前半戦


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14-1.極めて近く、限りなく遠い世界



 ただっ広い屋敷の中を駆け抜けるミミュー、ナンシー、有沢の三人だが一体どこから沸いてくるのか連中の追っ手は止まない。
 
「こ……こんな小さな村にどれだけの軍勢がいるんだよ。全く困ったもんだな」

 苦笑を浮かべるミミューの背後で有沢がポツリと呟いた。

「セラが心配だな――大丈夫なのか?」
「そう信じるしかないね」

 単身突っ走ったセラの事は気になるけど、それよりも先ずは自分達の身を守るのでせいいっぱいだ。ナンシーもほとんど余裕がないのか、元より少ない口数が更に減ってしまっている。女の子の体力でよくぞここまで突っ走ってきてくれたものだとつくづく思う。

「……っ、また来るわ! 本当にしつこい奴らね」

 四肢が欠けたくらいでは活動を停止しないらしく、ゾンビのような執念深さで起き上がる者もいた。

「神父様、ここは私が何とかするので弾の装填をお願いします!」
「そんなのは男の言うべき台詞だよ。ナンシーちゃん、ショットガンの弾の補充頼んだよ」

 そう言って傍にあった部屋にナンシーに入るように促した。室内を一瞥してから、ナンシーがはっとミミューを見つめ返した。

「け、けど……」
「何かあったらそこの窓から逃げるんだよ」

 自分達を置き去りにしてでも、という意味なのは理解した。ナンシーが預かったショットガンと弾を胸元で抱きしめながらハッと息を漏らした。

「おい、何か……」
「ん?」

 その違和感めいた変化を察したのは有沢のようだ。視覚とは別の直感が働きやすいのか、有沢はいち早くその異変に気付き刀を降ろした。
 ミミューがそれに連なるように周囲を見渡すと、その軍勢の勢いが弱まった、ような気がした――まずは手前にいた看護婦姿の女性が苦しみ始めると、顔中からだらだらと血を流し始めた。

「!? な、何だ……」

 看護婦は喉を引っかきながらその場にもんどり打つようにしながら倒れ、壁に向かって盛大に吐血した。酔っ払いのゲロ場面を目の当たりにしてしまったような心地になりつつも、いやはやそれより何十倍も切羽詰った状況である。
 続けざま、その後ろに並んでいた村人達も同じように苦しみ始めたかと思うとうめき声と共にその場に激しく嘔吐し始めた。たちまち酷い悪臭に包まれた周囲は、すぐさま地獄絵図と化したのであった。

「う、うわこりゃ酷いや。何が始まったんだ!?」
「……突然動きが鈍くなったと思ったら……」

 中には内臓まで大量の血と一緒に吐き出す者までいて、見ているだけでもう痛そう通り越して苦しくなってくる。

「何か――、何か大きな魔力が働いているように思える」
「魔力?」

 有沢の何気なく呟かれた一言に、ナンシーが眉根を潜めたのだった。

「直感的なものでしかないが、目に見えない力が作用している気がするんだ。俺達に影響はないが、こいつらにはどうも悪影響なのか」
「携帯の電波で駄目になる機械、みたいな感じ?」
「……まあそんなところかな」

 ミミューの例えに有沢が刀を鞘に納めつつ頷いた。人間らしくうめき声を上げて苦しむ連中と、謎の毒電波に侵食されて本当に壊れた機械のように停止してしまったオートマタ達を眺めていると有沢が続けざまはっとしたように顔を上げた。

「――今、何か聞こえなかったか」
「えっ?」
「人の声……みたいなものが」
「こいつらの声じゃあ?」

 二人には聞こえなかったのかミミューはぽかんとしたままだし、ナンシーはナンシーで村人達を視線で指した。

「いや、違う……けど確かに……」
「? 特に僕は何も――」
「――やはり……っ」

 どこか置いてけぼりな気持ちでいるミミューとナンシーを差し置いて、有沢は何か聞き耳を立てるように声をしばし潜めていた。やがて刀を傍らに携えると、有沢が踵を返した。

「あ、ちょ、有沢くん! 君までどこに行くんだい」
「こっちだ! ついてきてくれ」
「ええ!? わ、分かったけど何を根拠にして!」

 と、不思議になりつつもこれ以上戦力を分散させるのも良くないだろう。単身突っ走らせるのも危険だ、とミミューとナンシーはその後を慌てた様子で追いかけたのであった。


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