書き換え不能な未来日記の設定です。
サンプルだけでも先に読んだ方がいいかもしれません。
これはこれだけで読めます。
ただ緑黒がいちゃついているだけの話。

ちゅっちゅっチュチュッチュ


黄瀬が不満そうに黒子を見つめる。

「なんで緑間っちとキスするんスか」
「赤司君から言われてるからです」

それは帝光バスケットボール部の中では魔法の呪文の筈だった。
赤司征十郎の言葉は絶対でありそれに異を唱える愚か者などいない、はずだった。

「なんスかそれ?」

黄瀬は不満げな顔のままだ。
赤司の名前を出した時点で黒子にとって「この話題は終わり」といった宣言と同じだったのだ。
この返しは予想外であり黄瀬の人格を改めて色んな意味で見直した。

「…………別にキスしていいじゃないですか。何が問題なんですか」

話題が長引いて緑間がやって来ては気まずい、ただそれだけしか頭になかった。
深く考えることもなく話はこれで終わりにしたかった。

「黒子っち、赤司っちのこと好きなんスか?」
「はい?」

どうしてそんなことを言われるのか理解不能だ。
黄瀬に自分と緑間のキスシーンを見られていたこと自体あまり良いとは言えないのに変な誤解を広められては困る。
だが、誤解を解くのも面倒くさい。
思いたいなら勝手に思っていればいい。
それでこの話題は終わりでサクッと部活に意識を集中するのだ。
黄瀬の様子からしてそんなことにはなりそうにない。

「好きねえ。そりゃあ、そうだろ。なぁ、黒子」
「そうですね」

赤司が黄瀬を面白いものを見るような顔をしていたので会話の主導権はあっさり譲った。
自分は関係ないと黒子は着替え終わっているので体育館へ向かおうとする。

「黒子っち!! じゃあ、なんで緑間っちとキスするんスか。
 あんな! あんなに!! ちゅっちゅっっと!!!!!」

黄瀬の唇が雛鳥のくちばしのごとく突き出る。
練習前の補給としてポテトチップスを食べ続けていた紫原が噴き出した。

「あ、あらら〜。黄瀬ちんのせいで床汚れちゃったじゃん。掃除してよー」
「オレのせいじゃないっスよ」
「ボクのせいでもありません」
「間を取って緑間のせいだな」

どこが間なのかわからなかったが赤司の発言に紫原は「ミドチンに掃除お願いしとくー」と答えた。
そんなことを緑間にさせるわけにはいかないので黒子は出口に向かおうとした身体を反転させて、
紫原が汚した床の掃除をする。

「Tシャツにもついてます、紫原君」
「んー、ありがとう。黒ちんって真面目だよね。放っておけばマネージャーか3軍の誰かが片付けるんじゃない?」
「……そういうわけにもいきません」
「黄瀬ちん、あんま変顔しないでよー」

食べきったポテトチップスの袋を捨てて手を叩く紫原。

「変な顔なんかしてないっスよ!! ねえ、黒子っち!」
「恋人ですからキスぐらいするのは普通です」

ズバッとこれ以上にない返答をしたつもりだったが黄瀬は首を傾げる。
最初からこう答えれば良かったのだが、黒子の中ではまだ緑間との関係を公にするのに戸惑いがあった。
緑間の性格上、誰かにからかわれたりしたらその場の勢いだとしても強く否定してしまいそうで、
方便なのだとしてもそんなものを聞くのは嫌だった。

「でも、黒子っち……緑間っちのこと苦手っスよね??????」
「そうですが、何か?」
「恋人?????」

盛大に黄瀬の顔にはてなマークが浮かんだ。

「どういうことっスか、赤司っち。浮気っスか?」
「紫原、面白いと思わないか?」
「黄瀬ちんの頭の中おかしいね〜」
「ちょ、ちょっと! オレ、真面目に言ってるっスよ?」
「別に浮気じゃありません。最初に言った通り赤司君の監視の元にちゃんと清く正しい交際です」

自分が好きなのは緑間だという気持ちの元、黒子は堂々と告げるが黄瀬の表情は青ざめた。
赤司と黒子を見比べて「まさか……赤司っちがそんな趣味だなんて」と言い出す始末。
紫原は離脱していい立場だったが眠そうな顔のまま新しいポテトチップスの袋を開けた。
コンソメ明太子マヨネーズ味。こってりしている。

「灰崎みたいな悪趣味がそんなにいるなんて知らなかったっス」
「……黄瀬、何の話だ」
「黄瀬君、面倒臭いです」

赤司と黒子は同時に黄瀬の考えを読んで溜め息を吐きたい気持ちになった。

「確かにオレも黒子っちのキスシーン燃える気持ちはあるっスよ。けど、そんな堂々と――」
「黄瀬ちんはそれでなんか問題あんの?」
「黒子っち、キスしよう!!」
「お断りです」
「なんでっスか! 緑間っちとキスしてるならカエルとキスして王子様に戻すことすら出来るんじゃないっスか?」
「黄瀬君はカエルでしたか。今のカエルのままで充分だと思いますよ」
「ってか、ミドチンに失礼だし」
「黄瀬はどちらかと言えば美女と野獣の野獣だな。見た目で人を判断して獣の姿に変えられるんだ」
「赤司っち、それ……オレの呪いは誰が解いてくれるんスか? キスじゃ? 黒子っちのキス??」
「黄瀬君、欲求不満ですか? 鏡とキスをしていると良いと思います」
「冷たいっスよ」

肩を落とす黄瀬にどうしてこんな話になるのか分からない。

「黄瀬は黒子と緑間の関係が気に入らないのか?」
「えー、だって……緑間っち、別に黒子っちといて楽しそうじゃないじゃないっスか」

掃除用具を片付けている途中だった黒子の手からちりとりが落下する。

「いっつもしかめっ面っスよ? 付き合ってるなら好きってことっスよね? 
 もっと花びらが舞うように春の陽気に包まれてニヤニヤしないっスか?」
「そろそろ季節は夏だが?」
「っスけど……違くて、幸せな雰囲気足りねぇーんじゃないかなって」

黄瀬の言葉に自分の隣にいる緑間を思い出して黒子は人知れずダメージを受ける。
確かに緑間は笑わない。不機嫌そうな表情の方が多い。
キスをした後は雰囲気はやわらかい気がするのだが顔を上げて見た時、
瞳は合うことはなく反らされる。
照れているのだろうと黒子自身そうだったので思っていたが実はキスをするのが嫌だったのだろうか。
黒子からキスを仕掛けることも多い上に無駄についた嘘のせいで、
もしかしなくても緑間にとって黒子とのキスはボランティアの一環なのではないのかと疑問が浮かぶ。
だが、これを緑間本人に聞くことなど出来ない。
やぶへぶだ。
嫌々ながらもしているのだと言われたら赤司に指がへし折られるコースになる。
緑間にキスを嫌がられても自分から押し倒しに行く覚悟はない。
黒子に出来ることといえば寝込みを襲うぐらいだ。

(キス、出来なかったら、赤司君に指を折られる……)

それは恐ろしい。
痛いことより緑間との溝を肯定することになる事実が怖い。

「ミドチンは分かり難いからそんなもんじゃない?」
「えー? 緑間っち、黒子っちのこと絶対好きじゃないっスよ」

なぜか断言してくる黄瀬の背中にタックルしてロッカーに頭をぶつけさせたかったが、
それは戯言を認めることになるので黒子は歯をくいしばって耐える。

「どうして黄瀬はそう思うんだ?」
「恋人といたらもっと嬉しそうにするもんじゃないっスか?」
「黒ちんといるミドチンは普通に雰囲気柔らかいけど〜」
「滅茶苦茶険しい顔してないっスか? 不機嫌封じ込め〜みたいな」
「具体的にどのタイミングの話だ?」
「オレが話しかけた時っスね」
「それ黄瀬ちんが嫌われてんじゃん」
「そんなことないっスよ。声かける前にちゃんと観察してるっス!!」
「変態趣味の公言は帝光バスケ部のイメージダウンに繋がりますから控えてください」
「納得いかないっスよ」

別に黄瀬を納得させる意味もなかったが、これ以上の会話自体が気分が悪い。

(嫌われてはいないと思ってました、けど……嫌な相手に対して親切にはしませんよね?)

実際はどうなのか分からない。
赤司の指示が的確だったから嫌々ながらも緑間は流されてくれたのだろうか。

(いま、プラスの位置にいるんだと思っていましたが、
 もしかして赤司君のおかげでマイナスにならずに済んでいる……程度なんですか?)

恋人という地位が酷く空虚に感じた。
何の意味もない称号を誇らしげに掲げて馬鹿みたいだ。

「ミドチンにとってラッキーアイテムって何? 好きなの、アレ?」
「……大切な物、でしょうか? 運勢を補正するための」

唐突な紫原の言葉に黒子は顔を上げる。
体育館に向かって歩く気力が失せつつあった。
練習もせずに帰ってしまいたくなる殊勝な精神。

「こだわってるけど、別に好きとかそういうことじゃないよね」
「そうですね。生活の一部ですね」
「黒ちんもそうなんじゃないの」

サラッと何でもないことのように紫原は言った。
好きとか嫌いとか以前の存在。

「恋人の定義は他人がとやかく口を出すことじゃないな」

赤司の言葉に黄瀬が疑問の声を上げるのを聞きながら黒子は紫原に抱きつく。

「ボク、紫原君のこと好きです」
「あら〜あらら、ありがとう」

お礼の気持ちから「お菓子あげます」と言えば頭を撫でられた。
払い除けようと思ったが、少しぐらいは甘んじて受け入れようと思った。

「オマエ達は何をしているのだよ」

顔をひきつらせた緑間が紫原に抱きついている黒子を睨みつけた。

「友愛を深めてます」
「ミドチン、帰りにまいう棒買ってくれてもいいよ〜」
「なぜ紫原に奢らないといけないのだよ」
「優しくしたから?」
「見返りを求めてくるようなものは優しさではないのだよ。
 そもそもオマエに優しくされた覚えはない。着替え終わったのならさっさと出ていけ」

いつになく口調にはトゲがあった。
黄瀬が「ほら」みたいな顔をするのが腹立たしい。
少し考えるように片目を閉じた赤司が「行くぞ」と紫原に合図する。
紫原は黄瀬を引きずっていった。

「ちょ、ちょっとなんスか!!」
「黒子、1回だ。ちゃんと済ませてからじゃないと練習には参加させない。わかったか?」

主語がなかったが赤司の指先が唇をなぞったので言わんとすることは一つだけ。

「はい、キャプテン」

もやもやと抱えた気持ちをどこかへ投げ捨てることも出来ず、解き放つことも黒子は出来ない。
緑間が訝しむように黒子に視線を向けてくる。

「緑間君、バッシュの紐、解けてますよ」
「なんだと」

解けてはいなかったが眼鏡をかけても視力に不安があるのか人事を尽くすためか
緑間は屈んで靴ひもを確認しようとする。

「ちゅっ」

キスというよりも唇を吸うような微妙なものだったが緑間の尖った空気は瓦解した。
頬には赤みが差して黒子から勢いよく距離を取った。

「お、オマエ……急にするなと言っているだろ」
「したくなってしまったので」

赤司から背中を押されなければ無理だったかもしれないが、
こんな些細な触れ合いで心の中に溜まった気持ちは簡単に溶けて行った。
緊張していたのを紛らわすように「早く来てくださいね」と黒子は入口へ向かう。
顔が熱くなっている。

「待つのだよ」

手首を掴まれて引き寄せられた。
黒子が何かを言う前に見上げた先の緑間の顔は目の前だった。
着替えの最中だからなのか眼鏡をかけていない。
抱きかかえられるように緑間に近づく腰。
心臓の鼓動が伝わりそうな怖さと近い吐息の気恥ずかしさ。
先程の冗談のような触れ合いではなくしっかりと重なる唇。

「……ぁ、…………っ」

湿った黒子の吐息を逃がさないように緑間に全てを持って行かれる。
驚きに見開いた目をいつの間にか閉じてしまったせいで緑間の匂いを感じる気がして足に力が入らない。

ガチャ

扉が開いた音に二人して視線をそちらに向けるがキスをすることを止めない。
緑間と黒子を確認したからか開いた扉を即座に閉めて十センチほど開けてこちらを見つめてきた。
無言だが部員のはずだ。

「……っ、…………んぅ」

意に介さないのか見せつけるつもりなのか緑間の舌が大胆に黒子を責めてきた。
飲み干せない唾液が溢れてしまう。

「……って、続けんのかよ!!」

扉をバーンと全開にして部屋の中に入ってきたのは青峰だった。
さすがに黒子は離れようとしたが緑間の腕はしっかりと黒子を抱き留めて動かない。
嬉しいのだが、恥ずかしい。
緑間の二の腕を叩いてみても反応がない。

「色ボケか!!」
「ボケてなどいないのだよ」
「反論すんのかよ」
「本当のことなのだよ」

激しいキスに腰が抜けかけて黒子は緑間に抱きつく形になった。
着替えている最中なので邪魔になる。

「何してんだよ、お前ら……」
「見て分からなかったのか、青峰。口付けだ」
「キスは分かるっけど……ここでするなよ」
「細かいことは気にするな」
「細かくねえだろ」

付き合っていられないとばかりに溜め息を吐いて青峰は自分のロッカーへと向かう。
一切の言い訳をしない緑間の姿に黒子は胸が熱くなった。

『毎日が楽しい』

日記の記述を思い出してその通りだと黒子は赤司に感謝した。

2012/10/26
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