▼ 06-1.敗者、完全復活戦
「早速お出ましだぜーーーーっ!」
もう何かに吹っ切れたんだろうか。石丸のテンションの高い叫び声と共に鉄パイプを持って特攻隊長よろしくゾンビの群れに突進していく。
酒の席なんかでもそうだが一度ゲロを吐いて吹っ切れてしまった人間の勢いというのは、かくも恐ろしい。今の石丸なんかがまさにそれに当たる……。
「おめーら! 揃いも揃って! 死体の癖に! はしゃぎまわってんじゃねえよ! オラァア、とっとと眠りやがれ!……慣れたもんだぜコンチキショー!!」
半ばヤケクソともとれる石丸の暴れ方は少々危なっかしい。だが他人の心配をしている場合では無い、ミイもミイで先の戦いにて血で滑った刀を構えている。
「み、ミイ、俺も……」
「いい。ユウはヤブと安全な場所にいろ」
「けどっ!」
「加勢してもいいがきちんと正確に頭狙って撃てるって自信あるか、お前?」
「……そ、それは」
「自信無いなら隠れていてくれ。……間違って誰かを撃つのも嫌なんだよ」
「う……」
確かに今まで逃げて人任せにしていたせいで、自分は結局ここまでの道のり、一度も引き金を引かずにやってきた。ミイは自分を誤射する事を恐れたが、ユウにとってはむしろその逆で、自分が間違えて仲間を撃ってしまう可能性の方が……考えてぞっとした。
厳しいけれどミイの言う通りかもしれない――ユウはやや悲しそうに視線を伏せた。伸ばしかけた手を引っ込めて、ユウは唇を噛んだ。
「……すまん。けど、俺はユウを……、今度こそ、守りたい。絶対に」
今度こそ、の言葉の中にミイの無情さも含まれているようでひどく突き刺さった。きっとミイはそうやって、一生背負っていく気なのだ。自分のせいだ、と言って。そんなの辛すぎるし、ミイのせいじゃないと卒なく言えたら良かったのに――ユウは色々とかけてやりたい言葉もあったのに結局止めてしまった。
「ちょっとの間ヤブを頼む!」
言いながらミイはすぐに石丸の方へと加勢しに駆け出してしまった。引き止める余地も与えられずに、ユウはその背中を見守った。
「ユウくん……僕、もっと体力つけておけばよかったよ」
悔しそうにヤブが横で呟いた。ユウがヤブの手を取るとしゃがむように促した。
「だったら、今からでも遅くないぞ。生き残って、一緒に筋トレでもしようぜ! そうすれば問題無いだろ?」
笑いながら言ってユウは扱えるのかどうかさえあやふやな、一丁の銃を手にした。正直、撃ち方だって曖昧だ。ドラマや映画で見た限りの使い方しか出来ない。ヤブの手を握り締めると、ユウは少し離れて戦う皆の姿を見た。
「ぬぁああ! アホンダラがぁあ! あ゛〜□☆@!?」
石丸の、意味不明な言語が交戦の音に混ざって聞こえてくる。石丸は背後から襲いかかってくるまた別のゾンビの腹を蹴り飛ばして転倒させるとその頭部めがけてほとんど曲がりかかった鉄パイプを振り下ろした。
曲がってしまった鉄パイプを遠くのゾンビに投げつけておいてから、石丸は背中にしょっていたサブウエポンの金属バット(そして無駄に二刀流ときたもんだ。はっきり言って姿だけ切り取れば馬鹿みたいだ)に持ち替えた。……その一連の動作といい随分とサマになっているというか、何と言うか手慣れたもんだという事か。
ミイも負けてはいないようで、剣道部のエースの名に恥じない太刀を浴びせながらミイは全てのゾンビを華麗に薙いで行く。相変わらずその顔はひどく苦しそうで、躊躇があるのがここからでもよく分かるが。
二人の活躍が功を奏して、辺りからゾンビ達の気配がたち消える。二人の周りには少しばかりの空薬莢と、大量のゾンビの身体やその一部が転がっている。その下におびただしい量の血液で出来た水たまりがぽつぽつと出来ていた。
「……っぶはぁ!」
石丸が構えていた金属バットをその場に降ろした。血だまりの中にバットが伏せられて、ばしゃんと跳ねた。石丸はぜえぜえと荒く息を吐きながら、無事にひと仕事終えた事を知りブルブルと武者震いしているようだ。ミイもミイで顔に付着した血飛沫を制服の袖で拭って、自分が生き残った事を噛み締めているのだろうか。
「――おつかれさん」
「おう……」
短くそれだけ交わし合ってから二人はその姿勢からハイタッチを決めた。
「ミイ! 石丸!」
ヤブの手を引きながらユウが低姿勢のままの小走りで駆け寄ってくる。
「良かった! ミイ、怪我は平気? 痛くないの?」
「ああ……」
ミイが小さく頷くとユウともハイタッチを交わした。
「何だよ俺達、本気出せば出来るじゃねえか……」
「……あんま調子にのってると足元掬われるぜ、石丸。今回のはたまたま相手が弱かっただけかもしれないし、足場というかこの場所も良かったんだよ。次もこうなるとは決まっちゃいないんだ」
ミイは制服の腹の部分で手に付着した血液を拭っている。
「ちぇっ、分かってらぁー」
そう言って石丸は子どもみたいに唇をとんがらせた。
「けどよ、俺達けっこういいセン行きそうだよな。あの転校生連れ戻したら無敵のチームが組めるんじゃねえか?」
「……石丸くんったらそんなこと言ってばっかり……」
ヤブが呆れたように言う。
「だってよ、何か勿体ないじゃん! 世界が平和になっても悪は尽きないぜ。俺達ヒーローとして活動するのもありなんじゃないか?」
「嫌なこった。俺だけじゃなくあの転校生だって同じ事言うと思うぜ」
ミイが乱れた髪の毛を手櫛でさっさとまとめながら呟いた。
「えー!? 案外そういう事には食いつくかもしれないじゃん。な、ユウ」
「ええ……俺は怖いからいいよ。普段通りの生活出来たらそれでいいし……」
「かー! ロマンのねえ奴らばっかりだ。ヤブ、お前は行くよな」
「――やだよ、父さんにバレでもしたらニュース沙汰になっちゃうかもしんない」
皆のつれない返答に石丸は頭を掻き毟る。ユウがそんなやり取りに少しばかり顔を綻ばせた瞬間、女性の悲鳴がすぐ傍で響いた。その声が聞き間違いでは無い証拠に皆が顔を見合わせた。
「……今の声、すぐ近くでしたよね?」
ユウが問い掛けると皆目を合わせて頷いた。
「だが、寄り道してる暇なんか無いぜ……」
石丸が苦笑混じりに言い終えるより早く駆け出したのは勿論ミイだった。
「あ、こらミイ! ちきしょうまたこのパターンかよ〜〜っ!」
石丸が地団太を踏む。
「ぶつくさ言ってないでおっかけるよ!」
ヤブが石丸の腰辺りをバシンと叩いた。
「分かってるよ! ったくお前は最近俺に冷たくねえか? 俺達こんなはずじゃ無かっただろ? やり直せるよ、まだ!」
「ちょ、なっ、何変な疑惑持たせるような発言してるのさ! よしてよね、気持ちの悪いッ!」
声がしたのは横断歩道を挟んですぐ横手に見える路地の辺りだ。ほとんど崩壊しているがこの辺りは確か、小学校があった。まだちゃんと形としてあるなら避難所にでもなっているのだろう。ならばそこには多くの人々が避難している。
ミイはそれをすぐに察知したんだろう、見過ごせなかったに違いない。ユウはミイの背中を見つめながらミイが今考えている事が手に取るように分かって、それが嬉しいのかそれとも辛いだけなのか、今の自分にはよく分からなかった。
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