前半戦


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13-2.凶器完成



 フシューッ、と多少荒っぽい息を漏らす山羊マスク男は相当に怒っているんだろう、と分かった。怒りに身を任せて斧を振り落としたはいいが、雛木はそれを身軽にさっとかわして見せた。相当な重量はあるのであろうその斧を山羊男は難なく振り回しちゃいるが、それでもまるで羽一本のように……とはいかずに多少の隙は出来る。

 次の動作へ移る時間はそこそこ要するらしく、雛木は地面にめり込んだ斧を抜こうとしている山羊男の頭部を飛びつくようにして乱暴に掴んだ。それから引き寄せるようにしながら膝蹴りを食らわせた。間髪入れずに雛木は続けざま蹴りを連続して叩き込むと、そのマスク越しでも伝わるんであろう衝撃と振動に山羊男の脳みそが揺さぶられる。

 後退し、完全にその斧から手を離してしまった山羊男はふらついて後ずさったが、勿論それだけのダメージでやられるほどヤワな相手ではない。それは雛木も理解しているようで、雛木は機を逃さぬよう倒れている山羊男の腕を取り、蹴られた反動によってか垂れ下がる顔面めがけて縦の突きを浴びせたのだった。

「か、勝てるかもしれない……っ!」

 創介がその人外対人外の試合を遠巻きに見つつ呟けば、凛太郎がくわっと目を見開きながら叫んだのだった。

「つーか勝ってもらわなくちゃ困るっての! あんなクソデブ、俺らが三人で立ち向かっても勝ち目薄いぜ」

 しかもその三人うちの一人は、全く戦闘の意思がないときたもんだ。自分の状況が分かっているのかいないのか、一真は相変わらずボ〜っと何か違う事でも考えているかのようだった。少なくとも、自分の命の危険を心配しているようには全くもって見えない。

「……えぇえい、くっそー! そんな奴やっつけちまえよ〜、雛木〜!!」
「デブなんかどーせすぐガス欠になるって! だからスタミナ負けすんなよ、おい!!」

 とりあえず今の自分達にやれる事と言ったら応援くらいだろうか……何とも頼りない味方ですみませんといった思いでいっぱいなのだが。

 創介と凛太郎が身振り手振りを交え、ぎゃーすかぎゃーすかと離れた場所から叫び声を上げているのを例の老人とその娘・小夜は驚愕と呆れの入り混じった複雑そうな顔で見つめるのであった……。

「……こんな奴らに出し抜かれるとは……わたしも質が落ちたものだな」
「お父様――もし『黒い仔山羊』があの者にやられた場合は私が出ます」

 小夜の言葉に、老人が静かな表情で彼女を見つめ返した。小夜は人形らしくやはり無表情のままに、豪華な装飾の短剣を握り締めた。

「どうやらあの少年も人間ではありません、あなどっていると黒い仔山羊程の腕をもってしてもやられましょう。……お父様は儀式を遂行なさって下さい、何としてでも今宵中にシュブ=ニグラスの召還を成功させなくては――」
「……小夜……」

 短剣を掴むその手にぎゅっと力が篭るのが分かり、老人はもう一度小夜の真剣な眼差しを見つめた。

「オラオラいっけー、雛木ぃッッ! やれやれ、やっちまえぇえええ! ギッタンギッタンにしてやれぇえええ!」
「……?」

 半ばプロレス観戦でもしてるんじゃないか、というくらいにはしゃぐ凛太郎の隣で、創介がふと何かに気付いたようだ――何だろう……? 何か、声が聞こえたような。ここにいる人間のものとは違う、消え入りそうな程の声のようであったが……。
 それは耳に飛び込んできたもの、と呼ぶよりは脳内に、ひいては精神に直接飛び込んできたようなものだった。たまたま電波を受信したラジオのような感じに近いと思ったのだが。

「……?」

 そしてそれは、何かひどく聞き覚えのある声のように思えるのは何故なんであろう。自分を呼ぶような、いや、ハッキリと聞こえたわけじゃないしそれはもしかしたら自分以外の誰かを呼んだのかもしれないけど。

――けど、確かに聞こえたものは聞こえたんだが……

「あ、ああ〜っ!?」

 きょろきょろとその異変の正体を突き止めるべく周囲を見渡す創介であったが、凛太郎の素っ頓狂な声ではっと呼び戻されたよう振り返った。
 何だとばかりに慌てて凛太郎の視線を追うと、そこには山羊男――黒い仔山羊、というのが彼の正式名称らしいが……個人名なのか複数の団体を指しての総称なのかまではちょっと判別がつかないのだけど――あと、彼はどう見ても『仔』山羊という見た目をしていない気がするんだが、まあともかく。

 その黒い仔山羊の振るった斧による一撃が、今まさに、雛木の腹へと叩き込まれようとしていた。

 一連の動作が恐ろしくスローモーションに映って見え、思わず何か逃げろ! とか避けろ! とかそういう類の言葉を叫びそうになったが、それよりも早く斧は雛木の脇腹へと突撃したのであった。

「あああああああっ!?」

 その代わりにとばかりに腹の底から出てきたのは、何かわけの分からない意味をなさぬ絶叫だけなんであった。それで、無意味にも創介は届くはずの無いその距離から手を伸ばしていた。
 雛木の、とにかく華奢な身体があっという間に吹っ飛ばされてしまった。
 背後にあった邪神の描かれた、その禍々しいデザインのステンドグラスを容赦なく突き破り、ガラス片を花吹雪のように派手に散らしながら雛木の姿はその向こうにもうすっかり消えてしまったのだった。

「……う、うっそだろオイ……」

 凛太郎のその言葉が丸々自分の気持ちを代弁していて、創介はとにかくそれ以上何も言わなかった。むしろ、絶句するより他なくなってしまった。

 フー、フー、と鼻息を荒くしながら黒い仔山羊はゆっくりと振り返って、こちらを見たのだった。……まずい。よりにもよって気が立っている、それも今がピークなんではないのだろうか?

「げげっ!?」
「あ……あわわわ、やっべぇよ……」

 創介と凛太郎が男二人情けなくも抱き合う形となり、それからズルズルと後ずさった。瞬間、老人の勝ち誇ったような笑い声と共に拍手が起こった。

「わははははは、はっ、は……。いやいやこいつは傑作だっ! あの小僧の正体は知らぬが、所詮はその程度――やはり神が味方する我々の領域には到底及ばなかったというわけだ……。素晴らしい、全く以って素晴らしい!……よし、可愛い人形どもよ。あそこで哀れに震える奴らを捕まえろ。いいか、殺すんじゃあないぞ。なるべく傷はつけない状態で……」

 言いかけたのを遮るようにして、その指示に動き出そうとしたメイド人形が一体派手にガーーーンッと勢い良く吹っ飛ばされたのが分かった。すっぽ抜けたメイドの首が、ボールのように空中回転しながら老人のすぐ眼前を、風切り音と共に横切っていく。

「……な……」

 頭部をなくしたメイド人形がギィー、と機械音を立てながら不自然な動作を繰り返した後に完全に停止してしまった。それからボディがどっ、と倒れて、血の出ない代わりに大量のオイルと、何か発光する謎の酸のような液体をがドボドボとあふれ出してくる。

 老人が何事かと振り返ると、黒い仔山羊はその身の丈程の大斧をめちゃくちゃに振り乱し暴走しているようであった。

「な……何をしているんだ、貴様ッ! おい、お前ら! この馬鹿を止めろ!」

 頭に血が昇り過ぎるあまりなのか、黒い仔山羊にはもう敵も味方も区別がついていないのかもしれない。創介たちを生け捕りにするという目的を聞き入れずに、もう目の前にやってくる邪魔者達をただただ排除するのみの動きをしているようだ。

 ガシャンガシャンと武器を持って走ってくるメイド達を叫び声と共に力任せに振るった斧で薙ぎ払い、黒い仔山羊は完全なるバーサーカーとして目覚めてしまったようでとにかく周囲に目に付くものを蹴散らしまくっている。

 たちまち戦場は乱戦状態と化し、同士討ちどころか黒い仔山羊の無双も無双、完璧な土壇場である。

「がっ、頑張れェ山羊男っ! 何か上手い事いい感じにやってくれよーーーー!!」
「よっしゃあ、ついでにそのジジイもしとめちまえっ!」
「……でもさあ、最終的に僕達の方に来るんだよね。結局はさ」

 結果そっちのけで盛り上がる創介と凛太郎だったが、それまでぼーっと戦況を見守っていた一真の一言によりハッと目が覚めるのであった。




ひっ、雛木さんがぁああああああ!!!!!



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