ナイトメア・シティ | ナノ


▼  01-1.悪夢が街にやってくる

「なあヤブ……」
「何? 石丸くん。僕今手が離せないんだ、そこんとこ気遣ってね」

 ヤブは顔も上げずに夢中でノートにペンを走らせている。

「二か月前に別れた女の話なんだけど」
「はあ」
「そいつがまた、そりゃ〜〜もうえっれぇー巨乳でさぁ……」

 ああ、まーたこの話か……とヤブは察しが付く。もう何回、何十回と聞かされた話なのですこぶる適当な相槌で返しておいてから、ヤブは折れたシャーペンの芯を手で払った。

「G……、いやHはあったんじゃないかな。ホルスタインじゃねえかってくらいデカいんだよ。こう、ブラジャーからこぼれんばかりにハミでた乳がまた……」

 身振り手振りを交えながら石丸は至って真剣そのものに、その別れた彼女の事とやらに思いを馳せているようであった。

「まぁ全体の線は確かにポッチャリとはしてんだけどな、それがまたすげぇエロくてさ。本人はやたら自分をデブだブタだと卑下するんだけど男から見れば全然なわけで……おい、聞いてるのかよヤブ」
「はいはい。聞いてますよーと」
「でさぁヤブ、世の女は全体に細すぎる棒みたいなのが多すぎると思うんだ俺は。お前、ダイエットの危険性について医学的な視点から切り込んだレポートを作って発表とかした方がいいぜ。そんな馬鹿げた事やめろつってさ、世界中の女を救えるぜ」

 無駄に熱くなりつつある石丸を遮るようにヤブが声を挟む。

「ねえねえ石丸くん、彼女についてはどう思う?」

 ヤブが指差すのは中肉中背、ごくごく平均的な体型の女子生徒。

「可哀想に、ありゃ病気だなぁ……いいもの食って無いのか? あんなに細っこい手足で」
「……じゃ、その横にいる彼女は」

 隣にいるのはどちらかと言えばふくよかめな、まあちょっとばかりぽっちゃり系の可愛らしい女子生徒。

「まぁ、あれが一般的な普通の女子だよな?」
「ふうん。……じゃああちらの女性は」

 そして今度は、女子にしてはかなり大柄な体格の女子生徒に。

「……最高じゃないか」

 石丸は目を輝かせながら廊下を歩いて行く女子生徒を視線で追った。ヤブはやれやれ、というような表情で呆れたようにため息を吐いた。
 そんな、いつものように他愛のないやり取りをしていた矢先。突如として、教室内に校内放送が響き渡る。あまりにも唐突なものだったので一同の視線は一気に声のする方へと注がれた。石丸達とて例外では無い。ノイズまじりの放送は初めは何を言っているのか聞きとれなかった。

「? 何だ、放送部の奴ら遊んでんのかな」
「さぁー……」

 まぁいつものミスでうっかり流れちゃっただけだろ、なんていう結論で片付けようとした矢先にまさかの悲鳴が轟いた。それも、かなりガチめの。

「んぎゃあああああっ! 痛い! 痛いっ!! イデェエエエッ」

 空気を劈く様な本気と書いてマジと読む悲鳴に、こりゃただ事ではないと皆息を呑む。

「……何だ? 何か事故でも起きたのか」

 誰かが、まだどこか他人事のようにそう言った。

「み、耳が! 俺の耳がぁ、畜生ぅう〜!……み、みんな聞いてくれ、俺は今信じられない事に体育教師の須田にあろうことか耳を! 耳たぶを甘噛みされたかと思いきや何と食いちぎられた! これは体罰の罪で訴えてもいいだろう! ぎゃあああ、んぐんぐ、お、おべぇ」

 ガタガタ、と何か争っているような騒音が次いで混ざったのが分かった。皆は当然のように顔を見合わせた。

「ドッキリか何かか、これ?」

 だとするならば、随分真に迫った演技力だ……魂のこもった迫真の台詞回しに、皆手をとめてボーゼンとその放送に聞き入ってしまった。この放送部員、今すぐ演劇部に行った方がいいに違いない。

「み、みんなコレは真実なんだよ! やらせでもドッキリでもないんだよォ! スナッフとかグレートハンティングとかブレアウィッチの真似してるんじゃないぞ、ホントに須田が……須田がぁあっ……グボッ、み、みんな嘘だと思うならテレビを……」

 そこまで言い残すようにして、放送がブツンと突然のように途切れた。

「……ダースー(須田)、前々からその気はあると思ったがガチでホモだったんか」

 石丸が実に呑気にそう言うものの、周囲は至って穏やかでは無い。一人が席を立ち上がると恐る恐るテレビのスイッチを入れた。テレビ画面には誰もいない放送室が映し出されている――何だ、やっぱりヤラセだったのか? と口々に噂し始める者もいた。

 それならそうで一安心なのだが、と生徒がテレビを消そうとしたまさにその瞬間にそれは起こった。カメラの前にふらふらとやってくるのは千鳥足の男子生徒だ。生徒は今にも倒れそうな程、ふらふらふらふらと不安定な様子を見せる。その足取りといったらまるで酔っ払いのようだ。これで全部嘘でした、なんて言おうものならある意味拍手喝采、人によっては怒り心頭だろう。何のつもりかはよく分からないが、まあ楽しかったぜ……誰もがそんなような事を言う準備をしていた――筈だった。

「ア……アグクウ〜」

 顔を上げた男子生徒は尋常でないいくらい青ざめてにぶるぶると震えている。ほとんど白目を剥きながら男子生徒が絶叫した。血管の浮いた喉を出鱈目に掻き毟りながら、口の両端からは大量の泡をブクブクと吹き出している。

「グボッグエッ、ギイー!」

 人語とは言い難い叫び声を残して、カメラが倒れるのが分かった。途端、テレビにノイズが混ざる、画面が暗転する――テレビ画面には真っ黒の画面だけが広がっていた……終了。

「ぎゃははははっ! 何だ今の! マジうける〜〜!」

 このクラスでは石丸だけがテレビ画面を指差してげらげら爆笑している。それ以外は――皆、ドン引きして静まり返っていた。

「い、石丸くん、これきっと冗談じゃないよ……わ、笑ってる場合じゃ無いよ……」

 ヤブは自分でもこの状況が何なのか把握しきれないらしく、もうすっかりと混乱しきっているのが表情から読みとれる。

「はーっ、笑った。何ビビってんだよヤブ、どうせ放送部の連中の冗談だよ。ほら、文化祭近いからその前振りとかじゃねえの? あー、涙出てきた」
「ぶ、文化祭かぁ……え、そ、そうかなぁ?」

 石丸が言うと何だかそんなムチャクチャな言い分にも納得しそうになるから不思議だ……にわかに騒いでいたクラス内も石丸の態度にすっかり緩和されてしまったらしい。うんうん、そーだよね、と頷き合う姿まで見られ始めた。

「何だよ。ビビらせやがって……たく、くだらねえ事してねえで次の授業始まるから移動しようぜ」

 出入り口に一番近い男子生徒が立ち上がった。それに連なるようにみんなぞろぞろと動き始める。一番初めに立ち上がったその男子生徒の身体が、不意に何かに引っ張られるようにガクン、と見えない何かに引き摺られていった。かと思うと、即座にガラスの割れる音がたちまちに響いた。

 クラスのみんなは、そこでやっと彼の異変に気付いたようであった。何が起こったのかと扉を見れば血の痕と飛び散ったガラス片だけを残し、彼の姿は教室には見当たらなかった。ようやく何が起きたのかを理解するまでに約十秒はかかった。彼の悲鳴によって現実へと引き戻される、この時男子生徒は廊下にいた。擦りガラスの向こう側、つまり廊下側にいる何者かから彼は無理やりに外へと引っ張りだされたらしいのだ。

 彼の悲鳴に、傍にいた友人二人が急いで引き戸を開いた。

「うおっ!?」

 そしてそれから、その友人二人も同じように廊下側から伸ばされた腕に引っ張られるようにして消えていった。すぐさま女子生徒の悲鳴が轟く。

 ドッキリ? これもドッキリの仕掛けの一部だっていうのか? えぇ、放送部さんよ。

「……。おい、こんなのやりすぎだろ放送部――」

 これには流石の石丸もいよいよ笑えなくなってきたのかその笑顔が引き攣りつつある……願わくば、今しがた異変に巻き込まれた生徒達も仕掛け人であって欲しい。そう言ってくれたのなら、笑って全て許してやろうじゃないか。

「これは夢……悪い夢、なんだよね?」

 同じく引き攣り笑いのヤブが石丸に問いかける。石丸は乾いた笑い声を洩らすばかりで何も答えない……否、答えられない。何か……とんでもない何かが、今、この学校で起きている。




全く怖くないと言われてた
ブレアウィッチだけど私は中々怖かったんだよな。
あれ以来、ハンディカメラで撮影された
いわゆるPOV方式のホラー映画が
どさっと増えたわけだけど、
今ひとつ好きじゃなかった私。
カメラワークに酔う、ってのも勿論なんだが
カメラマン(=主人公)に既に
好感が持てなくて入り込めないのだよね。
だって人がゾンビに襲われてんのに
呑気に撮影優先してるヤローなんか
どう考えても好きになんかなれっこないじゃない。

そんなふうに考えていた時期が俺にもありました


prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -