前半戦


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11-3.宇宙からの色



 セラは立ち上がると再びその室内を見渡した。

「薄暗くて――何ていうかとても臭い」
『臭い?』
「薬品っぽいっていうのかな……アンモニアとかアルコールとか灯油とか、そんな感じの匂いがしてる」
『……部屋の中には何があるかな?』

 セラが足元のガラスを踏みしめながら、散らかったその室内を歩き回った。中にはわけの分からない資料の山、大量のゴミ袋、散らばったノートの紙切れなどが乱雑に広がっている。

「分からない。何か実験室だったのかもね……実は暗くてよく見えないんだけど……うわぁ!?」
『ど、どうした!?』
「……あ、な、何だ。びっくりした。剥製が置かれてたんだよ、狼かな――銀色の毛並みの……」
『……狼の剥製? もしかしてそれは……』

 そこでロジャーが息を呑んだように戦慄するのが分かった。セラがスマホを持ち直しつつ、聞き返した。

「それがどうかしたの?」
『――いや、何でもないよ……』

 それからしばし間があって、ロジャーは改まったように話し始めた。

『ねぇ、セラ。さっきから質問ばかりでごめん』
「?」
『必要ごと以上は話さなくていいから。はい、か、いいえ、で答えてくれるかな』
「……うん?」

 いやにかしこまって何だ急に、とセラが肩を竦めた。

『君は――、君は第七地区を目指しているんだね』

 その言葉にセラがはっきりと息を詰まらせたが、ロジャーは変わらずその調子のままに言葉を続けた。

『警戒するのも分かる、でも俺はしょせん違う世界の人間だ。……いや、そっちの世界にはそっちの世界の俺がいるんだけど、それは全くの別人だと思うから』
「――何故それが分かる? お前……本当は何者なんだ」
『俺は単なるオカルトマニアだよ、そんな大それた人間ではないし――やっぱりそうなんだね。……ごめん。不思議だったんだ、この電話――つまり異世界からの電波を妨害もなく受け取れたのは、それはきっと君だったからだと思う』
「……」
『君はきっと、特別だ』

 ロジャーの声は極めて静かなもので、それは責めているものでもこちらの意図を無理やりに聞きだそうとしているようなものでは決して無い。

『だから』

 不意に言葉を切って、ロジャーは一つ息継ぎをする。

『お願いがある。きっと――君にならこの世界も、いいや、宇宙も全て。何度も繰り返すこの因果律を断ち切れるかもしれない』

 ほとんど独り言のようにも聞こえるその声に、セラはもう何の反論も言えない気持ちになっていた。

『セラ』
「……」
『――その剥製、今も傍にあるね?』
「ああ……」

 いつしかスマホを汗が滲むくらいに強く握り締めて、セラはその狼の剥製を見た。

『口の中を見て欲しい。……俺の立てた予想が正しければ、その中にあるものが置いてあるから。これからの君に、きっと必要なものだと思う』
「……?」

 言われたとおりにセラは狼の口の中、そっと手を入れてみた。鋭利な牙が覗くその口におずおずと小さな手を滑り込ませ、中をまさぐった。そう奥までは行かずして、何かに指先が触れた。

 触れた瞬間、何か物凄く嫌な感じがした。

 それは触覚による嫌悪感ではなく、異物そのものから発される何かがセラにとっては嫌悪の対象だった。それは多分、紙切れか何かだろう――セラがその小さな異物の端をつまんで、片手で何とか引っ張り出したのであった。セラは取り出すのと同時にほとんど絶句していた。

 禍々しい瘴気は、はっきりとこちらに伝わってきた。触れているだけでこちらの精神に干渉してくるかのような、強大な魔力があった。

「……これ、は……?」

 それは初めて目にするものであったにも関わらずに、セラはすぐにその正体が分かった。ネクロノミコン――別名、死霊秘法。禁じられた魔道の書。そしてそれは人の手が届いてはいけないもの。

 入っていたのはその一ページだけであろうものだが、邪悪なるオーラはそれだけでも十分だった。そう、一年前の事件も、今の外の事件も、全てはこのネクロノミコンの悪用によるものだったとされている。

『ネクロノミコンのページだ、単なる切れ端に過ぎないかもしれないが』
「何故……何故、こんなものが!?」
『俺にとっては貴重な実験サンプル、なんだけどね。それでもきっと十分すぎる効力を持っていると思うよ』

 セラはしばしその切れ端に見入られたようになっていたが、慌ててそれを伏せて床に一度置いた。

「ロジャー、でもこんなもの……」
『先に話していた、友人達はネクロノミコンを回収しようとしていたんだ。それでその世界へと向かった筈だった――危険な賭けだったよ、彼らも勿論覚悟の上で向かったわけだけど……』

 何かに呼ばれている気になって、セラはその切れ端を拾い上げた。よほど強力な呪力を孕んでいるんであろう事は、手にしているだけで伝わってきた。それもこれも、この異世界と繋がるという場所の魔力が影響しているのかもしれないが。

 セラはそれをポケットに一度、しまいこんだ。

「ロジャー」
『?』
「――分かった。僕が……僕が、彼らを助けてみせる。第七地区へ向かって、全てを見てくるよ。この目で、必ず見届けるから」
『……ああ』

 決意を固めたようにセラが立ち上がった瞬間だった。ふと覚える違和感に、セラは周囲を見渡した。……薄暗いその部屋から、益々のように光が失われていく気がしたからだ。

「……」

 その場に居たわけではないが、ロジャーも何かを感じ取ったらしい。

『セラ』
「……うん。何か様子が変だね」
『セラ、実はその場所なんだけど――多分、俺が今いる部屋とリンクしている。その狼の剥製も、今俺の目の前にあるんだ』
「あ……だから、それを利用してこれの受け渡しを?」

 そうだ、とロジャーが同調するように答えた。



なんということでしょう(劇的ビフォアアフター)



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