パラレル設定。緑黒兄弟もの。 『ボクと弟とそれ以外と』と同設定。 黒子視点。 ボクと弟とそれ以外と・2 愛というのは絶対的な肯定である。 家族は絶対に自分を否定しない。 親は子供を愛してくれる。 そう、黒子テツヤは思っていた。 願望かもしれない。 親の視線が自分越しにすでにこの世に居ない人に向けられているのは知っていた。 けれど、確かに自分のことも見ていたはずだと幼い子供は観察する。 人間観察が趣味だったのは人を計っていたからかもしれない。 自分に向けられる感情を冷静に判断していた。 そう思うと嫌な子供だ。 自分よりももっとひねくれて気難しい子供に会うまで黒子は飲み下せない気持ちを抱えて困っていた。 なぜか自分ばかりが悪いような気がして息苦しかったのだ。 父も母も嫌いではない。 むしろよく分からない。 掛けられた愛情が歪んでいたとしてもきっと出来る精一杯だっただろう。 緑間の親も黒子の親も母でも父でも関係ない。 性別など無意味な程に同じ存在だった。 性格的なもの、性質的なもの、進んだ道筋。 それはそれは運命的。 惹かれあってそして消えた二人は閃光のようだった。 残された二人の子供である黒子テツヤも緑間真太郎もただただ呆然としていた。 現実が分からなくなってしまう程に。 愛というのは絶対的な肯定である。 家族は自分を否定しない。 親は子供を愛してくれる。 だから、家族が必要だった。 一人でなんて生きられるはずがない。 欲しいのはお金ではなくぬくもりだった。 親の愛情を息苦しいと思わなかったと言ったら嘘かもしれないが、なくなるなんて考えてもみなかった。 一人と一人が出会ってやっとバランスが取れると弟になる緑間と黒子は二人の両親の出会いを祝福していた。 暑苦しい心配性が二倍になってしまうのかあるいはお互いに構い切りで放って置かれるのかと二人して考えたこともある。 そんなことが痛みになるよりも先に空虚感になった。 自分を肯定してくれる誰か。 家族。 弟。 緑間真太郎の義兄であることで黒子テツヤの自意識を守ろうとしていた。 それは両親がしていたことと何も変わりはしないだろう。 淋しいのだ。怖いのだ。 他人ばかりの世界で身動きが取れない。 家族愛と恋情の区別がつかない。 淋しいから、怖いから。一人は嫌だという自分の気持ちを押し付けている。 それでも許してくれるはずだと黒子は信じ切っていた。 家族は無償の愛をくれる存在で自分の居場所なのだ。 緑間真太郎が、自分の弟が、自分を拒絶などしないことを黒子テツヤは知っている。 黒子の中にある歪みと緑間の中にある歪みはきっと同じ形をしている。 同じように別々に育った二人だから言葉は少なくても伝わるのだ。 同時に黒子はそれが良いことだとは思っていなかった。 最低だと思っていた。 両親の仕打ちは普通の親とは違う。 ねっとりとした愛情は歪んでいる。 だから自分の中の気持ちをおかしいと思っていた。 弟にとってよくないと理解している。 だから、決して黒子は緑間のことを名前で呼ばない。 弟であるのに名字を同じくすることはない。 名前で呼んでしまったが最後、きっと良い兄の顔は出来なくなる。 今ならまだ緑間が恋人を作って結婚して家を出て行ったとしても普通に祝福できるだろう。 黒子と緑間の両親の結婚を喜べたように笑って送り出せた。 少し淋しくはあったとしてもそれが当たり前だから。 名字の違うままだから弟などいなかったとそんな顔が出来る。 誰かのモノになってしまう緑間は自分の弟ではないとそう言い聞かせて心の中に飼っている歪んだ愛情をなだめるのだ。 「テツヤは真太郎とは違う種類の強さを持っているね」 赤司が見透かすように黒子にそう言ったのは出会って一年後のことだった。 将棋の駒を手の中で弄びながら「二人とも頑固だ」と笑う赤司は小学生に上がったばかりには見えなかった。 大人びすぎて宇宙人に感じられる。 子供の期間がない子供ではない、赤司征十郎は物心をついて早々に完成してしまっていた。 発展途上の中にいる黒子には信じられない人物だった。 「真太郎は『そうならないといけない』という気持ちはあるけどテツヤのように強迫観念はないよ」 「ボクは無理しているように見えますか?」 「頑張るだけ頑張って弾けて消えてしまいそうだ」 的確だった。 「真太郎は肩の力を抜くことを知らないがそれはただ真面目なだけだ。あと優しいんだよ」 「ボクは……」 「テツヤは手を抜いたら見捨てられると思っている?」 図星だった。 「優しくなくても強くなくても見捨てたりなんかしないよ、真太郎は」 「家族ですから」 赤司の言葉は皮肉だったのかもしれないが黒子の中での真実だった。 哀れむような視線を受け入れながら赤司に黒子は礼を言う。 「緑間君と一緒に居てくれてありがとうございます」 「僕の心は広いからテツヤが弟離れできるまで待っててあげるよ」 「それは無理です」 「僕を袖にするとはいい度胸だ」 「そんなつもりはありません。……今のままがいいんです」 「変化を恐れているのかい? 残念ながら、そう上手くもいかないだろうね」 「はい?」 聞きたくない言葉というよりも理解できなかった。 赤司よりもずっと黒子の方が幼いのだろうか。 生きてきた時間など関係ないと言われている気がする。 まるで赤司と黒子は違う星に生まれているようだ。 宇宙人の言葉を時間をかけて翻訳して理解できた頃に新しい言葉を投げかけられる。 年下に対する印象ではない。 「男同士だからね。決着はつかない。 どちらかが、あるいは両方が女性だったなら変化も分かりやすいんだけれど」 「赤司君が何を言いたいのかボクには分かりません」 「家が居心地がよすぎると誰でも婚期を逃すものさ。 ……だから、マズイと思ったら早めにもらってあげるから僕の元にくるんだよ、テツヤ」 「確かに赤司君と居れば一生不自由しなさそうですけれど……」 「束縛されていないと気が済まない不健康な精神だったね。すぐになんて無理は言わないよ。 真太郎にも時間が必要だからね」 赤司は優しかったが黒子が欲しがっているものを与える気はないようだった。 それは黒子を黒子自身より理解していたからだろう。 大学に上がった今なら分かる。 やっと宇宙人の言葉を解析し終えたのだ。 欲しいけれどいらなかった。 不健全なそんな場所から這い上がりたいと思っていた。 精神を立て直したい。同時にどこか諦めている。 最終的に自分よりも年下の少年に逃げ場になると言ってもらっているその事について憤りを覚えたり恥ずべきなのに有難く思ってしまうのは赤司の雰囲気のせいだ。 赤司はすでに少年の姿をしているだけの大人だった。 だからこそ緑間や黒子のことを理解しながら拒絶しない。 哀れみこそすれ、否定しない。 大人だからこそ自分は自分、人は人と分けて考えている。 「ゆるやかに訪れる変化の中でその内、テツヤは選択に迫られる。 傷つき泣いて誰にも頼れないというなら僕の所に来るといい」 赤司の小さなてのひらが黒子の頬に触れる。 指先についた涙を目を細めて舐めとる姿は小学校に上がったばかりとは思えないほど怪しい魅力に満ちていた。 [newpage] 「テツヤ?」 声を掛けられて黒子は立ち上がりかけた。 膝に乗った存在を見つめて座り直す。 健やかな寝息が聞こえてホッとする。 「仕事中に寝入るとは職務怠慢じゃないのかい」 「すみません。……木漏れ日にうとうとしてました」 「謝るべきは僕にではないけど、まあ涼太しかいないようだから放って置いていいかもしれないね」 「よくないです」 膝の上で黒子にしがみついて眠っている黄瀬の頭を黒子は撫でる。 黄瀬の迎えを待って二人で窓際でひなたぼっこしてうっかり一緒に眠ってしまった。 「涼太は目が覚めてテツヤが寝ているとみたらさっそく悪戯をしかけていたけれどね」 「え? 油性ペンとかですか??」 そういったことはしない子供だと黄瀬のことを思っていた。 だが、これは油断していた自分が悪い。 黒子は顔をぺたぺたと触る。赤司は笑いながら顔を近づけてくる。 「違うよ」 顎を指先で持ち上げられるようにして上を向かせられて近づいてくる赤司の顔に黒子は思わず目を閉じる。 吐息が重なりかける瞬間に「何をしているのだよ」と低い声がかかる。 「見て分かる通りにこれから唇を重ねる予定だ」 「何を言っているのだよ!」 「コミュニケーションだよ?」 「赤司、黒子から離れろッ」 「真太郎の言葉を聞く義理はない」 「オマエの鞄を誰がここまで運んだと思っているのだよ」 「真太郎が僕に将棋で負けたからじゃないか」 そう言いながら赤司は黒子から離れ緑間から鞄を受け取る。 鞄の中からパスケースを取り出して黒子の膝の上の黄瀬の頭を叩く。 「赤司君ッ」 「狸寝入りだからね」 黄瀬が黒子のエプロンをぎゅっと掴む。 これだけ騒げば起きるのも当然だ。寝たふりをしていたのも赤司の視線から逃げるためかもしれない。 追及することでもないので黒子は黄瀬の頭を撫でる。 「涼太、ほらほら、お前が見たいと言っていた小さい頃のテツヤだよ」 「マジっスか!!」 ガバッと元気よく跳ね起きる黄瀬に黒子は苦笑する。 案外、赤司は子供心が分かるのかもしれない。 「見せて欲しいかい?」 「見せて欲しいっス!! ってか、写真欲しいっス!!」 「どうしても?」 「どうしてもっス!! どうすればいいっスか? 金っスか!?」 「黄瀬君、小さい頃からそういうやりとりに慣れてはいけませんよ」 「でも、お金があれば大抵のことは何とか出来るって社長が……」 「業界の人は子供にもそんな話を」 呆れたような黒子に「子供は別に純真無垢で綺麗なもの、なわけではないよ」と赤司は言う。 「テツヤだって知っているだろ。子供の方が無邪気な分、残酷だ」 「そういう話じゃないです」 「涼太は結構稼いでいるけど、お金は要らないよ」 「じゃあなんスか? 奴隷契約とかっスか? 舎弟っスか?」 「舎弟と奴隷をイコールで考えるあたり涼太は良い性格しているね。目的のためには手段を選ばないタイプだ」 「写真くれるんなら大体のことは聞くっスよ! あ、でも黒子っちはあげないっス」 「ボクの写真の売買にボク自身が加味されるというのもおかしな話です」 「テツヤは貰うまでもなく僕のモノだからいいとして、涼太はメールは出来る?」 「出来るっス! え、……あ、黒子っちって……えぇ?」 勢いよく手を上げた黄瀬は黒子を振り向き見上げながら目を潤ませる。 「黄瀬君?」 「黒子っち、オレと結婚してくれるって」 「言ってないです」 「うわーん、結婚詐欺っス」 「違います」 「じゃあ、別れてッ」 「誰とです?」 「…………恋人」 チラッと赤司の方を見ながら黒子に抱きついて黄瀬が言う。 頭を撫でれば嗚咽が聞こえた。 子供の泣き出すポイントは未知数すぎる。 「残念ながらボクに恋人はいませんね」 黄瀬の目元をタオルでふいて鼻をかませる。 「この悪魔は虚言癖っスか」 「難しい言葉を知ってますね」 「黒子っち、オレ格好いい?」 「とりあえず、赤司君に謝りましょうか?」 「えー? ごめんなさい?」 「不満たらたらですね」 「あぁ、もう本当、涼太は良い性格しているね。うん。……テツヤに従順なのは評価しよう」 「赤い悪魔って格好いいと思うっス」 「良いフォローです。黄瀬君は逞しく育ちますね」 「テツヤと一緒に居る時間が長いからかな。ねえ、真太郎、どう思う? そんな窓ガラスの汚れを睨みつけて一人で黄昏るのはやめてこっちに来たらどうだい」 赤司に手招かれて緑間は身体を黒子たちの方へ向ける。 「緑間君? どうかしました?」 「別に何でもないのだよ」 「真太郎も思春期だからね、気にしないであげてくれ」 「この頃、黒子っちの迎えに来ないっスよね。愛が足りねえーんじゃねえっスか?」 図星なのか緑間が呻きながら黄瀬を睨みつける。 怖がって黒子の後ろに隠れるかと思えば黄瀬は睨み返した。 良い性格している。 「緑間君大人げないです。……あと黄瀬君、ボクと緑間君の間に愛は溢れ返ってますから大丈夫ですよ」 「えーえーえええぇ」 「こらこら涼太、落ち着け。それで写真の話だが、見せて欲しいなら僕にメールしてくれ」 「空メールでいいっスか?」 「なんでなのだよ!!」 「だって話題ないっスよ」 「ストレートすぎるのだよ」 思わず緑間がツッコミを入れた。 いつもの空気に戻ったようで黒子は小さく笑う。 「それが黄瀬君のいいところです」 「涼太もまだまだ子供だね。僕とお前の共通点といえば一つだろ」 「黒子っちの話っスか? えー? 今日も黒子っちはかわいくて格好良くて素敵ってメールっスか?」 「物分かりが早くて助かるよ」 「本当にそんな内容を予定してるんですか!?」 「そんなメールもらってどうする気なのだよ、赤司!」 「テツヤの育児風景は僕からでは見られないだろ?」 「堂々と本人がいる前でそういう話するの止めて欲しいです」 「園内だとケータイ禁止っスから本当にメールだけっスよ。画像ないっスよ?」 「構わないよ。お前から見たテツヤの姿を毎日欠かさず僕に伝えるんだよ」 「了解っス。隊長!」 「司令とかがいいな」 「赤司司令、よろしくお願いしますッ」 黒子の膝から降りて敬礼する黄瀬は年相応にかわいらしい。 腕を組んでそれに対応している赤司はちょっとダメな人だ。 「で、写真の方は?」 「これだよ」 赤司がパスケースからだしたのはクオカードにされた緑間を抱きしめて眠っている黒子の姿。 「いつのですか?」 「真太郎が眠らないとテツヤが僕に泣きついて来たときの――」 「何の話だ!?」 「んー、もっと昔の黒子っちはないんスか?」 不満だったのか黄瀬が頬を膨らませる。 黒子はほっぺたを指で突っついた。 「オレと同い年の黒子っちが見たいっス!! しれー、司令は持ってないっスか?」 「残念ながら多分どこにもないね。赤ちゃんのテツヤの写真ならあるけれど」 「なんで赤ちゃんのボクの写真が赤司君のあるんです……。というか、なんで四歳ごろの写真がないって知ってるんです?」 藪蛇かもしれないが黒子はつい聞いてしまう。 「テツヤのことだから知ってるよ」と笑ってはぐらかされてしまった。 緑間が微妙な顔をしていたから触れずにいてくれたのかもしれない。 「なんでクオカードなんスか? 黒子っちに穴が空くじゃないっスか」 「真太郎に買い物を頼んだ時に会計をこれでと」 「嫌がらせなのだよ……」 「赤司君、何枚作ったんですか?」 「敦の十年間のおやつ代分ぐらいかな」 「相当の金額ですね」 「いつでもテツヤと真太郎を持ち歩いてるよ」 「使用済みのカードは廃棄じゃ――」 「ちゃんとカード用のファイルに保存している」 「全部同じ柄ですよね」 「そうだね。最近のテツヤの姿を使ってこんなのも作ったよ」 赤司が財布の方からとりだしたカードはタキシード姿の黒子と赤司だった。 「結婚式風?」 「黒子っちはオレのっスよぉ」 「何をしているのだよ!」 「そうっスよ。そこはオレを入れて欲しいっス!!」 「テツヤの連れ子?」 「旦那っスよ。夫っスよ。当主っスよ」 「涼太は意外に語彙が豊富なのかな」 「昼ドラすきですからね。モデルの仕事の合間に見ているとか……」 「教育上よくないのだよ」 「この泥棒猫ッ」 「それはむしろ真太郎が涼太に言いたいとこうだろうね」 ニヤニヤと笑いながら赤司は緑間を見る。 「何の話だ」 「テツヤを独占されて悔しいんだろ。違うかい?」 「そうなんですか、緑間君?」 「別にそんなことはないのだよ。……ただ、オマエが働きに出なくても」 「両親が残した蓄えがありますけどお金は使えば消えますし、 あって困るものじゃありませんよ。 これから緑間君も高校や大学と進学するわけですから進学先は好きに決めて欲しいです」 「涼太、これが良妻賢母というものだよ」 「オレの結婚相手ってことっスか?」 「図々しいのだよ」 黒子に抱きつく黄瀬の頭を緑間は鷲掴みにしてから、ハッと気づいたような顔をして手を放す。 「図々しいっスか?」 「テツヤの隣の椅子が一つしかないならそうかもね」 赤司が何を言っているのか分からないのか黄瀬は首を傾げて時計を見て気付く。 「黒子っち、ちょっとケータイ使っていい?」 「どうぞ」 パタパタと慌ただしげな音を立てて黄瀬は自分の荷物のところに行くと携帯電話を取り出した。 子供用の通話だけが出来るものではない。 普通のモバイル端末だ。 「ごめんっス。……あ〜、もしもし? うん、うん。お願い〜」 電話した相手は親なのか気軽な声だ。 「思った以上に涼太は手練れだね。この年でここまでとは……」 目を見開いて黄瀬を観察する赤司に「キミの方が大人びてましたよ」と黒子は呆れる。 黄瀬は時々、大人顔負けのドライでシビアな面を見せるがまだまだ無邪気でかわいい。 黒子に対して「結婚しよう」と度々、言っているあたりが中々和ませてくれる。 その内、こんな執着心もなくなるのだろう。 卒園した後まで気持ちが続くなんてことはあるはずがない。 「黒子っちは多分信じてくれないからオレはオレで頑張るっス」 「はい? お仕事ですか?」 「黒子っちが待ってて良かったって思える男になるっスよ〜」 「……はあ? あ、黄瀬君、お迎え来ましたね」 「ぶぅ〜、……黒子っち、ちょっと屈んで」 不機嫌そうな顔でちょいちょいと手招きする黄瀬に黒子は素直にしゃがみ込む。 当然のように抱きついてくる黄瀬はそのまま黒子の唇に触れた。 「行ってきますのちゅ〜……っス!」 「どちらかと言えば、さよならのちゅーです。黄瀬君、また明日」 「また、明日〜」 幸せそうな顔で帰っていく黄瀬に溜め息一つ吐いて黒子は立ち上がる。 振り返れば今にも死にそうな顔をした緑間と笑っている赤司がいた。 「テツヤのこの反応からして日常茶飯事かな?」 「何をしているのだよ、オマエは……」 「子供の悪戯ですよ」 「そうかい。じゃあ、僕にもしてもらえる?」 「赤司君は子供じゃないです」 「へぇ、……涼太はテツヤが寝ている時にも勝手にキスをしてたけど、それは子供のやることかな?」 「子供だからこそ、大人の真似がしたいんじゃないですか?」 黒子の発言に赤司は緑間を見て「いいのかい、真太郎」と肘で突っつく。 「何がなのだよ」 「僕達の知らない間にテツヤがとんだ魔性を身につけてしまったよ」 「何の話ですか」 「男を翻弄しておいて知らぬ存ぜぬとは、また恐れ入る」 「赤司……」 「昔からテツヤはそういうところがあったけれど」 「赤司いい」 「気付いた時には押し倒されて」 「そういう冗談はやめるのだよ」 「冗談じゃないよ、真太郎。心配じゃないのかい?」 「黒子はそんなにバカではないのだよ」 よく分からなかったが緑間が赤司から黒子を庇ってくれたのを感じとることは出来た。 「来年には黄瀬君も卒園ですから……そんな重く考えなくても……」 「テツヤは切れる絆だと思っているんだね」 目を細めて赤司は「涼太は聡いからちゃんと気づいているよ」と言った。 気付いているというのは黒子が適当にあしらっていることに対してだろうか。 気付いたところでどうなるというんだろう。 「その内、忘れますよ」 「テツヤは酷いね」 「普通は女の先生だと思いますけど、初恋の八割ぐらいは保育園や幼稚園の先生だって言うじゃないですか」 「テツヤは酷いね」 「黄瀬君は同い年の子と分かりやすくぶつかることはないですけど……」 「一人で居る姿に自分を重ねたかい?」 「仕事ですよ」 「卒園した涼太はもう自分とは関係ない?」 「……黄瀬君の子供を面倒見るまで働けていたらいいですね。結婚早そうです」 「テツヤは酷いね」 赤司の突き放すような瞳に耐えられなくなりかけた時、腕を引っ張られた。 「早く戸締りをして荷物をまとめるのだよ。雑務はあの男にやらせればいい」 「そういうわけにもいきません」 「今日はもう帰るのだよ」 「緑間君?」 「さっさとエプロンを外せ。仕事は終わりなのだよ」 「なんで真太郎が決めるんだ」 「くだらない問答で時間を潰すな、赤司」 「……くだらないか、お前が言うならそういうことにしておこう」 「赤司君、その……すみません」 「怒らせたと思っているなら間違いだ」 「怒ってくれたんですね、ボクのために」 「涼太や真太郎や……僕自身のためでもあるよ。テツヤ、人の好意や真意を投げ捨てるのはやめるんだ」 「赤司」 「受け入れることを恐れすぎている。その無知は残酷だ」 きっと赤司の言葉は正しいのだろうが黒子には宇宙語にしか聞こえない。 だって分からないのだ。 約束などない。 絶対的な安心などありえない愛情。 他人から得る安らぎなど一瞬のものだ。 青峰も火神ももちろん赤司も紫原も、大切で好きだったが他人だ。 家族じゃない。 いつか物理的にも精神的にも距離が空く日が来る。 来なかったとしたら、それはとても幸運なことで日々感謝をするべき奇跡。 「テツヤ、僕は涼太を評価している。その意味が分かる?」 両手で頬を挟んで赤司が黒子を見つめてくる。 近づいて来る顔から逃げられない。 「お前の中の常識をいつか打ち壊すことが出来るかもしれないね」 唇が触れ合う一瞬前に赤司と黒子の間に手が差しこまれる。 当然、緑間だ。 眉間に皺を寄せて黒子を抱き寄せた緑間は空気を軋ませていた。 「涼太との口付けは見送ったのに僕はダメなのかい?」 「ふざけるのも大概にしろ」 「知っているだろ、真太郎。僕はいつでも本気だ」 「もっと悪いのだよ」 「そうかい。……テツヤ、いつか言った通りだ。取り返しがつかなくなる前に逃げるなら僕の所にしておくんだ」 「ちょうどさっき、夢で見ていました」 素直に言えば嬉しそうに赤司は表情を緩めた。 年相応に見える。 「まあいい。敦が待っているから早く帰ろう」 「……紫原君、一人で待っているんですか?」 「買い物を頼んだんだ」 「どうせ無駄に菓子を買っているのだよ」 「真太郎がさっさとテツヤの所に行けばよかったんだよ」 「赤司ッ」 「ボクのところですか?」 「思春期をこじらせてしまってね……」 ふぅっと溜め息をつく赤司は黒子より年上に見える。 兄弟揃って赤司に世話を焼かれているらしい。 「今更『兄の職場に顔を出すのはおかしいのだよ』じゃないだろう」 「そんなこと言ったんですか」 「テツヤが中学の時から顔を出しまくっているというのにね」 「そうですね。緑間君と赤司君と紫原君は顔パスです。園のみんな知っています」 「真太郎は父母の人気が高いよ」 「なんで知っているんですか……」 「時々ウチの試合に応援に来てくれるからね」 「そうだったんですか……!」 「あれ? テツヤに自慢するって年長さんたちは言っていたけど?」 不思議そうな顔をする赤司に黒子は首を傾げる。 記憶を掘り出して納得した。 「あぁ!! 『せんせー、真ちゃん格好いいね』『シュートすごいの〜』とか、 子供たちが急に言い出したりするのは緑間君の試合の後だったからですかッ」 「そんなことを言っているのか……」 「はい、緑間君が格好いいのもシュートを外さないのもいつものことですから気にしてませんでした」 「オマエも何を言っているのだよ」 「大丈夫です。『真ちゃんと結婚した〜い』って言う子にはちゃんと『先生のだからごめんね』って答えてます」 「何を言っているののだよッ」 「真太郎、嬉しいのは分かったからテツヤのエプロンを放すんだ。引き千切れてしまうよ」 赤司に指摘されて緑間は急いで手を放す。 「済まない……」 「いえ、皺はアイロンで伸ばします」 「真太郎が?」 「はい」 エプロンを畳んで緑間に渡す黒子。 腑に落ちない顔をした後「わかったのだよ」と緑間は自分の鞄にエプロンを仕舞った。 [newpage] 赤司と紫原の帰った後、家は静まり返る。 二人っきりでゆったりと過ごすことは今日は出来そうになかった。 赤司が投げつけてきた言葉の数々を無視したままではいられない。 今日の赤司のクリームシチューが美味しかったから頑張ろうと思ったわけでは決してない。 「緑間君、最近ボクのこと無視してました?」 気のせいだと思おうとした。 いつも練習帰りに園に寄って一緒に帰っていたのに最近は来れない理由を並べられて仕方がないのだと無理やり納得させられていた。赤司が教えてくれたことを考えれば全部言い訳だったのだ。 「ボクのこと恥ずかしいですか?」 距離を置きたいと思ったのだろう。 こんな兄は嫌だと感じたのだろうか。 当然だろう。 「一緒に居るのイヤですか?」 「違う」 そう言ってムスッと黙り込む緑間は昔とどこも変わっていない。 出会った頃のままに見える。 そんな風に表面的に考えるのは赤司に指摘されたように『無知』なのだろうか。 知らないということで相手を傷つける。 けれど、知ることで自分が傷つくのはいいのだろうか。 怖いと思った。 「……違うのだよ。その、済まない」 「何を謝ってるんですか」 ぎゅっと抱きしめられて黒子は酷く安心する。 目の前にある緑間の胸板は中学三年生とは思えない。 もう大人の体格だ。いつの間にか自分を飛び越えて大きくなっている。 それが憎らしく誇らしい。 自分の弟が立派であることが嬉しい。 「オマエと青峰が中学の頃からの知り合いだと……知らなかったのだよ」 「はい?」 「知らなかったことがオレは悔しかったのだよ」 言われている言葉は勝手な八つ当たりへの懺悔なのだが黒子は緑間を責める気持ちなど湧くはずがない。 「黒子に友人と呼ぶ存在がいることが嫌だと思ってしまったのだよ。 知らなかったことが嫌だったのだよ」 家族だとはいえおかしな感情だ。 だが黒子の常識で言えば普通だ。 けれど緑間は悩んだらしい。 「オマエの友人にあまりよくない態度を返してしまった……」 「紫原君はよく全方位に喧嘩を売りますよ」 「黒子の体面を考えればよくないのだよ」 「赤司君は全く人のことなんか気にしませんよね」 「オレは大学でも職場でも気まずい思いをするのはごめんなのだよ」 「大丈夫です。緑間君の嫉妬ぐらいでボク達の友情や信頼関係は損なわれません」 「……っ、そうか」 喉の奥で詰まったような緑間に黒子は微笑む。 「それで壊れて消えるようならそれだけの出会いだったんです。 友人も職場の人間関係も大切ですが家族のこと以上に優先することなどボクには出来ません」 「黒子……」 「緑間君が気になるなら大学もバイトもやめます」 「そんな事しなくていいのだよ」 緑間が黒子を拘束しないことを分かった上で黒子は全部を捨てられると口にする。 今までの黒子の積み重ねたものを緑間が捨てろと言うわけがない。 愛というのは絶対的な肯定である。 家族は自分を否定しない。 緑間は黒子を愛しているから信じて好きにさせていてくれる。 それは嬉しいのに心のどこかで不安が芽生える。 「キス、したいですか?」 ずるい言い方をする。 キスをしたいのは黒子の方だ。 緑間だけを感じていたい。 「あぁ」 重なる唇は甘い。黒子のうなじを撫で上げる緑間の指先に身体に震えが走る。 切ない気持ちは安心の泥沼の中に沈んでいく。 本当はもっと交わすべき言葉があったのかもしれないが緑間は何も言って来ない。 黒子はそのことに甘えて口付けを交わすことで悩みを忘れることにした。 『ゆるやかに訪れる変化の中でその内、テツヤは選択に迫られる』 そんな日など来なければいい。 何も選ばずこのまま緑間と一緒に居られるのが一番いい。 そうに決まっている。 2013//22 |