中盤戦


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01-1.少女達の監獄



 こんな時になって、何故か思い出す子がいる。

 その子の名前は『きぃちゃん』といって名前である紀和子、から取ってみんなからはそう呼ばれていた。
 きぃちゃんは私の小学校の時の同級生で、三年生に上がってはじめておんなじクラスになった。けど、低学年の時からその存在の事はよく知っていた。

 きぃちゃんは誰かの手を借りないと一人でほとんどの事ができない。

 体育の時間の着替えも、音楽でリコーダーを吹くのも、トイレをするのも、鉛筆を削ったりするのも、常に誰かが傍にいた。なのできぃちゃんがやる事は大体、他の人の二倍くらいは時間がかかっていた。
 手足が動かないだとか、何か身体に不都合があるわけではなく、単純にそれらの方法が『分からない』のだ。

 きぃちゃんは、会話をする事もできない。声は出るけど、言葉としてうまく発することが出来ない。文章は愚か、文字を綺麗に書く事さえもままならなかった。かろうじて自分の名前である『北村紀和子』は平仮名でなら何とか書けたようだ。

 だけどそれ以外に何かあるわけじゃなく、授業を妨害したり誰かを傷つけるような事はしないからみんなも私も嫌がったりはせずにごくごく普通に接していた。
 低学年のうちは何度かきぃちゃんの保護者がやってきて、ある程度の事をやってあげてから帰宅したり、先生が甲斐甲斐しく面倒を見ていたようで何か大きな問題が起きた事も無い。
 ごくたまに心無い男子生徒なんかが、きぃちゃんのその喋り方や文章を見て『北村語』等といってからかう事はあったけど、そういう事があればすぐに先生の耳に入っていたし問題視されるほどのイジメみたいなものは無かったと思う。

 きぃちゃんは基本的に、おんなじクラスでおんなじように授業を受けていた。勿論、授業の内容を理解しているかと言われたらノートを書く事さえも彼女には難しかったようで只大人しく座って話を聞いている、というような感じだった。

 だけども一週間のうちの二日ほど、決まった曜日になるときぃちゃんはクラスからいなくなり別のメンバーと授業を受けているようだった。
 そのメンバーと受ける授業は、普段やっているような勉強とは違ってほとんどが実習のようなものらしい。外に出て動物や花を観察したり、その記録をつけたり、私達がやっているような小難しいテスト向けの勉強とはまるで正反対に見えた。

「いつもありがとうね。面倒見てくれて」
「あ、いえ……」

 きぃちゃんのお母さんが、ある日私の家にやってきたかと思うと近所の洋菓子屋さんでお菓子の詰め合わせを持ってきてくれた。

「紀和子が嬉しそうに話してたんです、木崎さんがプールの時の着替えや給食の時に助けてくれるって……紀和子、給食いつも一番最後まで食べてるでしょう?」

 私は「そんなの別にいいのに」と頭を下げるお母さんの隣で、無言で何度か頷く事くらいしか出来なかった。

 きぃちゃんのお母さんが帰ってから、その包み紙に書かれた『エスカルゴ』の文字に子どもらしく胸を躍らせて私はリビングへと戻ったのだった。エスカルゴとはその洋菓子屋の名前で、そこそこの値がするので何か特別な時ではないと買い与えてもらえない。

「お母さん、これ開けてもいい? あと、食べていい? ココア入れて!」
「はいはい。あんたがもらったものだから文句は言いませんよ、でもお兄ちゃんとお姉ちゃんの分もちゃんと残しておきなさいね」

 私には何だかいい事をした、という実感は無く只普段は口に出来ないようなスイーツが食べられるんだという嬉しさしかなかった。

 そもそも私がきぃちゃんの事をよく見るようになった始まりというのも、私の苗字である『木崎』と、きぃちゃんの苗字である『北村』で名前の出席番号が近かったというだけの事だった。
 たまたま座席で傍にいた私を見て、先生が「休み時間になるごとに、紀和子ちゃんにトイレ大丈夫か確認してあげてね」と役割を任せたのがキッカケで何となくそのまま、という感じだった。

 目の前のお菓子の甘さにすっかり舞い上がった私は、きぃちゃんのお母さんがどういう思いでこれを届けてくれたのかなんていう本質的な意味なんか、まるで理解していなかった。

 きぃちゃんの家は、両親揃って割烹料理屋を経営している。
 だからだと思うけど、お弁当が必要な日に持ってくるきぃちゃんのお弁当はいつも豪華で美味しそうだった。

「きぃちゃん家のお弁当、いつも美味しそうだよね」

 私がそう言うと、きぃちゃんは言葉は発さない代わりに嬉しそうににっこりと微笑んでピースしていた。
 きぃちゃんは四番目に生まれた末っ子で、上にはお兄ちゃんが二人とお姉ちゃんが一人いる。一番下だからなのか分からないけど、きぃちゃんのお母さんは特にきぃちゃんを可愛がっているみたいだった。

 時々だけど二人並んで、スーパーで買い物している姿を見る事もあった。きぃちゃんはお母さんの腕にしがみついてずっと離れなくて、親子といえど少し不思議な佇まいではあった。




加筆からの始まりでござる。
どうしてこう小学生時代とか
学生期のトラウマみたいのを作ってばっかなのか私は。
あの時期特有の不安定さみたいのが
好きなんだろうな、わたくしは。
何か癖になるのよね。
あのどうしようもならん具合が



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