通じた思い
「奥様、旦那様がお呼びです」
「ええ」
ガチャ
「征十郎さん、千尋です」
「ああ、来てくれてありがとう」
「いえ、それより今日は、どんな用件でしょうか」
「ああ、そうだね、今日は少し君と話がしたかっただけだよ」
そうですか、では、失礼します。と椅子に腰掛ける彼女。俺達は結婚していた。しかし、俺達の間に愛などなかった。親に決められ、逆らうことも出来ずにした結婚。そのせいか、彼女はいつも無表情だった。笑ったところなど、一度も見たことがない。
もしかしたら彼女は、自分の感情を押し殺して俺と結婚したんじゃないか。と思った。そうならば、俺は彼女を幸せに、彼女に好きになってもらえるようにしよう、と決めた。
気付けば俺は、彼女を、千尋の事を好きになっていた。それを今日、伝えようと思った。
「君は、千尋は俺のことが好きか」
「ええ、勿論ですよ。好きでもない人と結婚なんてしませんよ」
「そうか、しかしそれは嘘だな。千尋は嘘をつく時に必ず俺と目を合わせない」
そう言えば、彼女は黙り込んでしまった。そしてその後に、顔を下げたまま、ごめんなさい…。と言った。
どうやら俺は、まだ彼女に好かれていないらしい。
当然か、こんな結婚をして、彼女の幸せを壊したのだから。申し訳ない気持ちと、悲しい気持ちが、込み上げてきた。こんな時、本当に彼女を愛しているならどうするだろうか。
俺は椅子から立って、そっと彼女を抱き締めた。
「征十郎……さん……」
そうすれば彼女は驚いた様に顔を上げた。
「どうして千尋が謝るんだ」
「だって…………」
「俺のことが、怖いのかい………」
彼女はふるふると首を横に振って、違う、違うんです。と言った。
「なら、どうして…」
「…………征十郎さんは…私のことを嫌いだと思っているからです……嫌いな人と結婚して、それもこんな私と……だから…だから……ごめんなさい………」
「違う………」
「ご、ごめ……なさい…」
俺が力を強めて抱き締めると、彼女はまた、ごめんなさい、ごめんなさい。と言った。
そして、彼女の肩に顔を埋めて言った。
「違う、俺は千尋のことが好きなんだよ。結婚した時は、どうでもよかった。関係を持つ気すら無かった。でも、千尋と過ごす内にどんどん君のことを好きになってね。どうすれば笑ってくれるだろうか、とか、ずっとそんなことを考えていたよ。どこへ連れて行っても笑わない、何時までも他人行儀で……俺は千尋に嫌われているんじゃないか、と泣きたくもなった。だから、まだ遅くない。俺のことを好きになって欲しい」
「っ………せいじゅ…ろ…さ…ん………」
「嫌なら、無理をすることはない。今すぐ俺を突き飛ばせばいいよ」
そんなこと、ないよ…。と俺の背中に腕をまわしてくれた。
「ずっと、ずっと、嫌われてるんだと思ってた………征十郎さんは…私の事なんて嫌いなんだと………いつも優しくしてくれたけど、それでも、嫌われてるんだと思ってしまうの……その言葉を聞いて…どれほど嬉しかったことか……私も、本当はずっと、征十郎さんのことが大好きでしたよ」
こっちの方こそ驚かされた。そして、俺は顔を上げた。彼女と視線を交わせた。彼女の目は赤く腫れていて、でも、彼女は笑っている。
「それは、本当か…………」
「勿論…」
「なら、もう一度やり直そう千尋……結婚式も、何もかも、最初からやり直そう、そうだね…子供は何人欲しいかい、男の子も女の子も、千尋に似たらきっと可愛いだろうね、ああ、俺はね……」
「征十郎さん」
「なんだい」
「話が早過ぎますよ…もう…」
すると彼女は、俺の頬に手を伸ばして、触れるだけの軽いキスをした。
「何だ、随分積極的じゃないか…」
「ずっと、触れたいと思ってたんですよ」
にこっと微笑む千尋に、俺もだよ。と微笑んで、指を絡めた。その後に、いいかい?と聞いて、了承を得たのと同時に、千尋を押し倒した。
俺の首に手を回した千尋は、言った。
「大好きですよ」
「ああ、俺もだよ」
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