中盤戦


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01-1.ブレインデッド



 なんとかゾンビの大軍からくぐり抜けた……と、例の悪党夫婦は荒野をその脚でひたすら走っていた。車を置いて来たのは非常にマズかったが――しくじった、と思ったところでもはや遅い。

「あ、アンタぁ! もっとゆっくり走ってよぉー!」
「ヒールなんか脱いじまえよバカ野郎!」

 夫婦というのは言うまでも無く先程の強盗犯であった。

――しかしまあ、危うく捕まえられるところではあったが……何とか逃げ切った! 神様は何とか自分達に味方してくれている!

 二人の息はもうすっかり上がっていて、日ごろの運動不足具合がよーく分かった。次第にのろのろとなっていく女に、男が苛立ったような口調でチンピラ丸出し気味に捲し立てた。

「鈍間がっ、モタついてる暇なんかねーんだよォ! 一刻でも早く、この荒野を抜けねーと日が暮れちまう! 暗くなったらそれこそおしめえだ!」
「……わ、わかってるけどあたしゃ女なんだよ! もう少しくらい歩幅合わせてくれてもいいでしょっ」

 女はゼイゼイと苦しげな吐息を洩らしながら、それでも何とか腕を振って残る体力を総動員させて走った。男はもう、顧みる事もしなかった。彼の頭の中にあるのは、とにかくこの荒野を抜けたい。それだけだった。

「ひ……、光が見える! 一般人なら車奪うぞ、おいっ!」
「あ、あんたぁーっ……もう駄目、あたし走れなッ……ゼッ、ゼェー……うぅええっ!」

 横腹を擦りながら、女は絞り出すようにして言った。自然と女の足取りがもたついて、男との距離が開いてゆく。

 そんな女の事などはもう、思考の片隅にも無いようであった――男は益々勢いづいて、その光めがけてまっしぐらだ。

「アハ……、アハハハッ! してやったぜー! このまま逃ぼ……ろぇっ」

 結局男が何を言いたかったのか分からなかったが、もう、そんな事はどうだってよかった。その後ろを走る女の顔に生温かい液体がばしゃっと浴びせられたと思うと、すぐ隣を何かが勢いよくかすめていった――。

「……え……?」

 まさに茫然自失という言葉が、今の自分にはよく似合う。

 女は今しがた目の前を走っていた筈の男の――その血液をタップリと浴びせられた状態のままで、ほとんど無意識のうちに振り返った。そうせねばならないと、首が動いていたみたいだった。

 振り返り切るのと同時に、ドスンッと鈍い音がした。見れば、大木に突き刺さっているのは飛んできたのであろう手斧だった。

 よーく見れば、手斧の刃の部分に乗っかっているのは見慣れたその顔……正確には、上顎よりも上の部分――が、そこにはあった。

 いつもは鋭い感じのする、男の細い目が絶命寸前の表情ゆえか大きく見開かれていた。ズル、とその半分だけの頭部が血液のせいなのか滑り落ちて行った。

「ヒ……ヒィイ……」

 女が視線を正面へと戻すと、上唇より上の部分を丸々失った男の身体が今も尚少し先を走っていた。まだかろうじて。噴水みたいに血を吹き上げながら、やがて男はコントロールを失ったみたいにふらふらとおぼつかない足取りになり、横倒しになった。

「ああ、あわわわ」

――その昔に。自宅が農家を営んでいたので(そのせいもあってか余計、グレて家を出たくなったのだと思う)、ニワトリやチャボを数匹飼っていた。

 ある日、じいさんがそのうちの一匹を食用にするために首を切って落としたら、そのニワトリが首を失くしたのにも関わらず物凄い勢いで走りだした事があった。しばらくしたらニワトリは死んでしまったけれど、あれには驚いたっけなぁ……。

 何故、今になってそんな事を思い出したかって言うと勿論男の壮絶なその死に際を見たせいだからなのだけれども。

 首を切ってからもまだ少しは生きているんだ――何だか実際にギロチン刑で試した事もあったみたいだしね。首を切り落としてから、死ぬまでまばたきを何回したか? っていう……。

「あ……あ、あ」

――誰がやったのよ!!

 叫びたかったがその思いは言葉にはならず、女は腰にさしてあった拳銃に震える指をかけようとした。何者かが自分達を襲ってきているのは確実なのだから。

「フーッ、フーッ……」
「だ、誰よ!? 誰なの……」

 低い、獣の息遣いみたいなうなり声だった。女がのそのそとこちらへ向かってやってこようとするその影に向かって拳銃を引き絞ろうとした……の、だが。

「――あがっ!?」

 来襲者は一人じゃなかったのだ。

 女のすぐ背後から、ロープ……ではなくて、有刺鉄線が。それも、女の口元目がけて回されている。叫べば叫ぶほど、そのトゲがめりめりと食いこまれた。頬から、唇から、耳元から――無数の針が肉を裂いて突き刺さってくる。

 何とか逃れようともがくが、背後の主はその力を益々強くした。

「トゥイードルダム! おめえはいつも殺す事を前提に動きやがる。いいか、ゾンビ達を家来にするんだぞっ。いやっ、殺してもいいけど頭を壊すのは駄目だ。ママが怒るぞっ」
「うっ、うーっ……」

 どすんどすんと現れたのは醜く太った巨漢だった。ヨダレを垂らし、大柄なそいつは肉屋がつけているようなエプロンを身につけ、短い手足でもがくようにしながら移動する。全体的には不潔な身なりで、お世辞にも普通とは言い難い容姿である。

「う……うう」

 肥えたその男は今しがた怒鳴りつけられた彼には逆らえないのだろう。傍までやってくると申し訳なさそうに頭を下げた。

「そうだ。それでいい。次やったら、魂の百発ムチ打ちだっ。お前の持ってる人形も全部捨ててやるからな。ママには内緒にしておいてやる、喜べ。その代わり、今日のおやつは俺に全部寄越すんだぞ。なんたってダイエットが必要なんだからなお前! くそでぶ野郎」
「うっ、うっ」

 偉そうな態度を取るのは、この巨漢の兄である少年……こちらは正反対に小柄で、歯の矯正器具とまんまるの瓶底眼鏡をかけている。ソバカスと、キノコのようなテクノカットが印象的な少年はその手にしている針金に更に力を込める。

「分かったんならさっさと持って帰るの手伝えよ、くそでぶの豚野郎っ! そっちの死体はいつも通りかーちゃんに持ってくんだ」
「う、うー」

 どちらかといえば、ずる賢そうなこの少年は(まったく似ていないが)大柄な男の兄にあたる。一応名前は、トゥイードルディーという。肥った少年にも名前は与えられていて、こちらはトゥイードルダムと呼ばれている。

 二人は名ばかりの兄弟ではあるが、本当の事は分からない。二人は今日も家族のためにせっせと働くのだった。





わっ! このデブいい奴そう!
肥満体系の悪人で実はいい人なキャラの特徴
・一人称「オデ」
・動物や植物が好き
・力が強い
・目がかわいい
・小鳥が寄ってくる
・子どもの頃迫害された過去を持つ
・総じてパワータイプ
・うまく喋れなかったり片言

このデブ君のイメージは
悪魔のいけにえのレザーフェイスさんです。
あいつちっともいい奴じゃないけどさ。



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