It exists.
1 はじめまして我等のアリス


ああ、どうか、この世に神様がいるのなら、この悪夢を終わらせておくれ―――――。






*

私は大きな、そして温かいお城で生まれた。所謂、お姫様、というやつだ。家族はみんな優しくて、年の離れた兄にはお嫁さんもいて、お父様とお母様は国民皆から愛される、素敵な人達だった。
だから私は、この後起こる事など、予想もしていなかった。

危険因子にあの時気付いていれば、こうはなからなかったのかもしれない。




ある日、街に出てお散歩をした。特にこれと言った用はなかったけど、何となく街に下りたかった。途中で見かけた欲しいものを幾つか買っていった。気付けば荷物は抱える程になっていた。フラフラと歩いていると、小さな石につまづいた。


とんっ


「きゃっ…」

「大丈夫かい、お嬢さん」


そしてこの時、私は恋に落ちたのだった。綺麗な赤い髪に、双方異なる美しい瞳。石につまずき転びそうになった私を抱きとめ、片手にはたくさんの荷物も。一目惚れだった。


「あっ、あ、ありがとう!」

「いえいえ、こんな大荷物一人で持つのは辛いだろう、家はどこだい、僕が持ってあげよう」

「えっと…いいの?家は……あそこよ…」


心配そうにそう尋ね、お城の方を指差した。すると彼は一瞬驚いた後、すぐに床に跪き、王国のお姫様でしたか。この度は大変なご無礼を…失礼しました。と言った。


「あ、あの、そんなに改まらないで…?普通のお友達と同じ風に接してほしいの…」

すると彼は更に驚いたような顔をした後に、笑った。

「っふふ……君は、とても優しいんだね…」

「そうかしら…、もし貴方が友達になってくれたら、友達一号よ」

「…っふふ…僕もだよ」

そうなの?と驚いてしまった。彼はそうだよ、と笑いながら言った。私達、お互いに初めての友達ね、と笑い合った。
暫く話しながら歩いて、彼が赤司征十郎と言う人物だと知った。何処かで聞いたことある名前…と思ったけど、そんな筈ないか、とすぐに考えるのをやめた。

この時、少し考えていればわかったかもしれないのに。その笑顔の裏に隠された本性に、私は気付くことはできなかった。





*


「征十郎………さん………?」

「アリス………」

「…ど…ど……して………」


真っ暗になった部屋、怖くて体は動かない。ただ、赤くギラギラと光る瞳をこちらへ向け、血まみれの彼はこちらへと近付いてきた。何が起きているのかもわからない、どうして彼が血まみれなのかもわからない。


「アリス………」

「や………」

「………怖がらないで…」

「……何故貴方が……ここに…城で何が起きたというの………?!」

そう言えば彼は黙ってしまった。私は固まった体を起こして、廊下へと駆け出した。裸足のため、ペタペタと音が響く。それに、大理石の床はとても冷たかった。

ねちょ

足に何かついて、急いでそれが何かを確かめた。手で掬いあげて、月明かりに照らせば、それはすぐに血だとわかった。


「き……きゃぁああぁああぁあ」


何が起きているのか、頭が追いつかない。足についた血を取り払うことなく、兄の部屋へと掛けていく。


タッタッタッタッ

ガチャ

「お、おにいさま…………っ………ん…う…」

扉を開けると、そこに広がったのは目を伏せたくなるような光景。月明かりに照らされたお兄様とお義姉様の死体。部屋も血まみれで、窓からはびゅーびゅーと冷たい風が吹き込んでいた。

私はそのまま踵を返し、お父様とお母様の部屋はと向かった。
しかし、そこにも私が求めたものは何もなく。唯無機質に、お兄様達と同じように死体が横たわっていた。


コツッ

コツッ


すると、後ろから誰かの足音が聞こえた。私は震える体を起こして、再び走り出す。すると足音も早くなって、どんどん近付いてくる。


どうしよう、このままじゃ私も…殺されるっ……!!


ただ走り続けた。 痛む足なんか気にせずに、走り続けた。しかし、どうやら私は死ぬ運命らしい。兵士達の死体に躓いて、思い切り転んだ。足音はどんどんどんどん大きくなる。

もう、終わりだ――――。


「こないで!こないで………いや!!!」

近づいてくる影に、怯えながら後ろへと下がる。どうやら躓いた拍子に足を捻ってしまったらしく、もう立ち上がることも出来ない。

とうとう影は目の前まで来てしまった。もう、駄目だ。そう思った時、不意に窓から差し込む月明かりで相手の顔が照らされた。


そこには、私のよく知る、そして私の一番知らない人物が立っていた。

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