注意書きというのもおかしいですが、 黒子がメチャクチャ緑間のこと好きです。 理由は本編(サンプルにはないです)で語ってますので、よかったら読んでみてください。 ツンデレ緑間と素直クール黒子の中高時代の話。 キセキ黒というかキセキの世代は赤司を筆頭にみんなして、 邪魔したり応援したりわいわい仲良しで緑黒見守り隊。 書き換え不能な未来日記サンプル 赤司から日記帳をもらって黒子は困った。 「出来ないかい?」 「……緑間君が知ったら怒ると思います」 「聞き返す、黒子。オレの言う通りに出来ないって言うのか?」 「ちょっと悪趣味じゃないでしょうか」 「どのあたりが?」 わざわざ黒子が指摘するまでもなく、これは酷い話だと思う。けれど赤司は微笑むだけ。むしろ黒子が従わないのがおかしいと、そんな顔をする。 「やりたくないなら無理に勧めることはしない」 これは嘘だ。 赤司がやれと言っている以上、絶対に断わらないと思っている。断ったら断った方があとで不利益になるとしっかり教えこまされる。だから、誰でも赤司の言うことを聞く。 黒子も例外ではなかったが、今回ばかりは何も考えずに赤司が正しいと頷くのは難しい。 「別に黒子が嫌なら他の――」 「やります」 赤司の言葉を黒子は遮った。 人が喋っている時に言葉を被せるのが悪いとは思っていても反射的に叫ぶしかなかった。日記帳を抱きしめるようにして黒子は赤司の目を見つめる。赤司が何を考えているのかは分からなくもない。きっと親切心だ。それが大きなお世話で緑間と黒子にとって良くないことになったとしても赤司本人は優しさのつもりなのだ。だからといって許されるはずがないと日記の中身を確認してしまう。『告白』、その言葉の重さを知らない黒子ではない。こんな風に口にすれば本来の意味を見失ってしまう気がした。 「ちゃんと日記通りに行動するんだ。なんたって未来日記だからね」 先のことが書いてある日記帳。 これは遊びに違いない。 赤司征十郎の暇潰し。 負けない男の挑戦。 勝敗の分からないゲーム。 「こんな始まる前から勝っているゲームをするのは本当はつまらないけど……過程を楽しむことが出来るからいいね」 「赤司君、悪趣味です」 疑問形ではなく黒子は断言する。 それに対して赤司は涼しい顔で「頑張るんだよ」と言った。 見守るような顔でこんな無理難題を押し付けてくる赤司に抗議の意味を込めて黒子は「責任取る気はありますか?」とたずねた。黒子が日記通りにしないといけない義務などない。日記通りに行動して失敗したらその責任は自分にある。すべてを赤司に負わせようなど考えるのは間違いだ。そう分かっていても後押しが欲しかった。怖いのだ。成功するかどうかがまだ分からないからこそ無茶を言う。踏み出すのは怖い。けれど、進みたい。その半端な気持ちを赤司に背負わせようとしている。黒子がしていることのずるさを赤司はちゃんと見抜きながらそれでも「もちろん」と微笑んで答えた。 「黒子の願い通りの結果にならないなら、償いとしてこの両の眼をくり抜いてお前達に差し出そう」 「いりません」 黒子の即答に対して赤司は「二人で片目ずつ持つというのもいいんじゃないか?」と提案してくる。呪いのアイテムだ。 「大丈夫です。ごめんなさい」 「オレが負けるわけない。……さっき言った通り、結果などすでに分かっているのだから黒子が心配する必要はない」 黒子は日記の一番最後のページを見る。 流れるような綺麗な文字で「ハッピーエンド」と書いてあった。本当だろうか。そんなに上手くいくものなのか。 「百聞は一見にしかず」 「やってみてから文句を言え、ですか」 このままでは進まない。 「諦められないんだろ?」 赤司はいつでも正しい。 ただ正しいことは良いことではない。 黒子は痛くなる自分の心臓をなだめる様に息を吐き出した。 *** 緑間は練習の後、黒子に呼び出された。 珍しいことだと思いながら体育館の裏手、人通りなどない場所で日が沈むのが遅くなり出したとそんな風に思っていた。 「緑間君……」 黒子が言葉を言いよどむなど相当のことだ。いつも歯に衣を着せない黒子が言い辛そうに緑間を見上げる。そんな目で見るなといくら言っても黒子は聞かない。どうして欲しいのだ。どうすればその眼を止めるんだ。 何を考えているのか分からない黒子の視線に緑間はたじろぐ。黒子は何も悪くはないかもしれないが緑間は落ち着かないのだ。責められているわけではない筈なのに黒子の瞳に心が掻き毟られる。奥歯を噛み締めて何に耐えているのかも分からないまま緑間は待った。 「ボクと、付き合ってくれませんか」 言葉の意味が脳に達する前に緑間は手の中から今日のラッキーアイテムが消えるのを理解した。がっちゃんと音がして豚の貯金箱が割れる。今日のラッキーアイテムは貯金箱だった。家にあったのが陶器の豚しかなかったので持って来たのだが割ってしまっては意味がない。ラッキーアイテムが壊れたからこんな事態に巻き込まれたのだろうか。時流が前後している。時間の流れすらラッキーアイテムは動かせるのだ。おは朝はすごい。 (いや違うだろ。落ち着くのだよ) みずがめ座の黒子のラッキーアイテムは豚だった。偶然だ。別に黒子のことを気にして豚の貯金箱を持ってきたわけではない。自分と黒子の二つ分のラッキーアイテムを持っていたことがどんな意味になるのかなど考えてもいない。たまたま家に会った貯金箱の形が黒子のラッキーアイテムだっただけだ。それも今では壊れてしまった。 早く替えのラッキーアイテムを手に入れないといけない。 「帰りに雑貨屋に寄るぞ。お前も付き合うといい」 弁償しろと言うつもりはない。だが、ラッキーアイテムがないままでは落ち着かない。ならば買うしかない。幸いに豚や貯金箱など分かりやすいモノなら手に入れる方法はいくらでもある。 「違いますッ!!」 割れた貯金箱を拾おうとした黒子が怒鳴ってきた。 「黒子?」 身体中で緑間に食って掛かってくる姿に先程のしおらしさなどない。いつも通り、いや、いつもよりも過激なぐらいだ。 「ふざけてます? どう考えたらそうなるんですか!」 胸板をどんどんと叩かれて緑間はたぶん自分が悪かったのだと少し反省した。だが、少ない言葉で全てを理解しろなどと相手に委ね過ぎではないだろうか。 「お前の言い方も悪いだろ。ちゃんと言うのだよ」 黒子が人事を尽くしていないのが悪い。緑間はちゃんと聞く気で待っていたのだから批難される覚えはない。 「み、……緑間君が、好きです。恋人として、付き合ってください、って、そういう……意味です」 緑間の胸のあたりのシャツを黒子がぎゅっと握りこむ。 言い難かったのだろうどもる黒子など初めて見た。 見上げてくる瞳は潤んでいてこれで緑間が下手なことでも言ったのなら、どうなるのか考えたくもない。 「単刀直入に聞くが、黒子、お前はどうしたい」 「はい?」 「付き合いたいのか付き合いたくないのか聞いているんだよ」 むしろ聞いているのは黒子の方だ。 「え、あ……付き合いたいです」 「なら、付き合ってやるのだよ」 「はい、ありがとうございます」 「……今日は雑貨屋で豚の貯金箱を買うが着いて来るか?」 「一緒に帰ります」 「ほうきを借りてくる。誰も触らないように見ててくれ」 下を指差して緑間は黒子に言い放って駆け出す。 余韻も何もあったものではない。 黒子もきっと困っただろう。 (困っているのはオレの方なのだよ) 黒子の言葉を嘘だと言いたくなるような気持ちが緑間の中に確かにあった。好きだと言われたことが信じられない。そんなそぶりは今までなかった。黒子の好意は分かりやすかったからこそ緑間は黒子に対して思うところがあった。 分かりやすく輝くものに惹かれる黒子に緑間は惹かれていた。他の誰でもない黒子テツヤの凄さは自分が一番知っていると緑間は思っていた。シューターとしてパスを回す黒子の重要性を緑間は理解している。そして、並大抵ではない努力を平然とこなしている姿に魅せられた。 好きだとか付き合って欲しいなど言われるとは思わなかった。黒子の態度から嫌われているのではないのかという疑問すら緑間の中では浮かんでいたのだ。 「待たせ――」 掃除用具を手にして戻ればそこには黒子ではなく赤司がいた。赤司の手の中には赤く染まった陶器の欠片。赤は血だ。 「――黒子が」 「あぁ、素手で触って切ったらしい。今は桃井が治療している。緑間も気を付けるんだぞ」 「どうして、赤司がここにいる」 「偶然だ」 そうは言うものの緑間が席を外して少ししか経っていない。 体育館の裏手のこんな場所に赤司が用があるとは思わない。 「赤司、何を企んでいるのだよ」 「……鋭いが違うな。オレは企んでなどいない」 「何に関わっているのだよ」 「薄々気づいているんじゃないのか?」 「……何のことだ」 赤司が目を細める。 一年近くの付き合いがあるが未だに何を考えているのか読めない。だからこそ将棋で負けてしまうのかもしれない。 読み勝てないからこそ負ける。 けれど諦める気などない。 「なんでもお前の思い通りになるわけじゃないのだよ」 「オレに敗北を教えてくれるなら、それはそれで楽しみだ」 負けないと思っているからこその発言にしか聞こえない。 舐められている。 (いや……自分を過信しているのか?) 赤司の場合は過信とは言えないのかもしれない。 ただの事実、そう赤司本人は口にするだろう。 それが気に入らない。 「お前が何を考えていようともオレは関係ないが黒子に余計なことを吹き込むのはやめるのだよ」 「何の話?」 「ふざけるな、このタイミングでお前がここにいることが偶然なはずがないのだよ。さっきの――」 言いかけて緑間は口を噤む。 赤司が関係なかったとしたらこれは自爆だ。 二人の間のことを黒子が公言されたいとは思っていないのは簡単に想像できる。あれだけ言い難そうにしていたのだから黒子が何も思わず緑間に告白をしたわけではないのは分かっている。からかわれたにしては黒子の反応は初々しく演技には見えない。誰かに強要されたのなら棒読みの大根芸でも披露してくれたはずだ。 黒子が自分に嘘を吐いたという前提で赤司の関わりを考えてしまったことに緑間は少なからず衝撃を受けた。あり得ないと思い過ぎて気持ちを疑ってしまったことを心の中で静かに詫びる。 「何でもないのだよ」 「そうか、ならいい」 赤司は底が知れないのではなく底を見せない。 何を考えてどうしたいのか必要最低限しか明かさない。 それは他人を信用していないからなのか、その方が効率的だからなのか緑間にはよく分からなかった。 「緑間君、片付けるの手伝います」 左手に包帯を巻いた黒子がゴミ袋を持って近づいて来た。 擦れ違う時に赤司が黒子に何かを言ったようだが緑間には何も聞こえない。 「怪我は酷いのか?」 「明日は問題ないと思います」 「……明日はボールを持つの禁止だな」 「大丈夫です」 「切り傷だ。傷が開いたら元も子もないのだよ」 「大したことありません」 「そう言って長引いたらその方が意味がない」 考えを改める気のない黒子を説得するのは骨が折れるのは分かっていた。緑間も引く気はなかった。 「分かりました。その代わり、明日から一緒に帰ってください。…………付き合ってるんだからいいですよね?」 意外過ぎるほどあっさりと黒子が折れたので緑間は目を丸くする。一緒に帰るぐらい要求するまでもない、いつものことだと思った。 「ボクが無茶をしないか緑間君が監視していればいいです」 「分かったのだよ。だが、利き手でないからと言って使い過ぎるんじゃない。お前はいつも――」 「早く着替えて帰りましょう」 黒子が呼びだしたせいで帰りが遅くなったというのにこの態度。小言のひとつぐらい吐き出したくもなったが緑間は嬉しそうな黒子の横顔に何も言えなくなった。 色々と気にかかることは多い。 作為的な匂いを感じるのは気のせいではない。 それなのに黒子の振る舞いに嘘があるようには見えなかった。騙されてしまった方が楽になれる。そんな気分になって緑間はズレを直すように眼鏡に触れる。 明日にこれが夢だと判明したりするのだろうか。 略 赤司はいたく満足気だった。 それに対して紫原はまいう棒を食べながらどうしてか考えて黒子が神妙な顔で赤司から日記を受け取るのを見てどうでもよくなった。赤司に聞くこともしない。 神の信託を受ける巫女とかそんな感じの黒子の真剣さに紫原は呆れと驚愕と無関心とが入り混じったよく分からない気持ちになったのだ。黒子が、というより赤司に対しては誰でも一歩引いたような所があったが今の赤司を見ている黒子の視線は無条件で餌をくれる飼い主に対する従順さで何があったのか考えるだけ野暮だと思った。きっとろくでもない。 「…………赤司君」 日記の中身を見た黒子が抗議するように赤司を見る。 「ちょっとずつハードルを上げようかと思ったんだけど、こういうのは勢いだろ? たぶん」 赤司が断言しない時は結構危険だと紫原は知っている。 錆びた建物にみんなで肝試しをしに侵入したことがある。 お化けがいるとかいないとか以前の問題で老朽化した建物は危なかった。紫原は床に埋まった。 ぎしぎしと軋むベニヤ板に紫原は赤司に危険性をたずねたがその時の返事は「絶対安全とは言わないが、何かあっても死にはしないだろう」だった。確かに死にはしなかった。床が抜けた時、滅茶苦茶怖かった上に猫だかネズミだかに足を噛まれたりしたのだが赤司は「やはり安全じゃなかったか」と呟くだけで助けてくれなかった。分かっていたのなら紫原を先頭にするべきではないはずだがそこはジャンケンで決まった並び順なのでどうしようもない。 (赤ちんならジャンケンの勝敗ぐらい操れる) 紫原は自分が囮にされたのだと分かっている。紫原が通っても床が抜けなかったのなら他の誰かが通っても平気だ。 理に適っているが正直トラウマものだった。 床に埋まってしまった紫原の巨体を救出してくれたのは意外にも緑間だった。青峰と黄瀬に指示を出して動かしていたものの一番先に動いてくれたことに紫原は今でも感謝している。だから、恩人のかわいそうな場面は回避させてやりたかったが相手が赤司という時点で無理なものは無理だ。 「緑間にばかり苦労をかけないように黒子も何か賭けたりしたらどうだ。失敗したら指をへし折るとか」 「怖いですよ」 「そうだな。切断の方がいいか?」 「痛いです」 「簡単だ。未来を変更しなければいい。ちゃんと日記の通り黒子が行動するなら指を失わずに済む」 「赤司君が無理難題を積み上げたりしなければいいんだと思います……けど……」 「告白は無理じゃなかった。無理だと思うのはやる気が足りないからだ。キスの一つや二つ出来ない黒子じゃないだろ」 瞳をカッと見開く赤司に黒子は頬を染めた。 何が何やら分からないが二人が面倒なことを始めていて緑間を巻き込んでいることは部外者である紫原にも伝わった。 誰かに何かを言うつもりはなかったが個人的感想として「ミドチン、かわいそう」と心の中でだけ呟いた。 「仕方がない。そんなに言うならオレが練習に付き合ってやろう。ほら、おいで」 「大丈夫です」 「一日一回が義務だ。……いや、この際だから毎日一回加算だ。明日は二回しないとダメだからね。うん、それでいこう」 「ちょっと待ってください。一年後には――」 「一年ちゃんと続く気でいるんだな?」 「あ、当たり前です! 続いてなかったらそれは赤司君の負けですからね。失敗ですからッ!!」 「杞憂だな」 「赤司君のこと、信じてますから」 ぎゅっと日記を抱きしめる黒子に紫原は色々と思うところがあったが新作のお菓子の味にどうでもよくなった。 「黒子っち〜」 見つけた、と黄瀬が走り寄ってくる。 「なんか緑間っちが探してたっスよ」 「黄瀬君はメッセンジャーでしたか」 「なんでか『知っているだろう』と詰め寄られたっスよ」 「どうしてここだと思った?」 「赤司っちが黒子っちを呼び出してる気がしたからっスか?」 「その理由です、黄瀬君」 「朝練の時に二人で内緒話してたからっスかね」 何でもないことのように黄瀬は言ったが赤司と黒子は表情を固まらせる。二人とも元々が読み取り難い顔ではあったが一瞬の沈黙が黄瀬の言葉を肯定していた。 「案外、見ているね」 「進化する天才というのは観察眼から来るんですね」 赤司と黒子は頷き合った。 二人の仲の良さが羨ましいのか黄瀬は「なに話してるんスか」と混じりたそうに言い放つ。完全に傍観している紫原としては関わりにならないのが一番だと心の中でツッコミを入れながら牛乳風味のプリン味まいう棒を食べた。結構甘い。 「もう少ししたら黄瀬君にもお話します」 「マジっスか? なんスか? なんスか? 一軍レギュラーだけの秘密っスか?」 「そういうわけではありません。ボクの個人的な話です」 「それって、スタメン関係するっスか?」 「すると言えばするね。人間関係のことだから」 「喧嘩してるっスか?」 「逆だね。……あと数日もすれば黄瀬も理解するだろう」 笑う赤司に黄瀬は首を傾げながら「教えてくれるまで待ってるっスよ」と笑った。素直なのは良いことかもしれないが黄瀬はあまりに赤司と黒子のことを知らない。知らな過ぎる。 紫原は眠くなりながらむしゃむしゃとお菓子を食べ続けた。 それで状態が改善されるわけではないと知っているが逃避でもしないとやっていけない。緑間はきっとかわいそうなことになるが被害を受けるのは緑間だけではない。このままならきっとバスケ部のスタメン皆が巻き込まれる。なにせ指揮を執っているのは赤司だ。逃げられるわけがない。 どれだけ緑間が優秀だとはいえ、それは緑間単体で見た時の話だ。赤司と黒子が共謀して緑間に仕掛けたのなら勝てる見込みなど万に一つもありえない。 それでも、抗いそうなところが涙を誘う。 「紫原っちは何か知ってるっスか?」 「さあ? 興味ないし」 どうして黄瀬は嬉々として危ない面倒な場所へ飛び込んでいくのだろう。紫原には理解できない。 「黄瀬ちん、暇?」 「暇じゃないっスけど……わくわくすることがあると夢中になるじゃないっスか」 「わくわく?」 「黒子っちが楽しそうにしてるから何かあるのかなって」 「黒ちん……楽しそうかな〜?」 疑問がある。 「やせ我慢な気がするけど〜」 「そんなことありません」 「黒ちん真面目だよね」 赤司の出した指示に対して赤司の前で不満を出したりはしないだろう。最初は少し戸惑い気味だったようだがすぐに丸め込まれていたので、そういうことだ。逆らえない。 「今はつらいと感じてもその内、快感になる」 「赤司っちが言うと洒落にならねえ―カンジっスね 「そこが赤ちんのいいところ」 「本当っスか? 本当にそれ、思ってるっスか?」 「黄瀬君、そこにツッコミを入れてはいけません」 「ともかく、黄瀬は黒子を助けてやりたいと思うなら緑間を見張っていることだ」 「了解っス!」 敬礼の動きをする黄瀬に赤司は「見たものは逐一全部オレに報告するように」と告げる。それはあまり良い趣味とは言えない気がしたがそれを指摘できる人間はいない。あえて言うなら緑間ぐらいなものだろう。だから、一人、不憫なのかもしれない。紫原は心の中でだけ緑間に手を合わせる。 「緑間君はどこに居ますか?」 「あー、図書室に寄ってから部室に行くって言ってたっスね」 「そうですか。黄瀬君は一人で部室に行けますね?」 「…………はいっス! 黒子っち、いってらっしゃい」 「はい、行ってきます」 着いて行きたかったのだろうが黒子からの拒絶を感じたのか黄瀬は追うことはしなかった。 「これはスネークっスか?」 わけではないらしい。 「今日はダメだ。黒子もまだまだ開き直ってはいないから、そっとしておけ」 「はい〜」 「黄瀬ちん、これあげる」 「紫原っちがッ!! なんでっスか! オレ、これから死ぬんスか?」 差し出したまいう棒に凄い反応をされて引っ込めたくなる。 「あげない」 「なんでっスか!」 「黄瀬、うるさいぞ」 赤司に言われて黄瀬のテンションは下がる。 「お疲れ様のお菓子」 「ありがとうっス。……けど、お疲れ様?」 「疲れてないの? じゃあ、もう少ししたら食べていいよー」 「はあ? そうっスか」 意味が分からないと顔にそのまま出している黄瀬に紫原はそれ以上何も言わずにお菓子を食べ続けた。和む。甘いお菓子もしょっぱいスナックもそれぞれ違って、みんな美味しい。 黒子が薦めてくれたラー油トマト味を食べながら紫原は今後に起こる面倒な騒動に極力関わらないことを静かに誓った。 略 黒子と付き合うというのがどういうことなのか緑間はいまいち理解し切れていない。不自然さはあるものの黒子の気持ちを疑いたいわけではない。緑間も黒子のことは憎からず思っていた。 (いや、憎からず所ではなく――) 黒子のことを思い出して赤面する。 昨日は帰りに二人で雑貨屋に行った。 そして小ぶりの豚の貯金箱を二つ買ったのだ。 陶器ではなくプラスチックなので安くて壊れない。 自分と黒子で一つずつ持っててなかなかいい買い物をしたと緑間は思っていた。ラッキーアイテムの効果か帰りに少しの間だけだが手を繋ぐことが出来た。 思い出すだけでも甘酸っぱい気持ちが胸に甦る。 「緑間君」 後ろから呼びかけられて緑間は瞬間的に身体を痙攣させる。 「黒子か……どうした」 何気ない風を装ったが物凄く驚いた。 顔は見られてはいなかっただろうがいつからいたのだろう。 「黄瀬君からボクを探していたと聞きました」 「黄瀬と会ったのか」 「はい。これから部活に出ますけれど――」 「あぁ……オレも行く」 「何か、用がありました?」 黄瀬に黒子の居場所を聞いたのは殆ど八つ当たりに近かった。わざわざ黒子の教室まで行ったのに居なかったそのことを誤魔化すように同じように黒子を誘いに来た黄瀬に言ったのだ。ただ一緒に部活に行こうと思ったとそれだけのことが緑間は口に出来ない。気恥ずかしさがあった。女子のようにいつでも一緒に行動しないとならないわけではない。 「緑間君……ちょっとそこに立っててください」 何を思ったのか黒子が本棚の上の方をとるようの脚立を持ってきた。本を取るにしても配置がおかしい。緑間の正面に脚立を置いて緑間のことを見たのだ。何をしているかと尋ねるより先に黒子の手が緑間の肩に触れる。 「どうした?」 「避けないで下さい。危ないです」 それは特攻に近かった。捨て身の攻撃。体重を緑間にかけるような黒子に動けなくなる。何を考えて何をしているのか黒子のことをさっぱり理解できない。 ただ唇に触れた感触が幻ではない事だけは確かだ。 転がり落ちないように気を遣っているからか、それとも高さに怖くなったからか黒子の腕は緑間の頭を絞めつけるように絡まった。どうしてこんなことをするのか問いただしたい気持ちと黒子が脚立から落ちないように支えないといけないと状況を把握しようとする。目が見えない。眼鏡がくもってしまったらしい。黒子の顔が当たったせいでフレームが歪んだかもしれない。冗談じゃないという気持ちとそれ以上に触れた唇が離れがたいと思った。 ずっと触れたかったのだと今更分かった。 手を繋いだ時もそうだ。触れたかったのだ。昨日の話ではない。もっと以前から触れたいと思っていた。黒子の瞳が誰を映していたとしても緑間の気持ちは変わらない。自分は自分でしかないのだから取り繕うこともせず自分をただ高めていた。それが黒子に近づく方法だと感じていた。 「キス、するの、嫌でしたか?」 吐息混じりの囁きに返すべき言葉を探す。 不器用で不格好で唐突で大胆な黒子のやり方に対して苦言ぐらい伝えるべきなのかもしれなかったが、出来そうにない。 「急にすみません、あの」 謝る黒子に緑間は眼鏡を外して抱きしめ直す。 「危ないことをするな」 脚立が倒れたが大した音は立たなかった。誰も見ることはない。そう思ったからというよりは緑間自身抑えが利かなかった。手で黒子の頭を固定して逃げられないように動きを制限した。驚いている黒子を無視して緑間は口付けを深くする。 想像していたよりも触れ合いというものは興奮するものだと頭の隅で思いながら、絡み合う舌と舌の熱に身体が落ち着かない。他人の唾液など触れたくもない汚らわしいものだった。それなのにこれ程、夢中になってしまう。 理性の箍が外れてしまったような自分に驚きよりも納得が強い。単純な執着心しか持ちえないと思っていた。恋などというものはよく分からない。けれど、ずっとこうしたかったのだ。黒子テツヤを抱きしめて口付けを交わす、そんなことをする日が来るなど冗談のようだ。きっといくら思っても伝わることはないと心のどこかで諦めていた。 緑間からすれば諦めではなく段取りを踏んでないから、という言い訳だった。遠い未来で結ばれればそれでいい。そんな気持ちでいた。 「……ぁ、……っ、ま、……緑間、くん」 爪先立ちになって肩で息をしている黒子の瞳はとろりと蕩けて頬も赤く染まっていた。かわいらしいと思わずにはいられなかったが言葉は上手く出てこない。 顔を見られるのを嫌がるように黒子が緑間の胸に顔を埋める。制服が皺になると言いたいところだったが黒子の手が緑間の背中に回って抱きついているこの状況で何が言えるわけもない。眼鏡をかけ直して緑間は改めて目の前の黒子を見る。少し震えている髪を撫でると黒子は上を向いた。この角度はキスをしたくなってしまうと未だに濡れている黒子の唇に目がいった。 「……眼鏡、汚れてますね」 黒子の手が緑間の顔に伸びてくる。反射的に飛びのけば身体は本棚に当たりいくつかの本が倒れて下に落ちてしまった。 拾い集めようとする黒子に緑間が詫びようとすれば「眼鏡、拭いてていいですよ」と制された。 確かに見えにくい状態なので緑間は溜め息一つ吐き出して眼鏡ふきを取り出した。本を本棚に戻した黒子は脚立の方も持ち上げた。無理をしているわけではないだろうが反射的に緑間は脚立を持ち上げて既定の場所へ返却した。 後ろを振り返ればいつの間にか黒子はいなくなっていた。 初めから居なかったような消えっぷりだが黒子が超能力者ではなく手品師であることは知っているので今までいた本棚の裏側を覗き込む。そこに何故か座り込んで脱力している黒子が居た。微妙なかくれんぼをしている意味が分からない。 息を吐き出しながら黒子が何か本を見ようとするので緑間は「部活へ行くのだよ」と声をかける。 「……なんで分かったんですか」 「なんのことだ。お前がここに居るだろうと思ったのは単純に消去法なのだよ。いくら影が薄いだけでお前の足が速くないことぐらいオレは知っているのだよ」 出入り口の扉が開いた気配はない。部屋から出てないのだからすぐ近くに居ると考えるのが普通だ。黒子の雰囲気やいつもの行動を加味して考えると先に部活に行ってしまったのだと思ってしまうところだ。黒子も緑間がそう判断したと思ったからこそ気を抜いたのだろう。 「残念ながらオレの方が一枚上手だったな」 視線誘導に引っかからなかったことが緑間はなんだか嬉しかった。いつでも黒子にはどこか負けてしまう。その理由は緑間も気付いている。肩に力が入り過ぎればシュートは入らなくなる。それと同じことだ。黒子を前にしていつも以上に緑間は固くなってしまう。言葉が尖って傷つける。そのつもりがなかったとしても振り返れば黒子の表情はくもっていた。 失敗をしたからこそ次は気を付けるが気を付ければ気を付けるほどに空回ってしまうのだ。 「そんなにすぐに立ちあがれないだろ。手を貸そう」 へたりこんでいる黒子に緑間は微笑みかける。笑うのは下手くそで人に怖がられることも多かったが今回は成功したようで黒子は目を丸くした後に笑って緑間の手を握ってくれた。 「……ちゅっ」 緑間の手を引き寄せながら黒子は立ち上がる。擦れ違いざまの一瞬、緑間の頬にキスをして悪戯そうな子供の顔で「奪っちゃいました」と告げてきた。同い年で同性だとか全く思えない。何処からどう見ても同級生の男なのだとしても自分とは別種類の場所に立っている宇宙人にしか見えない。 よく分からない相手を好きになるものだろうか。実際、好きなのだからどうしようもないかもしれない。 唐突な行動すら愛おしく思えてしまう。どんな理由があったとしても受け入れることができると何故か訳を聞く前から確信があった。 「黒子、急にどうしたんだ?」 「こうしないと死んじゃうんです」 意外過ぎてどう反応するべきか分からなくなった。 「死ぬのか……?」 「死にます。だから、緑間君は毎日、ボクにキスして下さい」 冗談など言うタイプではない黒子だとはいえ内容がおかしすぎる。ジッと見れば黒子は真剣な顔で見返した。 にらめっこ対決は緑間の負けだった。 「毎日?」 「はい。休日も会えますか?」 それはもちろん問題ない。部活が休みの日も会えるというなら逆に嬉しいぐらいだ。 「……黒子、死ぬのか?」 「はい、死にます。緑間君はちゃんと毎日キスしてくれますよね? 大丈夫ですよね?」 念を押してくる黒子に緑間は疑問符を浮かべながら頷いた。 本編へ続く 発行:2012/10/21 |