微妙に『緑間君と○○をする方法を赤司君と考えた』の設定。
繋がりは考えなくてもいいです。
すれ違い系な緑黒に対して周りがガヤガヤしてる感じ。
ガッツリラブラブなくせに奥手みたいな矛盾。

キススキキライサンプル




――帝光中学二年の夏。

 学校で泊まり込み夏の合宿が始まった。
 合宿では指定された教室をそれぞれの部活が好きに使っていいことになっていた。基本は体育館での雑魚寝だが一軍レギュラーはグループに分かれて教室を自分たちの部屋として使うように赤司が割り振った。
 黒子と黄瀬と青峰は一つのグループとして一つの教室で寝泊まりする。隣の部屋は赤司と紫原と緑間だ。
 私物なども持ち込んでよく、そのまま二週間ばかりを過ごす。チームの連帯感なんてものを深めるためという名目の合宿だった。
「どっか行ったりしないんスね」
「去年は山だったな。予算の都合じゃねえの」
 特に真剣に不満があるわけでもない黄瀬に適当な返事をする青峰。初日なので気分が緩い。
「なんでも赤司君がよく分かっている場所だからこそ面白いものがあるって」
「なんスか、それ」
「あー、肝試しするって言ってたな、そーいや。赤司はそういうの好きだよな。相手をビビらせてどっちが上か最初に教えておく……みてぇなの」
 いつも普通に授業を受けている校舎での肝試し。
「ビビるかっての」
「青峰君は第四体育館で――」
「テツ、あれは忘れろ」
 真顔になって言い放つ青峰に黒子もこれ以上触れることやめておく。あれは黒歴史だったのだろう。
「何の話っスか?」
「そう言えば赤司君たちの教室って普通のですよね」
「あぁ、あっちは広いよなー。ずりぃ」
「無視しないで欲しいっスよ〜」
 教室の机はすべて外に出しているとはいえ、大きさはそれぞれ違う。
 通常は使われることのない教科の部屋は手狭なのだ。
「そういや、他のレギュラーって教室使わねえんスね」
「そりゃあ、お前」
「当然です」
 何も言わずとも通じ合っている青峰と黒子に黄瀬は目を白黒させる。
「え? えっ? なんでっスか?」
「ボクたちと赤司君たち六人が使っている部屋以外にこの棟で残っているのは理科室と美術室ですよ?」
「あ、あーそっか、寝泊りとかしたくないっスね」
「上の階の音楽室もごめんだな」
「ってか、匂いがイヤっスよ」
「ホルマリンって匂いしましたっけ?」
「やめろよ、テツ。朝起きたらカエルの死骸とか、黄瀬が泣くぞ」
「オレッ!?」
「黄瀬君、目覚まし時計は骸骨と人体模型はどっちがいいですか?」
「どっちもイヤっスよぉ! 朝から心臓とまるっスよ」
 黒子に「ドッキリはなしっスよ」と頼む黄瀬に青峰がいい笑顔で「任せろッ」と親指を立てた。
「青峰っち、なんかやる気っスか? 勘弁っスよぉ」
「まあ、あっという間に終わるから楽しんどけよ」
「強化合宿っスよね」
 わくわくしている黄瀬に対して青峰と黒子は顔を見合わせる。黄瀬は視線の意味に気付かない。
「違います」
「違うんスか!?」
「あぁ、これは赤司の趣味だ。それ以上の意味はねえよ」
「赤司っちの趣味? どういうことっスか?」
「正座をして後ろから殴られます」
 体育館に行けば赤司が何やら棒を持っていた。
「マジっスか? アレで殴られんの?」
「あれは卒塔婆です」
「そとば?」
「お墓の脇にある板です」
「あ、なんか見たことあるっスよ! てか、マジ? それで叩くの!? 大丈夫なんスか? 罰当たりじゃ、うぐッ」
 入り口付近で話し続けていたからか近づいてきた赤司が黄瀬を板で軽く叩いて「無駄話が過ぎるぞ」と息を吐き出す。荷物を各自の教室に置いて着替えたら集合という話だった。黒子たち三人以外はすでに基礎訓練を始めている。
「たるんでいるのだよ」
「ふぎゃぁ!! うぅ、黒子っち、オレ、のろわれ」
 オロオロと殴られた頭を押さえながら黄瀬が黒子に泣きついた。赤司と緑間は呆れた顔をする。
「青峰、黄瀬に何を吹き込んだ」
「お前、本気で信じるとかねえだろ」
 笑う青峰に黄瀬は首を傾げて黒子を見る。
「黄瀬君、卒塔婆は戒名などが刻んであります。今回はただの板だったみたいですね。助かりましたよ」
「良かったっス」
「お前たちは何を言っているのだよ」
「頭が空っぽすぎるのは問題だな」
 ベシベシと赤司は板で黄瀬の頭を叩く。
「座禅自体は本当にありますよ」
「去年は寺だったから分かるけど、今年もかよ」
「初日と最終日だけだ。そう硬くなるな」
「青峰君は去年すごい叩かれたんですよね?」
「うるせー」
 気まずげな青峰に黒子は静かに微笑む。
「去年は黒子っち、参加してないんスか?」
「一軍レギュラーだけでお寺に行ったんですよ」
「一軍と二軍三軍は今月からメニューの組み方が違う。レギュラーは更に、な。練習量がそもそも違うがより実践的で試合を考えた練習プログラムだ」
「あと、練習試合も結構あるよな」
 だから好きだと青峰は笑った。
「へぇ、マジっスか」
「試合に出るメンバーは直前まで分からない」
「えぇ、この前、スタメンは決定って!」
「それとこれとは別なのだよ」
「外周早く走り終わった奴とか赤司が決めたなんかをクリアした奴とかが試合に出れるんだっけ?」
「オレルールっスねえ」
「いつでも人事を尽くせばいいのだよ」
「緑間っち、そればっかり。……あれ? 紫原っちは?」
「紫原はすでに走ってきている」
「うわ、マジっスか。オレたちも負けてられないっスね」
 飛び出した黄瀬に青峰もついていく。残った黒子は溜め息を吐きながら赤司に何周走るのかたずねて疲れた。
「二人は当然、走り終わってるんですよね」
「当たり前なのだよ」
「今日は曇っているとはいえ、水分補給を忘れるなよ」
 赤司と緑間に見守られながら黒子は黄瀬と青峰を追う。
 今日から徹底的にしごかれる。
 体力のない自分がついていけるのか不安になりながら、赤司がところどころで息抜きを考えて予定を組んでいることを知っているので不安と同時に安心もしていた。練習試合の選抜するための試練が自分に得意なことであるのを祈るばかりだ。





 ゆっくりと水分を補給しながら黒子はかわいらしい亀のぬいぐるみを見つめる。外周を走ってきて黒子は倒れこむように体育館の脇に沈んだ。
「緑間君」
「なんだ、飲み終わったのか?」
 マネージャーたちが用意したドリンクを貰いに行くこともなく力尽きてきた黒子に緑間が自分の分をくれたのはいいのだが一緒に渡された亀のぬいぐるみの意味が分からない。なごみはするがずっと持っているわけにもいかない。
「ポカリありがございます。すみません」
 流れる汗を緑間がタオルで優しくぬぐってくれた。
 言葉に反して仕草は荒々しいどころかまめまめしい。
「謝るぐらいならタオルとドリンクはセットでこのあたりに用意しておくのだよ。お前はいつも同じ場所で倒れているだろ。……その亀のぬいぐるみは今日のお前のラッキーアイテムなのだよ」
「はぁ、ありがございます。持っててください」
「なッ!! 黒子、人の好意を」
「落とすと困りますから」
 身体を起き上がらせながら集合の合図に黒子は歩いていく。いくら手乗りのサイズだとはいえ運動量の多さにふらつくことが多い黒子が持っていたら亀はなくなってしまうだろう。別に緑間の好意を蹴り飛ばしたいわけではない。
「お、テツ復活したか」
「黒子っち大丈夫っスか?」
 体力の有り余った二人に何とも言えない気持ちになりながら黒子は頷いて赤司の話を聞いた。今回の合宿の大まかな流れと今日一日のスケジュールの説明だ。
「肝試し大会は明日から毎日だ。各自、ペアを作って挑んでもらう。ペアは変更可能だが理由は聞かせてもらうからそのつもりでいて欲しい」
「質問はありますか?」
 赤司の隣で桃井が口にする。
「もしかして、毎日仕掛けがちげーのか?」
 青峰が口にする指摘はなかなか鋭い気がした。
「それには答えられない。一つ言えることはこれは遊びではない。冷静な判断力を鍛えるための訓練だ」
「嫌な予感しかしねえ」
「青峰、怖いのか?」
「怖くねえよ、な、テツ!」
「青峰君、怖がりですよね」
「怖がってねえよ。どこ情報だよ」
「だって、初めて会ったとき」
「それは、忘れろッ」
「なんスか、なんスか?」
 脱線し始める流れに対して緑間が「いい加減にするのだよ」と口にする。
「テツの相棒はオレだよな」
「えー、オレも黒子っちと一緒に肝試ししたいっスよ〜」
「黒ちんに脅かされるのがオチじゃない?」
「それは言えてるな。ちなみに初日は『叫んだら負け』というルールにするつもりだ」
「負けってなんだよ、負けって」
「もちろん、負けは負けだ。勝者に栄冠を、敗者には死を」
「赤司、悪ノリが過ぎるのだよ」
「まあ、殺しはしないが外周は多めに回ってもらうかな」
「ボールに触れると思うなよって、赤司君が企画した肝試しだから一筋縄ではいきません。皆さん頑張ってください」
 桃井の声援に一部は喜びの声と多数のどんよりとした濁った声でしめられた。赤司企画というだけでアウトだと判断した人間が多いのだろう。黒子も不安でいっぱいだ。
「そうだな、今のうちに参加者ではなく仕掛け人になりたい人間は名乗り出るといい。功労者には練習試合限定でスタメンの権利だ」
「それ、監督の許可とってるんスか?」
「絶対は僕だ」
「……暴君っスよ」
「今更です。黄瀬君、赤司君のすることに間違いはあまりないのでつべこべ言わずに従った方がいいですよ」
 それも酷い言い方だと黄瀬は呟きながら反発するのをやめたらしい。
「赤ちん、仕掛け人って何人まで?」
 手を挙げて紫原が質問する。
「何人でも構わないが一度仕掛け人になったものは参加者にはなれないから明日までよく考えるといい」
 ヒソヒソと参加者という名の挑戦者になるべきか赤司の指示に従い仕掛け人になるべきかを話す帝光中学バスケットボール部一軍たち。
「脅かす方がまだいいっスかね〜。黒子っちはどう思う?」
「赤司君のことなので参加者は知力体力時の運が必要になりそうなのでボクは脅かす側になるつもりです」
「知力っスか」
「黄瀬、てめー、なんでオレを見た」
「え? だって、青峰っちは見るからに」
 緑間が「いい加減にするのだよ」と青峰と黄瀬の頭を叩いて無理矢理に黙らせる。
「では、一旦解散」
 夏休み期間中でも食堂は空いているらしく普通に使用できる。帰りたいものは昼のこの休憩時間中に家に帰ることもあるがわざわざそんなことをして練習時間を短くする者はいない。ほかの部活も黒子たちと同じように合宿をしているのでグラウンドに出ると人の多さに休みだということを忘れてしまう。だからこそ、食堂が開いているのだがそうすると肝試しの話に疑問が出てくる。
「ほかの部活があるのに校舎を使った肝試しをしていいんですか? 外には行けませんよね」
 バスケットボール部が使っている体育館や教室だけでは肝試しにしては範囲が狭い。
「バカめ。当然、許可はちゃんととっているに決まっているだろう。なぁ、赤司」
「とっているわけがないだろう」
 あっさりと口にするバスケットボール部主将。
 なんという大胆さ。
 なんという無責任さ。
 驚きの展開だった。
 副部長である緑間の眼鏡がずれた。お疲れ様だ。
「おいおい、この時期に校則無視とか生活態度への厳重注意とかはマズいってお前が言ってたんじゃねえか」
「あぁ、その通りだ。だが、バレなければ校則無視でもなんでもない。隠し通せばいいだけだ」
「そんな詐欺でもバレなければ犯罪じゃないみたいな、無理矢理っスよ。マズイっしょ」
「ほかのクラブに迷惑をかけた人間はバスケ部の部員ではない。勝手に休みの校舎に侵入した不届きものだ」
「赤司っち、鬼っスよ」
「部員全員の退部届がここにある。日付は全て昨日付けだ」
「さすが赤ちん、やることが汚い。そこに痺れる憧れる」
「紫原君、改竄はいけないことです。憧れてはいけません」
「楽しめないと意味がないだろ」
「スリルはあるな」
 赤司の言葉に青峰は頷く。
「叫んだりしたらほかの部活の迷惑だから即退部っスか?」
「そこまで厳しくはないよ。教師にバレずにやり過ごせたなら生徒たちにはバレても構わない。とはいえ、マナーとしてほかの部活に迷惑をかけないことは前提だろう?」
 もっともかもしれない。
「今、合宿してるのってどこまでだったっスかね?」
「たしか、ウチの他は運動部はサッカー、野球、水泳、陸上とあとは文化系の部がいくつかだったはずだよ」
「文化系が泊まり込んでるんスか?」
「泊まり込みの申請をしているだけで残っているかは不明。美術部とかはコンクールがあるから絵を仕上げるために休日登校が当たり前みたい。あっちの方に人がいるでしょ?」
 そこは黒子たちが寝泊まりする教室の反対側の場所だ。
「あん? 美術室って逆じゃねえの」
 青峰は反対側の棟を指さす。自分たちのいる教室側に美術室があったと朝に話したばかりだ。
「そっちは第一美術室で基本的には物置じゃない。授業ではあっち使ってるでしょ。第二美術室がいつも授業で使ってる部屋で第三美術室が倉庫兼美術部の部室だよ」
 桃井は「青峰君は覚えてなさすぎ〜」と青峰に説明するが当の青峰は生返事だ。どうして同じ部屋が何個もあるのかとそんなことを思っていた。
「運動部じゃないっぽい女の子がいると思ってたけどなるほどっスね。調理部とかもいるんスか?」
「お菓子同好会の人とかはいたよ〜。後で差し入れくれるって言ってた」
「紫原っち、何気にモテるっスねえ」
 微妙な顔をする黄瀬に紫原は「くれるなら貰うし」と言った。
「肝試しだけど私はいないから。青峰君ちゃんとやってね」
「はあ?」
「桃井を含めた女子マネージャーは安全対策のために夕方からは帰らせる。特に必要になることもないからな」
「洗濯物とかは各自で夜のうちにやっちゃうか名前つけて袋にまとめてくれてたら朝に来た私たちがやるよ。でも、下着とかはダメだからね、聞いてる、青峰君? ちゃんと乾燥機あるから大丈夫だよね?」
「使い方、知らねえ」
「分かりやすい説明書を女子マネ一同が作ってくれたのだよ。洗剤を入れてスイッチを入れるだけなのだよ。乾燥機が分からないのなら部屋干しするのだよ」
「そうっスね。乾燥機に入れっぱで席外したり、外に干してたらオレのは持ってかれちゃうっスから。モテる男はつらいっスね」
「黄瀬、うぜー」
「グループ毎に風呂に入る前に洗濯物は処理するのだよ」
「黄瀬ちんと一緒のグループじゃなくてマジ良かったし」
「待って、オレ、思春期の娘に嫌われた父親の扱いっスか?」
「パンツがなくなったら購買で買うのだよ」
「緑間っち、それ、やっぱ盗まれるってことっスか!?」
「面倒くせえな。さつき、オレの洗濯物持って帰って洗っとけよ」
「なに言ってんのよ」
「いいじゃねえか。ついでにテツのも」
「そういう訳にはいきません」
「いいじゃねえか、テツもパンツがなくなったら困るだろ」
「えぇぇぇ、テツ君の、テツ君のパパぱ」
「桃っち、落ち着いて! ってか、そうなるとオレ一人じゃないっスか!! 仲間外れ反対っス」




(略)




 夕飯も食べ終わり練習の疲れから黒子と青峰と黄瀬は布団を敷かずにだらだらと過ごしていた。
「なんで、ここ、畳が敷かれてるんすか? 助かるけど」
 布団の上に座って黄瀬は言う。グラビア雑誌を読んでいた青峰は隣にいる黒子の肩を叩く。文庫本から顔を上げて「知りません。赤司君じゃないですか?」と答えた直後に扉が開かれた。
「あれ? 鍵閉めてたんスけど」
「オレと赤司はここの鍵を持っているのだよ」
「部長、副部長権限っスか」
 緑間が三人の部屋に顔を出したのはだらだらと眠らずに過ごしていることへの注意だった。
「早く布団を敷くのだよ」
「緑間君やってください」
「何故なんだよ」
「筋肉痛で体が動きません」
「適当な嘘を吐くな」
 そう言いながら緑間は三人を横にどかして布団を広げた。
「零時を過ぎると朝の五時まで電気は使えないからな」
「なんでっスか!?」
「電灯が点かないだけですよ。赤司君が朝に言ってたじゃないですか。夜更かししないためにブレイカーを落としておくって。この教室だけじゃないですよ」
 黒子の言葉に黄瀬は「そうだったっけ?」と首を傾げる。
 人の話など聞いていない。
「早く寝るのだよ」
「冷房とかないんスか?」
「扇風機ならそこにあるだろ」
「青峰っち、いらねえの?」
「窓開けてればまだ涼しいだろ」
「そうっスか? オレ、虫に食われるの嫌なんで網戸のない窓とか無理っスよ」
「氷枕でも何でも使えばいいです」
「黄瀬、廊下は涼しいのだよ」
「イジメっスか? 隣の壁を叩き続けるっスよ」
「やめろ、バカ。隣には赤司もいるんだぞ」
「そうです、逆さ吊りにされますよ」
「紫原はもう寝ているのだから騒音はやめるのだよ」
 三人に咎められて黄瀬は壁に向かっていた腕を下して布団に寝転がる。
「オレ、黒子っちの隣がいい〜」
「はあ? テツはオレの隣だろ」
「どっちでもいいですが、紫原君が寝てるなら静かにしててあげましょう」
 黒子は手に持っていた本を片し、緑間を見る。
 緑間の立っている入口に電気のスイッチがあるので言わんとすることが分かったのか「さっさと寝るのだよ」と言いながら電気を消していってくれた。
「……黒子っち、寝た?」
「そんな一瞬で眠れません」
「こういうお泊りってドキドキしないっスか?」
「キミ、体力有り余ってますね」
「練習後にも青峰っちと一対一したからやっぱ疲れてるっスよ? 明後日は練習試合だし?」
「問題は明日の肝試しです」
「っても、練習試合に響くことはしないっしょ」
 そうとも言い切れないのが赤司征十郎だと黄瀬は知らない。黒子は五分五分だと思っている。あえて、救済措置などせずに切る捨てることによって本気度を試す。黄瀬が本気で肝試しを勝ち抜かなくてもいいと思っているような半端な気持ちであるなら赤司は黄瀬を置いていくかもしれない。黄瀬もバスケットボール部で頑張ってはいるが赤司に対する理解度が未だに足りていない。
「遊びだと思って軽く考えんなよ」
 青峰の言葉に黄瀬は生返事。こればかりは実際に味わわないと分からないかもしれない。
「赤司は面倒くせえぞ」
 その通りだと黒子は頷くが暗闇の中では分からない。
 黄瀬はまだ話し足りないらしい。
 動いているのが音で分かる。
「眠れないなら明日に備えて一人で走ったらどうです」
 案外、涼しくていいかもしれない。
「ひどっ!! 黒子っち、そこは一緒に行こうよ」
「外に出た瞬間に焼け焦げたりする仕掛けが出来てたらどうするよ」
 うんざりとした嫌そうな声音で青峰が口にする。
「は? ……え! 赤司っちが?」
「ないとは言えねえから面倒なんだよ」
 ないと思いますけどと黒子は心の中で青峰の意見に反論した。赤司ならもしかしてと思わせることができるだけで黄瀬の動きを止めるのは十分なのかもしれない。静かになった。隣を見れば青峰が黒子を見ていた。無言のままお互い拳を突き合わせる。
「ねぇ〜、二人とも寝たっスか?」
 それを嗅ぎ取ったのかまたゴソゴソと動く黄瀬のことは黒子も青峰も綺麗に無視した。初日だから余裕があるだけだ。明日からは倒れこむように眠るだろう。
(黄瀬君の体力だとまだ喋ったりしそうです?)
 自分は無理だが青峰なら付き合ってくれるだろうと勝手に黒子は黄瀬のことを丸投げする。一分おきに「寝た?」と聞いてくる黄瀬に青峰が無言のまま枕を投げつけた。
(肝試しは緑間君と黄瀬君。どうなるんでしょう)
 青峰と紫原はそう悪い組み合わせではない。特別に仲が良いわけでもないが喧嘩しているところは見たことがない。人のものを奪うにしても青峰はそれなりに空気を読む。
 意識して紫原のお菓子をとるということはないので喧嘩になりようがない。どこか二人とも個人主義な所があるせいかもしれない。お互いに必要以上の干渉をしないので程よい距離感でいられる。その点、黄瀬の緑間に対する触れ合い方はどうだろうか。
(緑間君にはあのぐらいが調度いいんですかね)
 よく分からない。
 嫌そうな態度でいながら緑間も本当のところは黄瀬のことを嫌いではないはずだ。黄瀬以外の誰のことでも緑間は嫌ってはいない気がする。緑間が心底毛嫌いする相手などいるのだろうか。
(――亀のぬいぐるみ)
 気を遣ってもらったのに結局受け取りを拒否した形になってしまった。違うのだ。黒子はどうせ部活をして緑間は自分の近くにいるのだからそれでいいのだと言いたかった。まったく伝わっていないような気がする。
(気のせいではなくボクは言葉が足りなかったですね)
 酸欠状態だったので頭も回っていなかった。
(自分のボトルじゃなくてボクのボトルを持ってきてくれればいいのに)
 無意識に自分の唇に指が触れる。間接キスをした事実が今更に恥ずかしくなってくる。回し飲みなど青峰とも黄瀬とも普通なのに緑間に対してだけ変に意識してしまうなどどうかしている。
 首を動かして隣を見れば眠っている青峰。静かなので黄瀬もまた寝ているだろう。溜め息を飲み込んだまま黒子は立ち上がり部屋を出る。
 眠れなくなった原因は心臓の音だ。
 うるさすぎて落ち着かない。
 廊下には風は吹いていないが少し寒かった。
 他に比べて顔が熱い気がした。
(亀を貰い損ねました)
 ラッキーアイテムとして亀のぬいぐるみはまた緑間の元で循環するのだろう。手のひらサイズのぬいぐるみの時もあの亀は緑間の元にいるはずだ。自分の物になったはずの物体が手の中にないのは落ち着かない。眠れない理由はそれだけ。緑間が亀を持っているのを見るたびに黒子は思い出すのだ。
「あれは自分のものだ、なんて……」
 ふっ、と小さく息を漏らすように笑いながらトイレに入る。電気が点くのでまだ今日はまだ終わっていないらしい。尚更、亀のぬいぐるみが恋しくなった。今日の幸運はどこにあったのか今更わからない。
 すんなりと自分の部屋に戻る気にもなれず黒子は理科準備室に入り込み人体模型の顔を外す。内臓をいくつか取り外してしまうことも考えたが一番は頭だろう。ケチャップでもぶちまけるならともかく内臓の模型では違和感に目が点になるだけだ。
 鍵がかかっていないことに驚きながら黒子は頭をかかえて自分の部屋に戻って眠ろうかと布団を見れば人影。思わず黒子は固まった。
(あれ、赤司君? 部屋を間違えました?)
 黄瀬だと思って置いた枕元の人体模型の頭に申し訳ない気持ちになりながら音を立てないように気を付けて黒子は部屋を出る。廊下で一人狐に化かされたような気分になりながら隣の部屋に慌てて入る。もし、赤司が目を覚ましてしまったら置いてきた人体模型の頭でちょっとした騒ぎが起こるかもしれない。犯人は黒子だが今ならまだしらばっくれることも可能なはずだ。
 すぐに布団の中で自分はずっと寝ていました、そんな振りをすればいい。目が覚めた三人が人体模型の頭にどんな反応をするか考える。
 犯人はすぐにバレてしまうかもしれないが夜にバレるよりは朝の方がいい。睡眠を妨害したとなれば怒られるのは当然だが朝の目覚めに一役買うようなアクセントなら別にそこまで怒られることはないはずだ。
 赤司は黒子の悪ふざけに笑うかもしれない。
 紫原も面白がってくれそうだ。
 緑間は注意して怒るだろう。
 驚いて引きつった顔で自分の名前を呼ぶんだろうかと考えると黒子はなんだか笑えた。声をひっくり返らせて自分を呼ぶ緑間の姿に青峰は呆れて、黄瀬は戸惑いながらもフォローして、紫原は先に食堂に向かい、赤司は楽しそうな顔を見せるかもしれない。そんなことを思っていたからか布団に入って隣を見た瞬間、黒子は絶句した。

 そこには緑間が居た。

 考えていた人間が目の前に居たものだから思わず夢を疑ってその頬に触れてしまう。あたたかい。
 緑間は目覚めることもなく寝息すらとくに聞こえはしない。死んでいるとは思っていないが気になって指先を緑間の唇に近づける。鼻息はわずかに感じられた。と、指を食べられた。歯は立てられなかったが甘く舐められしゃぶられる。緑間らしくない行動に黒子は顔が火照ってしまう。
 何するんですか、その一言が出てこない。
 寝ぼけている緑間の珍しさに混乱していた。
 メガネを外している姿を見るのは初めてではない。けれど、ここまで無防備をさらしている緑間など知らない。
 自分の手首から先が切り落とされたように黒子には感じる。感覚がない。冷えているどころか熱すぎる。どこがどう、なぜ熱いのかも分からない。
 混乱していることだけは確かで原因は緑間だ。
 緑間が悪い。いや、安眠していた緑間にちょっかいをかけた黒子が悪い。謝るから冷静さが戻ってくることを願うが上手くいかない。息ができない。怒られることを覚悟の上で耳元で緑間に「放してください」と囁いた。それで緑間が起きてくれることではなく自分の心臓の音がおさまることを願っていた。もっと静かになってくれないと緑間に聞こえてしまうかもしれない。不審げな顔で体調を尋ねられるのも心配されるのも嫌だ。的外れだからだ。
「黒子か?」
 顔を顰めながらこちらを見てくる緑間に黒子は頷く。
 眼鏡がないせいでよく見えないのだろう。近すぎる距離で目が合うことに気恥ずかしさがある。青峰と肩を組んだ時とそれほど差がないはずなのに目をそらしそうになるのはどうしてだろうか。いつもは緑間の方から先に目をそらすのに今は暗くて眼鏡がないせいで覗きこまれている。
(緑間君の眼鏡は壊れてればいいです)
 手の届くところにあるのなら叩き割ってやろうかと思った。どうしてそんな風に考えるのかも黒子は分かってはいない。緑間の口から解放された指は濡れている。それに対して嫌悪ではなくどうしようもない感情の高ぶりがある。知らない。分からない。ただ心臓が耳元に移動したように鼓動の音が大きすぎて口から出る息が熱く湿る。その不自然さを指摘されてしまえば言い訳はできない。
(これは興奮ですか?)
 今は試合の最中でもなんでもない。
 それなのに身体の熱は上がっていき、心は緊張にガチガチになりながら何かを期待するように先を見たがっている。変な集中力に頭の回転が速くなった気になる。少しの時間で延々の考え続けられるような冷静と混乱の狭間に落ちた。
「黒子?」
 繰り返される自分の名前がどこか甘い。照れくささを誤魔化すように緑間のパジャマで指をぬぐいながら黒子は「黒子はボクです」と告げる。冷静になろうと黒子は周囲の状況を確認する。横目で見て把握できる巨体は紫原だろう。身動ぎすることなく寝ている紫原がいることを考えると赤司が黒子の布団に居たということだ。トイレでは会っていないので黒子が理科準備室に侵入した時に赤司がトイレに立ち、戻るときに部屋を間違ったということだがそんな偶然あり得るのだろうか。黒子が人体模型の頭をもいだ時間はそこまで長くない。
(わざとですか? なんで?)
 緑間の隣で寝るのが嫌だったら最初から同じ部屋割りにしなければいい。キャプテンとして赤司に主導権があるのだから好きな部屋割りにすれば良かったはずだ。布団の並べ方も黒子たちの部屋と同じにする必要はない。この部屋は黒子たちの部屋よりも大きいのだから緑間の隣が嫌ならば紫原を真ん中に置けばいい。
(緑間君が来た時点で紫原君は寝ていたのなら……)
 推論に推論を重ねるだけにしかならないが今回の出来事の原因を考えると赤司にハメらた気がした。
 緑間が黒子の髪の毛を撫でる。
 朝に髪がはねていると「だらしがない」と触られることはあったが今のこれは違う気がした。
「黒子か」
 フッと笑いながら緑間が黒子を布団の中に入れた。
 何を考えているのかと言うよりも先に頭を押さえつけられてキスをされた。
 キスだ。
 唇と唇が重なり合うことが信じられず黒子は目を見開いて固まった。目の前にいるのは間違いなく緑間のはずだが暗い部屋の中で見間違っているのだろうか。黒子の知っている緑間は冗談でもこんな事はしない。チームメイトの誰でもキスなどしてこないのは知っている。
 感極まって熱い試合のあとは青峰や黄瀬となら抱き合った拍子にキスぐらいするかもしれないがそれは親愛の表現とか喜びの興奮からだ。こんな夜中にそんな青春真っ盛りの感情があるわけがない。つまりこれは――。
(緑間君ってボクのこと好きなんですか?)
 角度を変えて交わされる口づけに黒子は上手く息継ぎが出来ない。緑間がクールに見えて情熱的なことは知っていたがこんなキスのやり方をしてくるとは思っていなかった。
 平静を装うことなど無理だ。
 口やかましく黒子に対して言ってくる緑間が嘘のように無言のままに唇を求めてくる姿は何故か黒子に達成感を与える。懸命に黒子の舌先を探り当て吸い付く緑間の熱意にこの時間が続けがいいと思った。
 嫌ではない。嫌どころか心地がいい。座りがいい。
 なるべくしてなった。
(ボクって緑間君のこと好きだったんですか)
 ストンっと落ちてきた納得に心拍数の上昇や手に汗が書いていながら緑間を払い除けようという気がない自分の理由がわかる。なんだってこんな面倒な相手に対してこんな気持ちになっているのかと思わず視線を横に向ければ大きなうさぎと目が合った。暗闇の中でぼんやりと光るうさぎの瞳。蛍光塗料が塗られているのだろうか。うさぎの手の中には黒子の亀があった。
 気恥ずかしくて緑間の服を引っ張る。顔をそむけるようにするとすると抱きしめられて頭を撫でられた。これはこれで緑間の顔が見れない上に息苦しいので嫌だった。
「…………緑間君、ボクはキミのこと好きみたいです」
 合宿の昂揚感の空気だけでこんなことを言っているわけではない。いつだって心にあった気持ちだったはずだ。
 自覚するに至った経緯は無理やりだった気もするが甘く疼くような胸は先程の破裂しそうな心臓よりもよっぽどいい。混乱から黒子は少し落ち着いていた。
「緑間君」
「そうか」
 もっとマシな返答が出来ないのかと黒子は緑間を蹴り飛ばしそうになった。緑間と自分が合わないのはこういう時だ。もう少し言い方があるんじゃないのかと思ってしまう。
「オレもだ」
 緑間の腕を枕にするような形で黒子は寝転がる。
 これなら緑間の顔が見える。近すぎる距離ではあるが両想いの二人なら問題ない。大きすぎた鼓動の音が心地よいリズムに感じられるようになった。開き直ることが出来たということなのかもしれない。変に意識をして空回ることはなくなったのだからこれでいい。
「やけに素直ですね」
 ついいつもの調子はどうしたのかと突いてしまいたくなる。返事はなく無言。見れば緑間は目を閉じていた。寝ているように見える。少しの沈黙の後、黒子は緑間に頭突きをしてみた。だが、起きない。神経質なように見えて図太い。だから平然とラッキーアイテムなどを持ち歩けるのだ。
「寝ぼけてましたとかそんなの許すと思ってますか?」
 ベシベシと黒子は緑間の頬を叩く。
 光の下で見れば赤くなっているかもしれない。
「ボクの初めて奪った責任取ってください」
 暗闇の中で緑間が小さく頷いたような気がした。





(略)




 目が覚めて目の前にある顔に疑問を抱きながら「これは夢か」と緑間は納得した。自分の隣に寝ているのは赤司だったはずで赤司の寝相は悪くはない。だから、黒子が自分の腕を枕にして寝ていることはありえない。照れたようにはにかむ黒子はらしくなく初めて見た表情なので想像力とは面白いと思いながら緑間はその唇に触れる。やわらかく心地いい。薄く開いた唇に誘われるように舌先を入れる。
 本来なら「いいか?」などと相手に確認をとることも考えるのだが口を開けば夢から覚めてしまうだろう。緑間は人事を尽くす。夢を味わいつくしてから起きた方が目覚めがいいに決まっている。黒子の視線が熱を帯びているように感じるのは脳が見せる願望かもしれないが悪くない。
「アララ〜、朝からすごーい? ミドチン情熱的」
 聞こえてきた声に緑間は視線を上げる。ぼやけた視界の中に紫原がいた。眼鏡をかけて自分の腕の中にいる存在を改めて見る。どう見ても黒子テツヤだ。なぜ大人しくこんな場所に収まっているのだろう。夢だろう。そう思って緑間はもう一度キスしてみる。幻覚にしてはリアルな感触。もう一度、キスしてみる。眼鏡が顔に当たると嫌がられた。
「どういうことなのだよ」
 ドッキリに引っかかった気分だ。
 昔、青峰にセミの抜け殻をもらって放置しておいたら中からカマキリが大量発生して鳥肌が立ったことを思い出す。
 問い詰めたところカマキリの卵を仕込んでおいたと抜け抜けと言われた時の何とも言えない気持ち。忘れた頃に孵化するカマキリ、時間差トラップ過ぎて恐ろしい。
「何が目的だ」
 黒子が何を考えているのか分からない。
「それはこっちの台詞です」
 起き上がって黒子はパジャマを脱ぎだした。
「黒ちん、大胆〜」
 紫原が悪戯にはやし立てる。
「人の体を好き勝手しておきながら知らないふりですか?緑間君、それでも男ですか? 責任感とかないんですか?ヤったらヤりっぱなしですか?」
「な、ななななにをっ」
 好き勝手とはなんだろうか。黒子に無理強いをした記憶など緑間にはない。だが、夢だと思って先程キスをしたのは事実で言い訳はできない。やけに頭がスッキリしているとは思ったが自分と黒子の関係を考えればこの近さは夢だと思うしかない。
「夜は激しかったですね?」
 真顔のままに吐き出される台詞は音声が平淡でなければ艶っぽいかもしれない。台本をそのまま読んでいるような演技力ゼロの黒子の言葉は本気と冗談の区別ができない。
「とにかく服を着るのだよ」
 咳払いをして黒子が脱いだパジャマとして使っているシャツを渡す。
「脱がせたのは緑間君ですよ」
「いま、オマエが自分で脱いだだろ」
 指摘すれば「チッ」と舌打ちをされた。ガラが悪い。たしなめる前に黒子が「もういいです」と拗ねたように言うので緑間は何も言えない。不機嫌そうな黒子の雰囲気にどうしてこうなるのかと考えて答えが出ない。
 シャツを着なおして黒子は「それで」と見上げてくる。黒子の瞳は無駄にキラキラと輝いているような気がして、つい、目をそらしたくなる。
「この落とし前、どうつける気ですか?」
「落とし前だと?」
 言い方に険がある。
「ボクの初めてを奪っておきながら居直る気ですか?」
「ミドチン鬼畜〜」
 紫原の合いの手に心臓が掴まれる心地になった。
「悪かった」
「本当にそう思ってますか?」
「あぁ、寝ぼけていたのは言い訳にならない」
「人の身も心も奪っておいて遊びで終わらせる鬼畜眼鏡」
「そんなことは言ってないだろう」
「キミも男なら責任取ったらどうなんです」
 キスをしてしまった責任の取り方など知らない。
 おは朝でもやりはしない。
「キミも男なら責任取ったらどうなんです」
「繰り返すな」
 最初と全く変わらない言い方でリピートされて緑間も弱る。対応を求められているのは当然、理解しているが寝起きで頭がハッキリしていないからかどうにも反応できない。
「キミも男なら――」
「分かったと言っているだろ」
 黒子の言葉を途切れさせたがこれからどうすればいい。
「だからさぁ〜、ミドチンさっさとしなよ」
 だるそうに二人を見つめながら紫原は促した。
(さっさと、何をだ?)
 頭を抱えそうになりながら緑間は紫原と黒子をそれぞれ見る。二人して「早くしろ」と急かしているのが分かる。何かを期待されているらしいが緑間には見当もつかない。このタイミングで口にするべき大切なこと。恋愛の決まりなど緑間は学んできていない。今日のラッキーアイテムはなんだっただろうか。それさえあれば不慣れな恋愛すらも怖いものなしだ。
(あぁ、恋愛なのか? これは……)
 意識すると羞恥心に身が焼かれそうだ。
 黒子とキスをしている姿を紫原に見られていたことも気まずい。友人と情熱的にキスを交わしたりするだろうか、いいや、しない。ならば、自分と黒子は恋人なのか。それは違う。恋人でないのなら黒子が言うとおりにこれは「火遊び」といった表現になるのかもしれない。出される結論として――。
「オマエは今日からオレの恋人なのだよ」
 目を見開いて黒子に告げれば「はい」言いながらこくんと頷かれた。
(良かったのか? これで正しいのか? 訳が分からないのだよ。だが、友人同士でしない領域にいるのなら恋人になるしかあるまい。事実関係が前後したとはいえ、取れる責任の取り方といえばこんなところだ)
 あまり変わらない黒子の表情に助けを求めるように紫原を見れば布団を畳んでいた。偉いのだが一人でさっさと朝ごはんでも食べに行く気だ。マイペースすぎる。いつものことではあるが紫原は日常生活で頼りになる相手ではない。
「黒子、その……いいのか?」
「はい、嫌なら断ります。……もう少し言い方は考えて欲しいですが緑間君は長考に入りそうなので妥協します」
「そうか」
 運動部は恋人がいる人間は殆どいない。練習に明け暮れて恋人といる時間がとれないからだ。つまり周りにサンプルケースがいない。何をすればいいのか分からない。
 恋人になったからと言ってどんな風に接したらいいのか分からない。
「そういえば、赤ちんは?」
 赤司の布団を畳みながら紫原が黒子にたずねた。直後、隣の部屋から悲鳴が聞こえた。一拍遅れて笑い声。そして、泣き声とともに扉が開かれ弾丸のように黄瀬が「緑間っち、助けてぇぇぇ」と縋り付いてくる。黒子は潰れた。
「酷いんスよ! 青峰っちが、生首をッ!! ビビッて黒子っちに抱き着いたら赤司っちに変わったんス! 黒子っちが消えたっスよぉぉ、ってか、なんで赤司っち!? ヤダもうっ」
 泣きながら「赤司っち、超不機嫌そうだったー」と泣く黄瀬に苦しげに呻く黒子の声は届いていないらしい。紫原が黄瀬の頭をつかんで持ち上げる。
「む、紫原っち、ここわいからぁぁ、痛いっスよ」
 咳き込む黒子の背中を緑間は撫でる。
「黒ちん、平気?」
「く、黒子っちが現れた?」
「ずっと居たのだよ。オマエが急に来て押し潰したのだよ」
「こんな形で自分の仕掛けたトラップの罰が返ってくるなんて思いませんでした」
「ごめんね、平気っスか?」
「黄瀬君は赤司君の顔を見て泣き出したことを謝った方がいいと思います」
 視線を扉の方へ向ける一同。
 赤司が仁王立ちでそこに居た。
 青峰も同じ部屋のはずだが来ない。二度寝だろうか。
「人体模型の頭で驚くのは百歩譲って許そう。朝から不快な目覚ましだったけどね。……だが、オレの顔を見て悲鳴を上げるとはどういうことだ? そんなに怖かったか?」
「いや、そんな事ないっすけど……」
 目を泳がせる黄瀬に赤司は「怖かったか?」と近づいて聞く。凄まじい圧力に屈したのか黄瀬は謝り倒した。
 紫原が手を放して足が床についた黄瀬は土下座した。
 とりあえず土下座。それが日本文化だ。
 なんでも許してもらえる魔法の体勢。緑間としては情けないと言いたくなるのだが事が事なので自分の身を優先するのは当然だと思った。赤司も本気で怒っているわけではないだろうが礼節を欠いた態度には容赦しない男だ。
「赤ちん、なんで黒ちんと交換してたの〜?」
 聞きにくいことをズバっと聞いてくれるのが紫原の良いところだと緑間は思った。黒子が何故か自分に抱き付いてくるが赤司の返事が気になったので無視しておく。
「交換したんじゃない夜這いに行ったのに黒子が帰ってこなかったんだ。そして、まさかの緑間の漁夫の利!」
「どういうことっスか?」
 下げていた頭を上げようとする黄瀬を赤司は自分の足で押さえつける。「ええ、まだダメっスか〜」と情けない声を出しながら黄瀬は土下座体勢に戻った。
「一緒に眠ることは簡単だ。だが、あえて別々の部屋に居ることによって発生するイベント、それが夜這いだ」
「なるほど、ボクは緑間君に夜這いされたわけですか」
 キリっとした顔で黒子に言われたが緑間は納得がいかない。
「オレは何もしていないのだよ」
「むしろ、黒ちんが来たんじゃん」
 紫原のツッコミに緑間が頷けば訳知り顔で黒子が頷く。
「運命の悪戯ですね。弄ばれました」
「責任はとったのだよ」
「…………、ほう? 黒子、ちょっと詳しく」
「激しかったです。トロトロです。ボク初めてだったのに」
 あまり自覚がなかったが悪いことをしたのだろうかと緑間は不安になった。これは責められているのだろうか。
「ちょちょちょっ!!」
「黄瀬ちん、うっさい!」
 顔を上げようとして赤司に阻まれながら黄瀬がのたうち回る。いい加減その体勢も問題あると思ったので緑間は赤司に足を退けるように言った。
「緑間っち! そんな優しくしてくれても許さないっスよ」
「オマエから許されないといけない事態などないのだよ」
「酷いっスよ。ズルいっスよ」
「何がだ。涙を拭くのだよ」
 ハンカチを渡してやれば黒子から抱き着かれていた反対側から黄瀬に抱き着かれた。
「そんなんで許すと思わないで欲しいっスね」
「両手に花だね」
「迷惑なのだよ」
「そうです、黄瀬君はさっさと離れてください」
「ヤダ! 淋しいッ」
「黄瀬ちん、こっども〜」
「紫原っちに言われるこの屈辱! 全部、緑間っちのせいっスよ。責任とって!!」
 駄々をこねる子供のあやし方など知らない。
「……肝試し、頑張るのだよ」
「打倒、赤司っちと黒子っちっスね!」
 満面の笑みを浮かべる黄瀬に緑間は溜め息を吐く。
 黒子を見れば何か言いたげだった。
 気付いたのか黄瀬が緑間から離れて黒子に顔を向ける。
「捻り潰します」
「本気を出したテツヤを甘く見ないことだね」
「オレと峰ちんは関係ないからねー?」
「身の毛もよだつ思いをさせてあげます」
「オマエの今の発言だけでも恐ろしいのだよ」
「恋人の前で他の人間といちゃいちゃして! 緑間君はちょっと思い知った方がいいです」
「何の話だ」
「赤司君! 通ったら首が飛ぶ仕掛けを作りましょうよ」
「死んじゃうっスよ」
「新しい顔をイグナイトパス」
「なるほど、人体模型の頭か」
「なるほどじゃないっスよ」
「黄瀬君はそれでも男ですか! 緑間君のことを『あなたは死なないわ。私が守るもの』ぐらい言えないんですか!?」
「黒ちん、それ、女の子のセリフ」
「別に誰かに守られたりなどしないのだよ。オレはオレで人事を尽くすだけだ」
「怖いっスよ。夜が怖いっスよ」
 ガタガタ震えている黄瀬を尻目に黒子は立ち上がる。 
 こんな会話をしている中、赤司も緑間も着替えてしまった。自分も早く着替えなければいけないと思ったのだ。
 青峰が黒子の着替えを持って現れた。
「テツ、行くぞ〜」
「青峰っち、オレのは?」
「部屋戻れよ。……なあ、これってテツが持ってきたのか?」
 人体模型の頭を指の上で回しながら青峰が言った。
「そうです。夜にトイレに行った後に黄瀬君のために取ってきました」
「黒子っち、オレのためにわざわざ……」
「ここにある人体模型って一つだけだよな?」
「そうだったはずです」
「戻しに行ったら頭ついてんだけど、なんでだろうな?」
 首を傾げる青峰に部屋の温度が下がる。
 眼鏡を直しながら緑間は「おは朝を見るのだよ」と口にする。おは朝の放送を見過ごすなどあってはならない。


続きは本編で
発行:2013/03/17
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