を抜かれてしまった。
彼とは直接の面識は無いに等しかったがそれでも……、話だけは噂となって流れていたし何よりもルーシーが起こした過去の犯罪の内容を知れば誰だって戦慄するだろう。
ちなみに、現場の写真を見せられて昼間のカレーを全て吐き出したのは消したい記憶のうちの一つだ。情けない。
「……それと、今の火事と何の関係が?」
「クソ簡単じゃねえか。火事を起こしたのがそいつらなんじゃないのか、っていう事さ」
「……」
「それと……たった今本部から流された情報によると、現場には例の黒スーツのヒーローさんとやらもいるようだぜ」
ガイが急ブレーキを踏み締めたので、柏木は思わず素っ頓狂な声で叫んでしまった。
「……っぶねぇ〜。おい、ガイてめえ! 急に何を……」
「今何て?」
ガイがほとんど鬼気迫る勢いで柏木の胸倉を掴んだ。アメフトの選手といっても過言ではない程のかなりの体格を誇るガイにこう凄まれてはさすがの柏木も軽口を叩く事は出来なくなった。
普段は温厚ゆえに、柏木もつい彼に対し横柄な態度を取ることが多いのだが……恐らく力を行使されれば自分なんか赤子も同然だった。
柏木は青ざめて、ぷるぷるとその唇を震わせつつ上目遣いに言った。
「だ、だから……あのヒーローが現場にいて……く、詳しくは分からないけど……そのランカスターなんちゃらの集団と手を組んで火を放った可能性が示唆されるから注意しろって……グェ」
「――っ」
ガイが唇を噛み締めると、柏木を突き放した。
柏木がゲホゲホと咽込み、目に涙を浮かべている。クソ、とガイが叫び急ハンドルを切った。普段の彼なら絶対にやらない無茶な運転である。
「お、おいガイ! 何しやがる!」
「裏道だ! 急いで現場へ行くぞ!」
――裏道、って
もはや道路じゃないその道を、他の機動隊たちから外れてガイ達は突っ切って行く。ゴミ箱が吹っ飛んで、黒猫が飛び出して行くのが見えた。
すっかり冷静さを失ったガイの横顔を見つめながら柏木は心の中で何度も念仏を唱えるのに必死になっていた……。
――必ず捕まえてやる! 捕まえて、罪を償わせてやるからなっ……
徐々にスピードの上がっていくその車の中、柏木はもうすっかり白目を剥いていた。
おい何しやがる(白目)