前半戦


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16-2.門にして鍵



 亀裂の入った空間から、強烈なエネルギーが流れ込んでくる――侵食が始まり、強風が吹き込んできた。裂け目が段々と大きくなり、魔術による結界が破られるのが分かった。開かれつつあるその『門』からは、赤い色をした光が漏れているのが見える。

「はっ……」

 そのあまりの風の強さに顔を伏せていた創介であったが、顔を上げると黒い仔山羊の巨体が時空へと吸い込まれてゆくのが見えた。
 茫然とする創介の前で立ったままのセラが、目を細めつつ呟いた。

「『矛盾』を消そうとしているんだ――これが……辻褄あわせだよ」
「……へ?」
「本来この世界にいるべき筈の無いモノや、時間軸の狂ったモノ達を連れて行ってる」

 セラがどこか険しい顔をさせながら呟いて、再びネクロノミコンへと目を落とした。

「――ベナティル、カラルカウ、デドス……ヨグ=ソトース……」

 セラが呼吸を整える。その鼓動に合わせるように、セラの唇がなめらかに続きを読んだ。いつしかそれは、まるで生まれる前から知っていたかのようにすらすらと流暢に読めるようになっていた。

 力は更に強まって、倒れていたメイド達が続けざま吸い込まれ始めた。

「な、ナンシーちゃん! 手を離しちゃ駄目だよ!」

 自分達はこの世界の住人だ、だからこの世界にとって矛盾ではない――とは言えその強すぎる魔力の働く場所では何がどうなるやら未知の領域だ。渦を巻く凄まじい強風と共に、門は益々大きくなっていった。

 倒れていた小夜の華奢な身体がそれで吹き上げられて、何の抵抗も無く新たに生まれた闇の中へと消えて行く。続いて化け物が唸り声を上げながら抵抗するようにその脚を地に食い込ませている。化け物の咆哮に共鳴するかのように身体に付着する顔たちも喚いたがそれも最後の足掻きでしかないようだ。

「何て強力な力なの――凄いわ」

 ナンシーがミミューの背後から顔を覗かせながら驚愕したような声を漏らした。クールな彼女にしては珍しく、興奮と驚きとが入り混じっているのが分かった。

「すげぇええ……妖怪ハンターヒルコみてぇ。生きて帰ったらツイッターに上げよう」

 凛太郎が呑気な事を呟いていると、セラの詠唱も終盤へと近づいたらしい。化け物の巨体が完全に浮き上がり、いよいよその身体が飲み込まれ始めた。

「聞き給え。我は汝の縛めを破り――、!?」
「貴様も共に消滅するがいい!!」

 そんなセラの背後から、もはや半身だけとなった老人が千切れた上半身のみで這ってきたのに気がつかなかった。最後の抵抗だとばかりに、執念だけでセラの脚にしがみついている。

「っ……!」
「や、やめろこの!」

 慌てて創介が老人を引き剥がしにかかり、もみくちゃになってしまった。セラが突き飛ばされ、顔を上げると創介と老人の身体が既に引きずられつつあったのでセラが身を起こして走り出そうとした。

「く、来んな! 呪文を続けろ!」

 創介が老人を何とか避けようとするも、しつこく老人はしがみつき更には創介の手に噛み付いてくる。ゾンビじゃないから感染などはしないだろうけれど、しかしまあ痛いし傍迷惑でしかないのだが。

「創介くん!」

 ミミューが叫ぶと、有沢にナンシーを預けて駆け出した。

「二人ともボーっとしてないで!」

 ミミューに言われて凛太郎と一真も慌てて駆け出したが、亀裂の傍にまで来ると結界のようなものが働いているのかこれ以上近づくなとばかりに透明な壁が出来ているようだった。それ進むことは当然許されず、ミミューはそのバリアをグーの形で何度か殴り飛ばした。

「このっ……」
「撃っても駄目か?」
「――で、でも万が一弾丸だけは貫通して創介君たちに命中、とかはないよね?」

 不安そうなミミューの声に、凛太郎も完全に否定してやる事が出来ない。凛太郎は舌打ちと共に落ちていた鈍器で力いっぱい殴りつけるが魔力的なものがそう簡単に破られるわけもない。

「クソッ!」

 そうこうしている間にも、創介と老人の姿がどんどん遠ざかってしまう。だが、ここで詠唱を止めるわけにもいかずにセラは振り切るようにしてその続きを詠んだ。

「……我が汝の強力な印を結ぶ世界へと、関門を抜けて入りたまえ!」

 屋敷そのものが震えて、まるで太陽そのものを思わせる強い光が一瞬辺りを包み込んで目を開けていられなくなった。一同が目を伏せ、それから再び目を開いた時には――再び静寂。同時に、夜が、長すぎる夜が明けていたのだった。

「……あ!?」

 ミミューがはっとして屋敷内の異変に気付いた。そこはもう、先程までのような混沌とした空間ではなく、只の古びた屋敷の地下室のようだ。ほとんど老廃し、廃墟と化しているかのような、年季の入った建物がそこに広がるだけである。

 異質な空気を放っていたはずのその部屋は、単なる古ぼけた忘れ去られた場所へと戻っているだけであった。

「世界が――戻った?」

 有沢が呟くと、あたりは本来の静けさを取り戻しているようであった。禍々しいいつぞやの気配はすっかり消え去り、邪気は完全に取り払われたようだ。だが――、

「創介……!」

 セラが叫んで駆け出したが、その姿は一向に見当たらない。やはりあの魔力に巻き込まれる形で彼は――セラが呆然と立ち尽くしていると、ミミュー達も何とも言えない顔つきで周囲を見渡し始めた。

「……セラ君」
「――僕のせいだ」
「違うよ、君はするべき事をしたんだ」

 どう言葉をかけてやるのが正解なのか分からず、ミミューは只セラの肩に手を置いたのであった。


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