▼いろほたる荘の仲間たち








「今何処にいるんだ」

携帯越しに聞こえる淡々とした声。
イヤホンでその声を聞き、彼女はコントローラーを扱いながら答える。

「今はジャンクスの草原を走ってます」

コントローラーが鳴る安っぽい音を聞きつつ、黄沙は安堵と憂愁の感情、二つが混ざった上手い言い表しが出来ない感情を持っていた。
普通なら悲しむべきだ。家にひきこもるだなんて社会的に見たら異端。働いているのならまだいいだろう。
親の庇護の下、いや、管理人の庇護の下でひきこもり。彼女の親とアパートの管理人は親戚だと言うではないか。
だからここで一人暮らし出来ている。家賃はナシ。
食費は親から仕送りされたり、管理人がお裾分けをしたり。何ヶ月、もしかしたら何年単位で外に出ていないのかもしれない。
本来なら由々しき事態だ。
けれども好いた相手が誰の目にも触れないのであれば男としては至高だろう。男の征服欲は汚い。

「そういえば、今日はネトゲーじゃないんだな」

プラスチックが当たる音を聞き、思い出したかのように言う。草原の名前でわかるなんて自分も大概だな、と少し自傷した。
電話の相手、蒼子はゲーマーだ。一日に何時間やっているのだろうか。
それを横で聞き流している黄沙もだいぶ詳しくなった。
彼が知ってる事で蒼子が輝いた目をするので、それを見る事が楽しみであったりする。

「うん。右近さんと左近さんは学生のようですから、まだ帰られてないんです。だからまだしてない」
「ふぅん…。ま、俺には関係ないけど。仲良いよね、その左右コンビと」

蒼子のネットゲームの仲間を黄沙はこう呼ぶ。
話はよく彼女から聞く。双子のコンビだとか。蒼子の中では特に仲がいい仲間のようだ。
友達が増えるのは嬉しいが、相手が男というのは気に入らない。
もしかしたらネット上で男を名乗る女かもしれないのだが、彼の頭にその選択肢はないらしい。
今回もまた舌打ちをする。
携帯の画面越しから感じ取れる相手の動揺。
彼を怒らしたのではないかと、震える声で呼ばれた名前。
何時もと変わらない淡々とした声でそっけない言葉を返した。
すると返ってくる謝罪の言葉。蒼子の口癖なのだ。
愛しい彼女の口癖なんて様子も声も表情も脳内で思い浮かべる事ができて、でもそれだけでは足りない。足りない。会いたい。
場所はわかっている。
同じアパートに住むんだから行くのは当たり前。
けれども黄沙は聞く。

「今からそっち行くから。今、何処?」



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