ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 10-4.死ぬのはボクらだ!?


 何とか元いた場所へと慌てて引き返していこうとするのだが、ユウはもう一気に脱力してしまったらしく膝が完全に笑っている。ふらつくユウに肩を貸してやりながら石丸が歩いて行く。

「……ユウ、ありがとな。お前のお陰で命拾いしたよ。いや、マジ」
「そ、そんな大それた事したわけじゃないって……」

 今だ接戦は繰り広げられており、血生臭い匂いと火薬の匂いがぷんぷんとしていてしかもそれに自分達が順応しているのに気がついた。……が、ユウは強烈な視線、というかそれはもはや殺意のような、悪意に満ちた視線を感じ取った。

 急いでその主を探し当てて見れば、こちらに向けて銃口を構える奴と視線がぶつかった。――一気に全身が総毛立った、これでもかというくらいの危機感を覚える。

「け、警察官ゾンビって……」

 ユウが呟くとゾンビはウヘウヘと笑いながらその銃口をこちらへポイントしている。脳味噌が指示を出すよりも早く、こんなに脚が早く動いた事ってあったっけ?……それは丸々、大事な大会のスタートダッシュの時の感覚と似ていた。最も状況も場所も、何もかもが違いすぎるんだけれども。

「――石丸、危ない!」

 それはややフライング気味のスタートだったかもしれない。――石丸はまだその主に気が付いていないようであったが、ユウにいきなりのように体当たりを食らわされて驚き顔だった。そのまま二人は抱きつく格好で倒れたのだった、下敷きになっている石丸が慌てた様子で何事かとユウをどかす。

「ゆ、ユウ……?」

 げほっ、と咳き込みながらユウの身体に触れると、不自然とぬめる物に指先が触れた。生温かな液体の正体はすぐに分かった。愕然として、石丸が自分の指先を見つめた。

「――マジ?」
「う、い、石丸、へ、平気……?」
「俺は平気だけどユウ――まさかお前ッ」

 慌ててユウを起こしてやるとユウの肩辺りに血がじっとりと滲んでいる。初めは小さな範囲だったように見えたその血染みも、こうしている間にも少しずつ大きく広がっていく。

 そう言えば倒れる瞬間、銃声を聞いたような――聞かなかったような。

「ユウ! お前撃たれてんぞコレッ!?」
「へ? あ? へ、平気平気こんくらい別に何とも……」
「ばっ、ばば、馬鹿野郎!……つうか弾抜けてんのかこれ!? ああ〜、畜生ッ! 流石に撃たれた事はねえから分かんねえ!」

 石丸の騒ぎたてる声にミイが気がついたらしい。ミイは刀でゾンビの攻撃を受けながら横目でユウの姿をちらっと見た。すぐに視線をすいと流して、もう一発撃とうとするゾンビを捉えた。

 ミイは相手しているゾンビの腹を蹴り飛ばして離れさせると、一度そいつとの鍔迫り合いを放棄した。それから手に持っていた刀を、一丁前に銃を構えるゾンビに向かって投げつけた。それと同時にミイはゾンビ向かって駆け出していた。走りながらミイは腰元のファイブセブンを抜き取ると、手を休める事無く引き金に指を回した。ゾンビも負けじと体勢を立て直し、その銃口を向けようとするがやっぱり脳味噌の出来はこっちの方が上らしい……それよりも僅かに、ミイの動作の方が早かったようだ。

 ミイは躊躇いなくその引き金を絞るとゾンビの頭部に向けて二発、その弾をブチ込んだ。

「ユウ、大丈夫だよな!? しっかりしろよ、今ヤブんとこ連れてくから!」
「だだ、大丈夫だよ別にこのくらい大袈裟だなあ。な、何ともないったら、何ともないってばぁ、エヘヘ」

 謎の愛想笑いを浮かべつつ言うもユウは既に青ざめた顔をしており、それが極度の緊張からくるものなのかは分からないがやけに呂律が回っておらず、一刻の猶予も争えない事はよーーーく分かった。

 ミイが慌てて二人に近づいた。

「ユウ!」
「あ、み、ミイ……どどど、ドジっちゃったよ、俺」
「い……いいから喋るな……どこを撃たれたんだ?」

 冷静そうに見えるミイであったが、制服に広がる血液を目の当たりにした瞬間たじろいだのが分かった。それでも取り乱さないように静かに腰を降ろし、ミイがそのきちんとたたまれた清潔そうなハンカチを取り出しながら問い掛けた。ユウには問いかけずに、隣にいる石丸へと。

「――か、肩だ」

 石丸が言うとミイは返事する代わりに頷いて出血した部位にハンカチを巻いている。

「弾はまだ残ってるのか? だったら早く摘出しないと……」

 ミイが震えるユウの手を握り締めながら言う。

「だ、だ、大丈夫だってば! 何かそういうさぁ怖い事言うのやめてよねーもうっ! ほら俺平気……」
「石丸、ヤブのとこにつれて行け」
「ああ。……おいユウ、立てるな?」
「たっ、立てるよ! ほら平気、平気だから……」

 ユウはかなり無理をしているのか何なのか(単なる恐怖心からだろうけど)問題ないとしきりに主張してみせた。が、問題大有りなのは誰の目に見ても明らかであったが為にユウの無意味な強がりは流しておいた。

「頼んだぞ」

 ミイがそれだけ言うと立ち上がる。石丸が小さく頷いて、ユウを抱えたままで避難所の中へと引き返し始めた。

「い、石丸ぅ。俺の事ならホント平気だよ……平気だがら゛ざぁ゛あ〜……」
「ンな真っ青な顔して何が平気だアホンダラ、マジで死ぬぞ。いいのかお前ッ!」

 二人が歩き出したのを見送り、ミイは先程の刀を拾い上げた。

「ユウ……頑張れよ」

 そのくらいの事しか言えなかったが、しかし頑張るのは自分達の方……かもしれなかった。

 死者の数は減ってはきているものの、有体に言ってキリがないのであった。だが、ここを何としてでも守りきらなくては何にせよ生き残れない――別の方法なんか……ミイはともすれば砕けてしまいそうな程に奥歯をぎりぎりと噛み締めた。

「うわぁあああああああっ!?」

 屈強そうな男でも、集団相手にちょっとでも隙を見せればものの一秒で奴らの仲間入りであった。

「いけない……!」

 振り返ったヒトミであったが、既に全身の至る所を食い荒らされた男は武器を投げ捨てながら叫んだ。ほとんど泣き喚いているに近い、断末魔の叫びのようであった。

「殺してくれ、こいつらと同類になっちまう前に……どうか……ッ」

 もみくちゃにされながら男が懇願するように叫び、最後の抵抗か脳味噌が転化する前に一体でも多くのゾンビを始末しようと奮闘しているのが分かった。派手に動くたびに痛々しい傷跡が剥き出しにされて顔をしかめたが、ヒトミは気を抜かずにショットガンを腰だめに構えた。

「……か、家族を食うような父親にだけは、なりたくないんだ……」

 その言葉はほとんど消え入るような調子だったが為に届いたかどうかは定かではなかった。が、もうどうでも良かった。

「――分かってる」

 気休めにしかならないだろうがヒトミがふっと笑うと、その引き金に指をかけた。ミイがその光景に一瞥をくれた後、再び死者の群れと対峙する。疲れを知らない死者の軍団、それに引き換えこちらは脆弱な人間ども、所詮は寄せ集めの烏合の衆。

――おいおい……、何だよこれ……

 全く笑いが出そうだった。泣き笑いのような顔をさせてミイは前髪に手をやった。

――何だよ。俺は間違ってたっていうのか?……大人しく逃げた方が良かったのか? ここを守りきるよりも……その方がこんなに犠牲者が出なかった……こんなに人が死ぬ事はなかった……?



(ユウだって、怪我する事はなかったんだね)



 絶え間なくせめぎ合う思考の間に入り込んだのは、全く聞き覚えの無いような声だった。それは少女のような少年のような、いやいや老人とも若者とも取れるとにかくわけのわからない声だった――ミイは思わずハッと顔を上げた。

「ぼんやりしないの!」

 怒声と共に浴びせられた銃声――ミイは足元に倒れてきた、頭部に穴の開いたゾンビをはたと見たのだった。ヒトミがショットガンから空薬莢を排出させつつ、茫然とするミイを見据えている。

「……あ――、俺――、俺は……」
「――君は間違っていないの、貴方が戦意を喪失させては駄目ッ!……だからしっかりしなさい!!」

 肩を揺さぶられながら、ヒトミに怒鳴られてしまった。

――その通りだ、しっかりしないと!

 ミイは両の頬をバシンと叩くと、刀を握り直した。

「あと少し……あと少しで必ず助けが来るんだ! もうあとちょっとでいい、生き残るんだ!」

 そうやってミイが叫ぶと少しだけ、皆の表情が和らいだようだった。……まあ、本当に気持ち程度のものだったが。




あーあ……


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