▼ 06-3.敗者、完全復活戦
「な、何!?」
突如響き渡った警報に真っ先に声を上げたのはまりあだった。
「武装したテロリスト……、って」
「まさか……俺達の事、か?」
戦慄したようミツヒロがごくん、と固唾を飲んで傍らの銃に手を伸ばした。
「ええっ、もうバレちゃったの!?」
「いえ」
ルーシーが静かにそう言って首を振る。
「僕達では無いでしょう。……多分、まりあちゃんのお兄さんの事では」
冷静にルーシーは言ってのけたがそれが事実ならまりあにとっては冷静ではいられない言葉だろう。
「……何だって。じゃあ俺達、加勢にでも」
ミツヒロが立ち上がり駆け出すのをルーシーは足で引っ掛けて転ばせた。ミツヒロが前のめりに転びかけるがすんでのところでテーブルに手をついて事なきを得た。
「てめっ」
「指示があるまでは待機。僕らの仕事じゃあーない」
「けど! こ、こいつの兄なんだろッ!?」
ミツヒロは立ち上がりざまルーシーの胸倉を掴んだ。
「……だから?」
「だから、って! てめえ、仲間の家族だぞ! そんなの……」
ミツヒロは今にも殴りかかりそうな勢いであるが、それでもルーシーはたじろがないし、表情一つとして変えない。半ば冷酷ともとれる、そんな佇まいだった。
「それにコイツの兄がここで捕まったり死んだりしたら、あの坊やの考えたシナリオも型崩れじゃねえかよ」
「それはその時でしょう。僕らの仕事も終わり、っていう事です。……ばれないうちに早々に退散するしかありませんね」
「……お、お前って野郎はァア……!」
握りしめた拳が飛び出しかけるのを止めに入るのはフジナミだった。
「けんか駄目! だーめだよぅー。いくない、いくない」
「うう、うるせぇ! おい、テメエも黙ってねえで何とか言えよ……!」
ミツヒロが振り返り、まりあへと叫んだ。まりあは少々ばかり動揺しているようだったがすぐに戦いの時に見せる、冷淡とも取れる仕事の顔に戻った。唇を引き結んで、彼女は言う。
「――わ、私は隊長の指示に従うわ」
「な……! てめえ、正気かよ。自分の兄見殺しにするってのか!? 馬鹿言うな、お前いつもあんなに兄ちゃんの事……わ、分かってるのか!?」
「分かってないのはアンタの方でしょ!」
振り切るよう、まりあが一歩前に出て言い返す。気の強そうなその返事にミツヒロが少し身じろぎする。
「この世界に足を踏み入れた時から、覚悟はもう決めてたの。……兄上が、私がそんな冷酷な世界に染まるのを恐れて私との関わりを拒絶しようとしたように……、これは生半可な感情で左右されちゃいけないこういう場所なんだって事、知ってたから」
「……」
「私情なんて持ちこんだら命取りだって、そんなの基本中の基本のルールじゃない? たとえそれが家族であっても、仕事の邪魔立てするようであれば私は冷酷になるし、武器を向けて来るというのなら容赦だってしないつもりよ」
何か痛みでも堪えるような感じで、まりあがぎゅっと両目を瞑った。
「――……」
「これで分かったでしょう、ミツヒロくん。君だってこんな世界だって知って、僕の元へやってきたんでしょう?」
「……ああ」
「他に異論は?」
ミツヒロは、その昔――いや、そう遠くはない。ルーシーに導かれるよう、ここへ入団した時の事をぼんやりと思い浮かべていた。ルーシーは、こんな風に言っていた。
冷酷であれ、と。自分にも他人にも、そして家族にも――他人の命なんざゴミだと思わなくちゃ、生き残るのは難しい。そんな世界のシステムに慣れていかなくちゃいけない。
「無い。すまん、ちょっとばかり俺にも良心ってのが残ってたみたいだ」
ミツヒロが謝罪のつもりか、片手を軽く掲げた。
「……アンタさ、甘いのよね。まだまだヒヨッコなのね」
まりあが冷たく見据えるような目つきでそう言った。
「なっ……」
「そんな情に揺るがされる様じゃ、アンタはいつかあっさり死んじゃうんだよ。その隙に踏み込まれてね?」
「ちっ……、分かってるよそんな事――」
「けど」
そこですうっとまりあが息を吐いた。心なしか、まりあの張り詰めていた顔が少しだけ緩んだ。
「……ありがと。ちょっとだけど嬉しかった」
「……」
今度は見間違いでも何でもなく。まりあの顔が、悪意の欠片なんて一つとして見えないくらいに優しく綻んだ。彼女本来の、可憐な笑顔だった。初めて見る顔だったかもしれない、年相応の少女らしい飾り気の無い笑顔にミツヒロはしばし呆然と魅入ってしまった。
「シシシ。ミツヒロくん、顔、真っ赤っかね。ししし」
「脳天ぶち抜くぞ」
そんなやり取りを見守っていたルーシーだったが……何を思い立ったのか、突然拍手をして立ちあがった。
「まりあちゃん。よく言いました、君こそもうプロ中のプロ! 若くして、その鍛え抜かれた精神。素晴らしいね、僕は感動したよ! 感動して涙がちょちょ切れそうだよ!!」
わざとらしいくらいの拍手の後に、ルーシーはまりあの肩に手をそっと乗せると突然武器を手にした。
「お、おいルーシー?」
ミツヒロが不審げに眉根を下げて問い掛けるとルーシーはくるん、と突然振り返り叫んだ。
「ああっと、ミツヒロ君はマイナス十ポイントだね。土壇場で非情になりきれないのは低く評価しますからね、僕は」
「そ、それはすいませんね――じゃなくて! お前、何を」
「? 決まってるじゃないか、まりあちゃんのお兄様を助けに行く準備」
「は!? てめえ今散々俺に説教タレたくせに」
「隊長……」
一番に驚いているのは当然といえば当然であるまりあだった。目を丸くさせて、ルーシーを見つめ返した。
「お兄さんを思う気持ちは僕とて同じだ。さ、まりあちゃんも戦える準備はいいでしょうか」
「は……はい! 隊長の指示とあらば、どこへでも!」
「フジナミくんは……まあいつもの如くですね」
「アイヨー」
「なっ、なっ、な! テメーそうやっていっつもいっつも俺にばっかり意地悪して、そんなに俺の事からかいたいのかよ! この性悪野郎!」
ルーシーは聞いていないのかミツヒロの叫びを無視して着々とその準備を進めている。
「本当なら枠外の仕事はお金取るんですけど身内待遇という事でタダにして……」
言いかけた矢先、部屋の扉が開いた。
見れば、さっき出て行った筈のノラであった。扉に手をかけながら顔を覗かせて、ノラは息切れしつつも何とか言葉を発した。
「余計な事はしなくていい。君達は待機続行してくれ」
ノラがそれだけ言うと一度扉を閉めた。が、再びその扉が開いた。
「大丈夫、俺が責任もって絶対に何とかする」
今度はまりあに向かって言っているらしい。そう告げた後まりあに向かってノラはどこで手に入れたものか一輪の花を投げる。受け取ったまりあがポカンとしながらノラを見つめ返す。ノラはお得意の星でも出てきそうなウインクにおまけのピースサインを付けて、扉を閉めた。
「素敵なお花……」
まりあが投げられた花を見つめて呟く。
「おっと……僕達、出番無しというわけのようですね」
ルーシーが残念そうに呟いた。只花を投げただけなのに効果は絶大らしい。まりあは少々うっとりとした様子でその花を見つめている。その様子にミツヒロは聞こえるようにわざと舌打ちをくれてやるのだが気付いてはもらえなかった。
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