11-2.わが罪あやまち、限りもなけれど
この場にいても何の進展も望めないだろう、言われた通りにセラを一人残して一同は部屋を出た。
「冗談じゃねーよ、何であいつはそんな大事な事を黙ってたんだよ! おかしいだろ、そんなのは!」
なすすべもなく叫ぶ凛太郎に、一同が言葉を失う。
「だけども凛太郎くん……、実際にここまで一緒にいて君は感染していないだろう。だったら……」
「だ〜からそれはぁッ! 何度も言うように、たまたま感染しなかっただけかもしれない!……伝染るとしたら何だ? 血液感染か? 唾液感染か? いずれにせよそういう機会が無かったからそんな呑気な事言ってられるだけじゃあないのかよ」
凛太郎の叫びに再び周囲に沈黙が訪れる。
「けど」
その長くもなく短くもない静寂を破ったのは一真の声だった。
「けど……もしかしたら、ワクチン開発の役に立つかもしれないよね。それって」
「そ、そうかもしれんがそこは俺達の関わる場所じゃねえよ。だったらさっさとアイツを差し出せばいいんじゃねえのか、なんかそーゆー研究とかしてるとこに……えぇっと、何だ、WHOか?」
凛太郎がすかさず提案を施すがミミューはその隣を無視するかのように通り過ぎる。一真の前にまでやってきて立つと二、三度と頷いた。
「偶然にも同じ事を考えていたよ、一真くん。その通りだ。セラくんの免疫機能は人類の希望の星になるのかもしれない……抗体からはワクチンが製造できる」
「って、神父このっ! 聞いてたかよ今の俺の台詞! それを知ったところで俺たちにはどうしようも出来ねえっていうんだよ、なあ、おいっ! 聞け! 聞けって、このやろっ!」
凛太郎がミミューの肩を掴んで振りかえらせるがミミューの顔は至って真剣そのものだ。
「ああ……、それはその通りだね」
振り向きざまミミューはたしなめるようにそう告げる。
「だけど、その希望を絶やす事は出来ないだろう……その僅かな望みを僕らは繋いでいくべきだ」
「あー?」
「……セラくんのその奇跡的な体質を利用しようとする不届きな輩もいる筈だろうし。既にこの情報を知って何かしら行動に出ている奴もいるかもしれない。製薬会社に血液のサンプルなんかを売れば、きっと凄い金額になるだろうね。血清の特許を取れば孫の代まで遊べるかな」
皮肉とも本音とも取れるその言葉に、凛太郎がどういう顔を浮かべていいやら肩を竦める。それからミミューはふっと笑って、もう一度言った。
「それは……そうかもしれんが」
「だったら僕らは彼を突き放すんじゃなく、守る必要があるとは思わないかな? 彼が目的を果たすまで、無事に送り届けてきちんと生還させてあげれば……今後の世界の復興にも繋がる筈でしょうし。ペストと同じだよ、ワクチンさえ完成すればこの戦いにも終止符が打てる」
極めて軽やかな口調で話してはいたがミミューは多分真剣なのだろう、ふざけた様子は見受けられない。
凛太郎はやはり納得できないと言った面持ちで、ややあってから口を開いた。髪の毛を掻き毟りながら凛太郎はぼやき始める。
「……。分かるよ、神父。あんたの言いたい事はよ〜〜〜〜〜〜っく、分かる。――でもな、感染の条件がハッキリとしてないんじゃあ俺達だって恐ろしくて一緒には行動出来ないってんだよ」
「けど、今まで感染はしてないでしょ。普通にいるだけならゾンビにはならない。それで十分じゃないかい、彼の傷口を手当てした創介くんが感染していないところを見ると血液による感染もしない。……そうだね、僕らがゾンビの返り血を浴びても感染しないんだからその線はほぼナシと考えても……」
「あのなあ! 軽く考えすぎだぜ、あんた! もっと根本的な場所から考えてもみろよッ」
ぎゃあぎゃあと喚く凛太郎であったが、そんな二人を尻目にして創介だけはいつも以上に大人しく――いやはやそれどころか茫然としていた。
――……
彼の脳裏を支配するのは、セラを連れていくとか連れていかないとかの議題ではなく……もっと別の問題だった。さっき、セラを拒否するように突き放したあの一瞬の事。ただ、それだけだった。
そして自分は感染していないだろうか、と考えを張り巡らせた事も。