花束と銃口
!)舞台が中世ヨーロッパくらいです。
「貴方は花を守った手で、銃を握るのですね」
*
道行く人は皆、花になんて目もくれず、儚く咲くその花を踏んで壊した。
ぐしゃ、ぐしゃ、やめて…花が泣いているよ。
「っ………」
「大丈夫かい…?」
「………え…」
「花も一生懸命に生きているね、全部君が植えたのかい」
「…はい」
踏まれた花を見て涙を流す私に、手を差し伸べて、その花を守った貴方は―――でした。
汚い地面に手をついて、踏まれた花を植え直した貴方。そんな人に出会うのは初めてで、とても心が惹かれたのです。ああ、これは一目惚れというのでしょうか、とても綺麗な顔をした貴方は、周りとは違っていました。
「道端に咲く花はとても健気だね、まるで君のようだ」
「…えっ…」
「人と話すのはあまり慣れていないか、そうだね、カフェにでも行こうか」
微笑み手を差し出す貴方の手を取り、下を向いて歩いた。返事も小さく、聞こえているか心配だったが、貴方は色んなことを話してくれた。
「僕はね、赤司征十郎と言うんだ。君は?」
「千尋です…」
「へえ、千尋か。綺麗な名前だね」
「あ、赤司さんこそ…」
「征十郎で構わないよ」
「……っ征十郎さん………」
「なんだい」
「その、ありがとうございます」
「いや、つい気になったものだからね。御礼を言われるほどの事じゃないよ」
「そんなこと…ないですよ。きっとお花も、喜んでます」
「…やっぱり君は、笑った方が綺麗だね」
え?笑っていましたか?と心配そうに聞き返すと、ああ、綺麗に笑っていたよ。と言われて、少し恥ずかしかった。
この日以来、私は征十郎さんと仲が良くなった。
*
いつも、遠くから眺めていた。誰も見向きなんてしないなのに、健気に道に花を植えては、それを守る少女。気付けば足が動いていて、彼女に声を掛けていた。
この街で生まれたらしい彼女。しかし、色々と大変なことがあり、友達もいないらしい。そのせいか、気づけば花が話相手になっていたの、と彼女は笑った。
その笑う顔は綺麗で、心臓がドクン、と脈打つのがわかった。こんなに綺麗な心をもっているのに友達もいないなんて――と驚いたが、彼女は僕だけが唯一の友人になるのか、と考えると、自然時にならなくなった。
あの日から、よく2人で話すようになり、僕達は仲良くなっていった。気付けば出会った日からは2ヶ月ほど経過していて、彼女の家にも呼ばれたことがある。彼女と話すうちに、僕は彼女が、千尋が好きなんだと実感した。
しかし、この幸せは長くは続かなかった。
僕の家は有名な暗殺一家だった。僕はそこの一人息子。もう今まで何人殺めたのかも覚えていない。ただ、殺すのは悪人ばかりだった。人殺し、強盗、強姦、罪を犯したものの、逃げ延びた者達を殺していった。そのため、仕事の依頼も、断らなかった。
しかし、それは偶然だったのだ。家に帰るといつものように依頼書を渡された。
そこには事細かに人物の詳細が書かれており、性別は女だそう。珍しいな……と思いつつも、次の紙を捲る。罪-と書かれた欄にはただ一言、"怠惰"と書いてあった。少々胸騒ぎがした。そして、次の紙を捲った時、僕の思考は停止した。
*
「千尋…そろそろこの街を出ていかないといけないの…」
「お母さん……それはどうして…?」
「貴方の命が狙われているからよ…」
「!………」
「守ってあげられなくて…ごめんなさい…」
その場に泣き崩れたお母さん。私はお父さんの写真を見て、どうしてなの、と小さな声で呟いた。
その日の夜準備をして、一人でこの街から出ていこうと決心した。狙われているのは恐らく私だけだろう。何時もは隠している鎖骨の痣が、それを物語っていた。
そう、この痣こそ私が大罪人である証なのだ。
七つの大罪のうちの1つ、怠惰の罪。
*
「父さん、これは…!」
「ああ、征十郎か、次の依頼もたのんだぞ」
「……彼女は、罪なんて犯してません…」
「七つの大罪を知っているか、その女はそのうちの1つ、怠惰の罪にあたる人物だ、依頼が来たからには必ず殺すんだぞ」
下がれ、と言われ逆らうことが出来ず外に出た。どうしたらいいのか分からず、全力で夜の街を駆け抜けた。向かう先は千尋の家。今から連れ出してしまおうと思った。しかし、そうも行かないみたいだ。後ろからは気配がする。恐らく父さんがつけた見張りだろう。このままだと千尋は殺されてしまう。僕は方向を変え、千尋の家とは真逆の方へ向かって走った。
「はぁ…はぁ…」
気配は感じない。恐らく振り切ったのだろう。長く走った為、少しだけ疲れた。僕はその場に静かに座り込んで目を閉じた。
とんとん
肩を叩かれて後ろを振り向くと、そこには千尋がいた。
「やっぱり…征十郎さん、どうしたの?」
「いや、何でもないよ…ほら、夜は危ないからもう家に帰るんだ…」
「けど……良かったら、私のお家に泊まっていかない?」
そんな危ない事をする筈がない。大丈夫だよ、と微笑むと、そっか、と悲しそうに微笑み返された。僕は立ち上がり、裏の道を通って千尋を家まで送ると、その日は街のホテルへと泊まった。
次の日、いつも通り千尋と会った。しかし、彼女の様子が少し可笑しかった。困ったように笑って、彼女は言った。
「多分、私殺されちゃうんだ」
相変わらず顔は笑顔で、言っている台詞とは合わないほど綺麗な顔をしていた。僕はそのまま黙り込んで、この街を出ていこう、と言った。
そうるすと彼女は、僕の頬に手を伸ばして、キスをした。
「千尋……」
「征十郎さんには迷惑かけたくないから、ここでさようなら」
「…僕が守る、だから一緒に行こう」
「だめだよ」
千尋は僕の少し前を歩いて、そして振り返った。
気付けば僕は、父さんからの擦り込みのせいか、ポケットの中の銃を握っていた。
「私達は結ばれないから」
「大好きでしたよ」
「けど」
「貴方は花を守った手で、銃を握るのですね」
涙を流し微笑んだ千尋は美し過ぎて、この世のものとは思えなかった。ただ、僕は銃口を彼女に向けていた。
「ありがとう、楽しかったよ」
どうせ僕がやらなかったら家の者達が殺しに来るのか…何が大罪なんだ…ただ、それなら僕も同罪だな。そうだ、二人なら―――。
バンッ――
彼女に向けて弾を撃った。彼女は後ろへと倒れそうになって、僕はその体を支えた。
「せい……ろ…さん………」
「千尋…………」
「もう、その手…で……人を………殺さ…ないで…」
「ああ……これで、終わりにしよう…」
千尋を打った銃を自分の胸へと当て、引き金を引いた。
バンッ――
そして僕は、千尋を抱いたままその場へと倒れた。薄れゆく意識の中、血に染まりゆく地面の中、彼女が微笑んだ気がする。
私達は、同罪ね―――と。
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