09-1.拳銃と少女
「……じゃあ。率直に答えてくれますかね?」
目の前にいるその男は……ルーシー、と確かに名乗ったその男。窮地に立たされていた自分を救ってくれたのは紛れもなくこの人だったのだけど、やはり目の前にするとどこか異質さははっきりとあった。
彼は静かだがやけに威圧感のある、そんな声で問い掛けた。
「は、はい」
何だろう? これから何が試されるというのだろうか――そもそも、こんな場所、来たのが間違いだったんじゃなかろうか……あれから、目的のその人……ランカスター・メリンの右手と名乗るうさん臭い団体に会えたのはいいのだけれど、何の疑いもなくついてきてしまったわけなのだけど。
――なに? わたし、馬鹿なの……? ていうか、何でこんなとこ、来たんだろう
今更になって冷静さが戻ってきた。透子は膝の上に置かれた拳をぎゅっと強く握りしめた。手の中はもう汗でぐっしょりだった、透子はもう一度伏せていた視線を持ち上げた。
――今更何言ってんのよ。もう引き返せないんだから……
目の前のソファに座っているルーシーと目が合うなり、にっこりとほほ笑まれた。慌ててまた視線を下げて、頷いた。
「は、はい」
傍目から見れば人の良さそうなその笑顔に、つい忘れそうになるが……この人は血生臭いことだって平気でやってのける、そんな人なのだと言う事を忘れてはいけない。また、自分もそれをしなくてはいけないかもしれない覚悟でここへやってきたのだという事も。
そう考えた瞬間に先程のゾンビの血生臭い匂いを思い出して、ちょっとウッとなった。
「うん。そんなに緊張しないでよ。……じゃ、行きますよ」
この男……ルーシーと名乗っていたけど、果たして本名なのかどうかは分からないが。ルーシーはこの集まりだか組織だかのリーダーらしい。随分と若く、とても腕っ節の強いような外見には見えないのだが……未だ抜けきらない緊張の中、ソファに腰掛けている透子の隣にやってくる人物がいた。
自分とそう年齢は変わらないくらいの、可愛い女の子だ。ちょっと派手目な容姿をしたその子はいわゆるギャル系と呼ばれるタイプで、透子とは正反対な魅力があった。サイドテールを揺らして、少女は片膝を突く姿勢のままで、トレーの上のお茶を差し出して来た。
「どうぞ」
「あ、す、すいません」
こちらの緊張をほぐすような、愛らしい笑顔で返された。
「えっと……、じゃあ透子ちゃん。キミは何故ここ……『ランカスター・メリンの右手』に入りたいんでしょうかねぇ?」
正直に話すべきか、一瞬迷ってから……透子は制服のカーディガンの裾をぎゅっと握り締めた。
「つ、強く……なりたくて」
それは咄嗟に出た、当たり障りの無い言葉だった。そう答えても大まかな意味では嘘じゃ無い。ルーシーは組んでいた脚を解放させて、その膝の上に静かに手を添えた。
「……なれるよ」
微かに微笑みながらルーシーはたったそれだけ、そう言った。何だかこちらの思惑や、本当の理由……その詳細までは分からずとも、何かほかにまっとうな目的がある事くらいはお見通しだと言われているみたいだった。
「そりゃあ勿論、すぐには強くなれませんけれどね。どうかな? 試しにちょっと何かしてみようか? 武器術でも軽〜い護身術でも」
「あ、い、いや……」
「あ〜……けどスカートじゃちょっと無理だよね」
そう言ってルーシーはまた小さく笑った。笑うなりルーシーは先程お茶を運んでくれた女の子を呼んだ。
「リオちゃん」
名前を呼ばれて、リオは何かを持って再びこちらへやってきた。
ルーシーがその油紙に包まれた物体を受け取ると、それを解き始めた。
「……?」
不思議そうに透子がそれを見守っていると――姿を見せたのは、一瞬、本物なのか迷った。ごつい、黒いオートマチックの拳銃がそこにはあった……。
ルーシーはそんな透子の驚愕の表情を知ってか知らずか、薄笑いを口元に浮かべたまま、二人を挟む中央のテーブルにそれを置いた。透子に向かって、スっと差し出した。
「――……」
透子がごくりと息を飲んだ。
「以前に僕が使っていたベレッタ……、です。だけど僕、どうも射撃だけは苦手なんですよ。あの音が怖くて……とまあ、そんな事はどうだっていいですね。今は」
その通りだ、彼は一体これで自分にどうしろと言うのか? その心中が分からずに透子はただただ目を見張った。
「さしあげましょう。それを使って君に害をなしている存在を、根絶やしにしてやるといいですよ。勿論君の身の安全は保障しますから。何ならこれを初めてのお仕事として、お給料をさしあげてもいいですよ」
「え……?」
「大丈夫大丈夫。事故死に見せかけてちゃーんと処理しますよ。君は絶対に捕まる事は無い。どうだい? 金ももらえて最高でしょう?」
ルーシーは再びその豪勢なソファの上で脚を組む姿勢になって、肘掛の部分に右肘を預けながらこちらを見つめている。何かを試しているようなその視線は――、はっきりとこちらを今も尚捉えている。透子は再び唾を飲んだ。
「どうしたんです?……おやまさか、それくらいの事もできませんか? 僕らがやる仕事のほとんどは殺しばかりですよ。初めから上手にやれとは言いませんけれど、手を汚す覚悟は必要ですからね」
笑顔のままでルーシーはそう言ったが……言い方だとか、その口ぶりだとかは優しそうに笑うその表情とは正反対のものが感じられた。
透子はその目を更に見開いて、目の前に置かれたままの拳銃を見つめた。そこから、目が外せなかった。同時にまた、色んな事も思い出していた。最後に会った時のユウの母の涙。握りしめた手が震えていた事。夢の中で見たユウと、現実世界でのユウ。――透子は、鼓動が自分でも気付かないうちに早鐘を打っているのに気がついた。
「――やはり出来ませんか?」
そんな自分に答えを急かすように……ルーシーは、言った。
「……」
透子は……、ぎゅっと目を瞑った。意を決したようにその拳銃にそっと手を置いた。ルーシーの表情はその間にも、いっさい変わらない。ただ薄い笑いだけを唇に浮かべているだけである。