09-2.拳銃と少女
透子は、そのどう持つのが正解なのかもよく分からない拳銃を握り締めてから持ち上げた。ずっしりとその重みが伝わってきて(二キロはあるんだぞ、と警察官の兄が言っていた)少女の手にはあまりにも余るものだ。
「やる気になってくれましたか?」
ルーシーが尋ねかけた矢先に、透子はその拳銃をもう一度テーブルに置いた。向きを変えると、ルーシーの方へと返した。
「……出来ません」
続いて、そう言った。
「……。殺せないと?」
「はい。そんな事したって、……何の解決にもなりませんから」
ルーシーは「ふぅん」と何か納得してみせ、突いていた肘を持ち上げた。
「殺す事では、終わらせたくないんです……別のやり方があるというのなら、私はその方法を絶対に選びたい……です」
透子が淀みなくハッキリと、強い意志を宿した目でそう言ってみせる。
「殺さないと君が殺されるかもしれなくとも?」
透子が少し俯き、それから……言った。少しばかり、小声になりつつも。
「……ええ。だって、殺してしまえば……、それこそ全てが終わってしまうから。次に繋ぐ事も出来なくなっちゃう。少なくとも……」
一度、ふっとそこで息を吐いた。
「私の大切な人は、そういう人だった。そう……教えてくれた。相手を殺す事でしか得られない安息なんかそれは絶対的な安息じゃない、って考えの人」
ルーシーはしばらく静かにそうやって耳を傾けていたが――やがて口を開いた。
「――なるほどね」
「……」
「僕からの採用試験は受けられないってわけですね。よ〜く分かりましたよ」
その口調はやはり批判するわけでも、怒っているわけでもない。あくまでも、顔は笑ったまま。そこに込められた感情などは一切読みとる事は叶わずに――ルーシーは続けた。
「合格です」
そして次に発されたその言葉に、透子が「えっ」と思わず声を洩らした。当然だろう、この流れから言えば。
「聞こえませんでした? 合格、ですよ。あなた。良かったですね〜。あ、それともやっぱり辞退しますか?」
「え、え、え……いや、あの」
まごつく透子を見てルーシーはあどけなさの残るその表情にまた笑顔を浮かべた。
「だって、あたし――あたし、その」
「ごめんなさいねぇ、試すような真似をして。いいんですよ、別に。あそこでハイじゃあ殺します、なんて言われたら僕は君を即・不採用にしていたところだったけどね」
やはりポカンとする透子を見て、ルーシーが続けるように言った。
「そ〜〜〜んな恐ろしい人物なんか雇えるわけがないじゃないですか。そういう人間、窮地に陥ったら自分の身可愛さに僕らの事を平気で売るようなヤツの可能性の方が大きいですしね」
「……じゃ、じゃあ」
「ええ、ですから採用です。君さえ良ければ早速明日からお稽古に入りましょうかね。あ、もちろん何の経験も無い女の子でしょう? 焦らずに、きちんと基礎から身につけて行きましょうね」
にこにこと、ルーシーは微笑んだ。透子が、何故か知らないけれど震え始めたその唇を手の平で覆いながら、言った。
「――ありがとう、ございます」
いいえ、とルーシーが笑いながら答えた。
「ちなみにこの拳銃だけどね」
返されたその黒い拳銃を手に取る。不思議そうに透子がそれを見つめているとルーシーは手の中でそれをくるっと回転させた。グリップを握り締め、銃口を透子へと向けた。
「っ……」
瞬間、戦慄した透子だったがすぐにその表情が和らいだ。パンッ、と火薬音がしたが銃口から飛び出したのは弾丸では無くて小さな国旗と、カラフルな色合いの紙テープが飛び出した。
「コレ、うちの若い子が飲み会のビンゴだかでもらってきた景品なんですよ。よく出来てるでしょう」
そう言ってルーシーは無邪気にまた笑った。
若い子、って――この人自身、まだ若いんでしょう? どう見ても二十代、後半いっているか、いないか……ぐらい。せいぜい二十五、六ぐらいにしか見えないのだけれども。
彼女――透子が、ごく普通の女子高生ではなくなったのはそんな日からだった。