07-2.家族ってなに?
父の声はもう、娘には届いちゃいないのだろう。理性は失われ、只捻じり狂うその本能に支配されるだけの哀れな怪物。
血の繋がった家族、あるいは大切な恋人や友人が人を襲う化け物へと変わり果ててしまうという心痛は、創介にも十分に伝わっていた。
世界がこんな状態になってからすぐの日に自分は貴重なる友人を一人失っている、それも目の前で。創介は無意識のうちにその時の記憶と目の前の惨事を重ねているのに気がついた。
途端、とてもやるせない感情の波に襲われて、創介は僅かにその拘束を緩めそうになったが慌てて力を籠め直す。
「優衣ッ……」
感傷めいた創介をこちらへ呼び戻したのはすいと躍り出たセラの小柄な姿であった。セラはオートマグをその手にしかと構えており、何をする気なのかと言えば勿論少女のゾンビを撃ち殺す気なんであろう。
父の叫びを遮るように、セラの静かな声が響いた。
「――ほっておけば人に害なす存在になるんだ」
「やっ、やめてくれ! 俺にはもう家族がいないんだ、……残されたのは、優衣だけなんだ――」
そこにどれほどの感情がこめられているのか、創介には痛いくらいよく分かった。自然と、その羽交い締めにしていた両手が緩む。
しかし、セラは依然として銃口を向けたままであった。傍から見りゃあ冷酷に思えるかもしれないがそれは正しい判断であろう――が、創介は別の所で引っかかっていた。何よりも、セラのその冷たい、でも悲しげな目に釘付けになった。
――あ。またあの顔つきだ……
創介を思い悩ませたあの表情。遠い目をしながら景色を見つめて、家族なんかいない、と告げた時のもの。
そんな事を思っている間にもセラは素早くスライドを引く。初弾が装填される――銃声と共に少女の肩がのけぞり、血飛沫が千切れた服の繊維と共に派手にぶしゃっと飛び散った。
それで少女の小柄な体はいとも容易く舞い上がったが、被弾した位置は肩だ。ご存知だろうけど脳を潰さない限りゾンビは死なない。少女は短く呻いただけで、ダメージはさほど無いように見えた。吹っ飛ばされながらも少女はすたっと足場に着地する。後退する身体を、かかとでブレーキを利かせ見事に止まって見せた。
両手を突いて、少女が血のように真っ赤に染まったその両目をカッと持ち上げた。口元を血まみれにさせながら、牙を剥いてこちらへと狙いを定めている。
少女とは思えぬその人間離れした機敏さと、獣の如き低い咆哮。セラはもう、彼女を子ども――いや、人として見ちゃいないかのようであった。
躊躇わずに続けざまのトリガーを引いた。今度は見事に一発で、その脳天に命中させた。やはり恐ろしく冷たげな、されどどこか悲しげな目つきのままで――セラは白煙の立ち上る銃口をすっと降ろす。
「優衣……!」
膝から崩れ落ちるようにしながら、男性が地に手を突いた。娘の亡骸に震える手を伸ばすと、それから男性は苦しそうに目を閉じた。――泣いていた。ただ、静かに。
創介が、その隣に腰を降ろしてから男性の背中にそっと手を置いた。神父の本業か、ミミューが少女の遺体の目をそっと閉じさせてから、何か祈りの言葉のようなものを口にした。
「何故――何故、こんな事を……」
それは誰に向けられた言葉なのか分からないが、男性がうめくようにしてそう言った。
ドーンオブザデッドのヴィヴィアンちゃん
(一番最初に出てくるガキゾンビ)のような
イメージもあるね、優衣ちゃんは。