中盤戦


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17-2.正義への問いかけ



 誰一人として、真剣に考えている者などこの中にはいないのだと思った。よく見たら俯いて、携帯をいじくっている者までいる始末だ。

「うーん。なるほどね。……まあ〜、確かにそれは一理ありまして」
「――馬鹿げている!」

 会議室に、ガイの怒声が響き渡った。立ち上がったその勢いで、パイプ椅子が後ろに倒れたが大した問題ではなかった。ガイは机に思い切り手を叩きつけながらもう一度叫んだ。

「犯罪抑制に繋がる!? そんなもの、独裁政治と変わりがないじゃないか! 単に暴力や恐怖の支配下に置かれて怯えて何もしなくなるだけだ!」
「……言いたい事は分かるのだけど、ガイ君。もうこの世界は手遅れだよ、規制出来るものはどんどん規制していかないと。自由に泳がせていたらもうそこから汚染が始まって気がつきゃもう手遅れ。病んでるんだよ、この世界は。自由主義を主張した結果がこの有り様なんだよねぇ。……分かる?」

 そう話す彼の表情は、にこにことしてはいたが断じて目は笑っていなかった。

「――っ……『殺されて当然』なんてそんな事……そんなもの、あるわけがないんだ。憎まれるべきは罪であって、その人じゃない」

 かろうじて冷静さだけは失わぬように、ガイが言った。それまで黙っていた、捜査一課長がゆっくりと立ち上がった。

「ガイくん。いい歳をして、そんな夢見がちな事を言うんじゃないよ」

 どこか哀れみを含んだような、そんな声だった。打ちひしがれたような眼差しを向けるガイに捜査一課長は尚も言葉を続けた。

「正直言ってねえ、今こんなヤマなんかより我々としてはもっと優先したい事があるんだよ。ここにいるみんなそうだと思う。なぁ?」
「――っ……」

 一斉に向けられるのは侮蔑の眼差しだった。

「今世界全土が抱えている問題に比べたら、こんなチンケな事件ただのゴミに過ぎない。結論が出るならさっさと出して、終わらせるのが賢明だろう。たかだか五、六人の死者が出たから何だ。こんなのに構っていたら、もっともっと大きな死者が出るぞ。この状況は」
「あなたは……」

 ガイが絶望しきったように声を洩らした。眩暈がして、立っているのもやっとの思いだった。

「あなた、がたは」

 周囲を見渡した。……首を振った。

「――事件に大きい小さいも関係あるかっ! 死人の数に関係なんかあるものか、見過ごすなんて俺には……っ」
「ガイ」

 たしなめるような声がしたので、ガイは視線を動かした。同期のタナベが、椅子に腰かけたままこちらを見ていた。……その両手には先程の肉まんが握られているので思わず二度見してしまった。タナベはくちゃくちゃと咀嚼音を響かせながら両手の肉まんを頬張っている……。

「お前さぁクチャクチャクチャちょっと抱え込みすぎなんだよクチャクチャクチャ……そんなんじゃいつか倒れちまうぜクチャクチャクチャ、もう少し、こう、緩くなっていいと思うぞクチャクチャクチャ」
「……会議中にものを食うなよ……」

 色々言いたい事はあったがまず、それを指摘した。不愉快な咀嚼音を響かせたまま、タナベは大きく口を開けて片手の肉まんに齧りついた。

 それを見ていた周りの連中がごくん、と唾を飲みこむ。

「タナベ、俺にも一つくれよ」
「お、俺も……」
「何言ってやがる! これは俺が必死の思いをしながら、ゾンビ達を掻い潜って手に入れたんだ! クチャクチャクチャ、誰がお前らに渡すか!」
「一口ぐらいいいじゃねえか!」

 立ち上がり、一人がタナベに襲いかかった。それをキッカケにして周りで物欲しそうにしていた奴らもみな立ち上がって一斉にタナベへと群がり始めた。もうほとんどリンチみたいな状況だ。

「……っ」

 その異様な光景に圧倒された様に、ガイはもはやなすすべもなくその場に崩れ落ちた。……眩暈がしてきた。




もの食べる時にクチャクチャ音をたてない



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