前半戦


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16-1.門にして鍵



 老人がすかさず躍り出て、膝を折り、頭を低くしながらその球体関節人形に向かって祈りを捧げるようなポーズを取った。

「どうか……どうか怒りをお鎮め下さるよう……っ」

 懇願するように老人は言うのだが、こいつに話し合いなんかでの取引が通じるのか――? そこにいた誰しもが率直に思う疑問であった。

 で、一同の感じたその不安は的中したようだ。巨大球体関節人形はギギッ、と軋んでみせた後にその後ろ脚をすいと持ち上げた。例えは汚いが犬がションベンでもするみたいにして、持ち上げたのだ。何をするつもりかはすぐに想像がついた――その足先に、鋭い刃物状の仕込み刃が光っているのが見えたからだ。

 研ぎ澄まされ、曇り一つとして無い銀色の刃が不気味に光る。

「そんな……そんなぁあ!」

 すぐに悲痛な叫び声が上がるが、勿論その化け物は容赦しない。風を斬るような音に続けざま、柔らかい肉を裂くような音。老人の胸辺りに深く突き刺さっているのは化け物の後ろ脚であった。貫通した後ろ足が老人の背中から、服の線維を飛び散らせる。

 やがてその纏っていたローブに同じように黒い染みがじわっと広がって行く。

「だ……だずげで……」

 老人はゴボっと赤黒い血を口から吐き出しながら、目を白黒させてこちらへ手を伸ばした。化け物の身体に付着したその無数の顔が一斉に笑顔を浮かべるのが一層不気味である。

 化け物はぶんっとその後ろ脚を放り、老人の身体をまるでゴミでも吹き飛ばすみたいにして横手に放り投げた。

「うわわわ!?」

 創介が悲鳴を漏らしたのが分かった。

「こ……これがまさか邪神とか言う奴なの!?」

 凛太郎の声に反応したのはセラであった。

「違う……、こいつはシュブ=ニグラスではないだろう。その仲間か繋がりがあるかどうかは定かじゃないけど」

 すると、放り出された老人が残る息を漏らしながらその場で蠢いた。

「何故だ……何故、召還に失敗したんだ……必要な条件は全て取り揃えた――」

 老人が苦しげに言葉を紡ぎ、血を吐き出した。老人の身体は生身なのであろう、千切れかかったその身体と残る意識で化け物を見つめた。

「――言ったじゃないか、無理だって」

 セラがどこか哀れむようにして呟けば、老人がほとんど生気の失われた目で彼を見た。それでセラが少し前に歩き出せば、創介が慌てて止めに入った。

「なっ……あ、危ないってマジで!」

 創介の抑制も聞かずにセラは化け物に近づいたかと思うと、ネクロノミコンのページに目を落とした。
 読めなくはないのだが、どうにも発音が出来ない。セラは拙いながらにもそこに書かれた呪文を唱え始めた。

「外なる虚空の闇に住まいしものよ、今一度大地にあらわれる事を我は汝に願い奉る――時空の彼方にとどまりしものよ、我が嘆願を聞き入れ給え」
「あっ」

 その呪文が嘘偽りではない証拠に、セラの声に反応するように直下型の地震が起きた。

「せ、セラ君、そ、その胡散臭い呪文はナニ!?」
「――ネクロノミコンの力を借りて異界との扉を閉じる……もとい、次元を捻じ曲げる扉を新しく作り出す。そしてこいつらを送り込む!」

 化け物にその言葉が理解できているのかどうかは別として、セラが何をしようというのか本能で理解した、といった感じだろうか。化け物の身体がゆっくりと振り返り、ギシギシと奇妙な音を立てながらセラを見たのだった。

「まずい」

 はっとなったようにミミューがショットガンを構えた。化け物めがけて撃つと、その身体に張り付いた複数の顔たちへと散弾が命中したらしい。悪趣味な事にその顔が飛び散り(今までゾンビの頭をフッ飛ばしてきたが為に偉そうに責める事はできないけど)、膿のような汁がぶしゅっと吹き出したのが分かった。

 おまけにその汁は何か強酸のようなもので出来ているらしくその返り汁を浴びたメイド人形がドロドロと溶け出したのであった。

「ぎぇっ!!」
「――あの顔が防具代わりになっているのね……随分とまた趣味の悪い鎧だけど」

 撃った本人が一番驚いているようで、間抜けな声を出すミミューの隣でナンシーが冷静に分析を始めた。

「せ、セラ! 呪文の続きを……!
「っ……わ、分かってる! 焦るとトチるから急かさないでくれ」

 創介に急かされ、セラが慌てて続きへと目をやった。

「えっと……くそ、どこだ。細かい文章は途中で目を離すと一気に分からなくなるんだから……」
「焦らなくていいぞ、セラ。焦らなくていいけどなるべく急いで……」
「ああもう、うるさい!!」

 そうこうしている間にも、化け物の巨体がこちらを向いたのが分かった。

「ひぃッ。み、見てるよ! めっちゃ見てるよあれ〜!」

 情けなくうろたえる創介に代わり、有沢と雛木が前衛へと躍り出た。

「雛木、分かると思うがあの顔には触れるなよ……」
「はいはーい、知ってまーす」

 創介の言うとおり、急がなくてはなるまい――仲間達の時間稼ぎもどこまで持つか分からない。セラが再び呪文を唱え始めた。

「も……門にして道なるものよ、現れいでたまえ。汝の僕が呼びたれば!」

  次元の裂け目――ひいてはその空間が大きく歪む。




分かる人は分かりそうだけど
セラ君の呪文はヨグ=ソトースの召還です。
シュブ=ニグラスの旦那さんの神。
宇宙の次元にいる邪神で、
時空とか次元を行き来するこれまたチートな神様です。
この人が門を開ける役割を持っているとか。
本当の召還方法はもっと複雑で
呪文以外にも色々と手順・誓約ありきなんですが
ここでは省略。
でも実際にネクロノミコンに乗ってる
呪文という設定なのです。



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