【前提】
絶対に触れられない影法師の話の設定です。
積み重なる泣き言の一つとしての続き的に。
「影法師」の後日談的な感じなので読んだ後の方が分かりやすいかと思います。
黄瀬は黒子のこと凄い好きだけど、黒子も物凄く黄瀬が好きだとか分かってたら、良いとも言えます。

ただ、どうしようもなくお互いを好きでも、恋心は不変じゃないだろうとかそういうの。
黄瀬が好きな(認めた)相手それ以外に対して明確に対応が違うタイプだから黒子はなんか悶々とするわけですとかそんな感じ。



泣き言を受けて想像してみるあり得ない世界




モデルの仕事を終えて黄瀬は暗くなった空を見る。
撮影に時間はかからなかった。
そのせいかもしれない。

「あの、黄瀬、くんっ」

黄瀬と同じ年頃の彼女はいわゆる出待ちをしていたらしい。
歩いていて気付いて寄ってくるファンではなく、
こういった熱狂的なタイプは扱い方を間違えると怖い。
女性の怖さというものを少しだけ知ってしまったりしている身としては、
そんなに歓迎できるものではなかった。

「これ、受け取ってくれないかな」

制服と口調から考えて多分同級生。
相手の一方的な親しさから言って、もしかしたらクラスメイトかもしれない。
それならばこれは尾行されたということだ。
気持ち悪いとも愛されているとも思わない。
黄瀬から彼女に向ける感情はゼロだった。
別に何も思わない。
話が長引くなら面倒だとは思うが彼女自身に向ける好悪は特にない。
愛されるのに慣れて感覚が麻痺しているのかもしれない。

(オレの欲しい物じゃないなら、どうだっていいって感じ?)

目の前の彼女が好みのタイプであるなら、まだ少しは違ったかもしれない。
そもそも待ち伏せするような人間は束縛しない寛容な娘には全然見えないので選択肢に入らない。
都合のいい女で構わないと口にしながらドロドロとした独占欲をぶつけてくるに決まっている。
そんな人間の相手をするには黄瀬の心は擦れていた。

「読んで、欲しいの。……返事はいらないから。ごめんなさい」

あまりにも黄瀬が愛想笑いすら浮かべない無表情で無言のままだったからか、
泣きながら手紙つきのプレゼントを押し付けて彼女は走り去った。
小さな紙袋の手提げの中の手紙と包み紙。
これを貰って喜べるのは見返りなど求めずにその場のノリで
たとえ同じクラスだったとしても覚えてないなら黄瀬の方は気まずくない。
そう思ったが黒子が知れば怒られそうだと自嘲する。

(泣いてる女の子を慰めるのが男っスよね。
 けどさ、そうしてあの子がずっとオレのことを吹っ切れないままでいたとしたら、それって残酷じゃないっスか?)

どんな奇跡が起きたとしても黄瀬が彼女の気持ちに応える未来などないのだ。
それなら最初から何も触れないままでいた方がいい。

「もしもし、……ねぇ、黒子っち」
『はい、どうしました?』
「オレ今、告白されちゃった」
『そうですか』
「妬く?」
『そうですね』

 淡々と返ってくる言葉に黄瀬は目を閉じて笑みを深めて歩き出す。

「黒子っちは何気に女の子に対して紳士だけどさ、そんな風に接してたらみんなオレに惚れちゃうっスよ?」
『黄瀬君は嫌味ですね。そんなの仕方がないじゃないですか』

自意識過剰ではなく本当のことだ。
普通に接しているだけでも勝手に女の子には優しいと思ってもらえる。
顔が良いのは便利なものだ。
少しトゲのある言動すらも黄色い声で彩られるのが黄瀬涼太だった。
今までずっとそういう風に生きてきた。
中学時代からモデルをし続けているせいか黄瀬は人の視線に敏感で鈍感だった。

『格好いいなら皆が好きになって当たり前ですよ』

否定することなく評価してくれる黒子に負けた気分になる。
きっと勝つことなど永遠に出来ない。
勝ちたいとも思わない。
バスケのような勝ち負けとは話が違う。
黄瀬は絶対に黒子のようにはなれない。
その気持ちを理解したいと思うし、その優しさを愛しいと思う。

「オレ、もし黒子っちが撮影終わって待っててくれたとしたらスゲー嬉しいっス」
『黄瀬君が何処にいるのか知りませんよ』
「いや、いつ終わるのか分からないんで待たせたくはないっスけど」
『わがままですね』
「黒子っちがくれるなら河原の石とか木の実とかでも宝物っスよ」
『あ、合宿の時の……まだ持ってたりします?』
「当然!! 残してるよ」
『そうでしたか』
「手紙も言葉も感情も黒子っちからのは全部大切っスよ」
『……そうですか』
「黒子っちは黒子っちで、黒子っち以外とは違うから」
『そうですね。ボクはボクです』
「オレは黒子っちが思うほど良い奴じゃないし、優しくないっスよ」
『でも、追いかけてるんですよね』

走り出している黄瀬に黒子も気付いたらしい。
息が弾んで声が聞きとりづらいくなれば分かるだろう。

「あの子、オレを忘れるのに時間かかるっスよ」
『そうかもしれませんね』
「黒子っち、妬かないんスか?」
『妬けますね。……黄瀬君、格好いいですよ』

その言葉のためだけに黄瀬は駆け出したのだと改めて知る。
どこまでも単純な気持ち。
好きだから良い顔をしたい。
好きだと思ってもらいたい。
他の誰かではなく黒子に格好いいと思われたい。褒められたい。
泣き続けている彼女には残念ながら何の気持ちも湧かないままだ。

『見つけました?』
「今夜、会える?」
『なるべく早いと嬉しいですが、無理はしないで下さいね』
「了解っス」

名残惜しかったが通話を切る。
電柱に縋りつくようにして泣いている彼女は黄瀬に気付いていない。

「突然のことでビックリして悪かったっスね」

黄瀬の声に振り向いた彼女の顔はぐちゃぐちゃで想像以上に幼くなっていた。
このままでは電車に乗って帰ることも出来ないだろう。
飽きるまで泣いてスッキリしたら黄瀬のことも忘れるんじゃないのかと思ったが、
自分の気持ちを重ねあわせたのなら、そんなことは無理なのだと分かっている。
もし仮に黒子に告白をして好悪も何もないそんな反応を返されたのなら、
黄瀬はどうなってしまうのだろう。
感じていた親しみは一方的だと突きつけられて、
自分が今まで物凄い勘違いの上に生きていたのだと気付かされる。
返事を聞こうとしないのはそれだけがプライドを守れる手段だからだ。
無理やりに聞き出してまで自分を傷つける自傷癖のある人間は手紙など書かない。
ひっそりとしっとりと、けれど抑えきれない熱い気持ちに突き動かされて彼女は手紙を書いたのだろう。
勝手に押し付けられるセンチメンタルな気持ちや理想像など馬鹿みたいだと黄瀬は跳ねつけることも出来た。
黒子に同じことをされたのなら心は切り裂かれて修復は不可能になって、
世を儚んで消え失せたくなるかもしれない。
そうならないことを知っているからこそ黄瀬は黒子のことを尊敬していた。
優しいとか寛容であるとか図太いとかそういったカテゴリー以前に凄い人としか言い表せない。

「オレ、好きな人がいるんスよ。
 ずっと好きなその人以外からの気持ちもプレゼントもあんま嬉しくないんだよ」

本当のことではあったが酷いだ。
女性の気持ちを断ち切る気の利いた言葉など知らない。
みんな察して勝手に消えていく。
傷ついて去っていく。

「その人しかいらないんスよ。だから、ごめんね」

真心をこめてハンカチを渡すと手渡されたプレゼントを指差して彼女は笑った。
凄い泣いていたのにまだ笑える彼女は強いのだと思った。

「それ、ハンカチなの」
「交換っスね。返さなくていいっスよ」
「黄瀬君、優しいね」
「応えてあげられなくてごめんね」

黄瀬の言葉に彼女の涙の量は増えていく。
けれど表情は一人で泣いていた悲壮感漂うものではない。
首を横に振りながら「いいの、いいの」と口にする彼女は純粋で一途で愛らしいのだろう。
けれど、黄瀬の心は全く動くことをしない。

「じゃあ、また明日」
「ありがとう。学校でね」

やはり校内で顔を合わせるだけの範囲の子であるらしい。
酷い扱いをしたら明日から変な噂やこれ以上の面倒事にかかわらないといけなくなったかもしれない。
それを思えば早めに解決できたのは良かった。
こんな風に考えてしまう黄瀬は優しくはないだろう。
優しくなりたいなんて別に思わない。
優しくなりたくないなんて別に思わない。

「黄瀬君、お疲れ様です」

マジバの前で待っていた黒子に慌てて近寄る。
タクシーを使えば良かった。
会いたいといったものの待ち合わせをしたわけではない。

「中に居れば良かったのに」
「待ってたらシェイク飲み終わっちゃいそうだったので」
「奢るっスよ」
「いえ、今日は無料券を持っているんです」
「そんなん配ってるんスか?」
「千円以上お買い上げの方に次回から使えるクーポンとして配布してるらしいです。
 火神君から貰いました」
「……奢っていいっスか?」
「はい?」
「クーポンと引き換えたシェイク、オレにくれないっスか? オレ、黒子っちのを買って渡すから」
「それって黄瀬君が自分の分を買うのと同じことですよね」
「違うっスよ!!」
「……そうですか。じゃあ、お願いします」

腑に落ちない顔の黒子からクーポン券を受け取る。
黄瀬はそのまま店内に入っていった。
手の中でクーポン券をぐちゃぐちゃにして「バニラシェイク二つ Sサイズで」と黄瀬は注文する。
別に意味などないが百数円のことで黄瀬の気持ちは変わる。

「……アレ? なんでSサイズなんですか」
「足りなかったらオレの分あげるよ」
「あの無料券ってMサイズが」
「いらないっスか?」
「いえ、ありがとうございます」

黒子は不思議そうにバニラシェイクを見つめながら黄瀬の隣を歩く。
身長が違うから歩幅も当然違って、黒子のモノに合わせるのが黄瀬は苦ではない。
合わせようと思って合わせるんじゃない。
いつの間にかちゃんと合っている。
黒子が早歩きしているようにも見えないから黄瀬が無意識に速度を落としているのだろう。

「オレが黒子っちを好きじゃない世界なんかあり得ねえなーって思うっス」
「はい?」
「他の全部、オレ自身も嫌いになっても、黒子っちを嫌いになることなんか絶対にできないっスよ」

影に焦がれて手を伸ばして触れられない絶望が、
自己否定に繋がり、自己憐憫をこじらせて、誤った解釈で突き進んでも変わらない。
真実というものは変えようがない。

「たとえばオレの全部が変わっちゃって、いいや、昔に戻ったりとかして、
 バスケとか黒子っちと出会う前のオレがオレになったとしても、オレは黒子っちのこと好きになっちゃうっスね」
「急にどうしました」
「黒子っちのことスゲー好きだなって」

愛情の絶対評価。
そんなことをしていたつもりはない。
けれど、相対的に誰かよりも上に行きたいと誰よりも黒子に愛して欲しいと思う。
自分の中で黒子が誰よりも上に居るのだから、黒子の中の自分もそうであって欲しい。

「オレ、黒子っち以外に構う時間なんて無駄かなって思うぐらいに黒子っちのこと好きっスよ」
「バスケもですか?」
「それは例外かな」
「モデルもですか?」
「どうかな」
「別にボクが死んでも黄瀬君は死にませんよ」
「黒子っちって現実的だね」
「黄瀬君はしぶとそうです」
「褒められてるっスか」
「そうですよ」

好きな人が自分以外の誰かに心を寄せている場面を見るのは辛い。
好きな人が自分以外のことを口にするのは辛い。
好きな人には自分だけを見ていて欲しい。
それはそんなに我が儘だろうか。

「黄瀬君、バニラシェイクください。……一口も飲んでませんよね」

恨みがましい黒子の顔はSサイズでは足りなかったせいなのか。
ふと思いつき黄瀬は口をつけていなかったバニラシェイクのストローをくわえる。

「くれるって言ったじゃないですか」

飲んでいく黄瀬に黒子が拗ねたような顔をする。
顔を背けられる前に屈みこんで口移しで口内の甘いバニラシェイクを渡す。
驚きながらも飲み込まなければ口からこぼれて制服が汚れる。
そこまで考えたかはともかく黒子は目を閉じて震えながら黄瀬がぬるくさせたバニラシェイクを飲み込んだ。
冷たくてドロリとした液体が二人分の唾液と熱でよく分からない白濁液に変わってしまった。

「何するんです」
「ぬるいとマズイっスね。黒子っちの唇は甘いけど」
「普通にください」
「うん、ごめんね」

空になったカップを貰って自分の分のシェイクを渡せば黒子は心持ちほころんだ顔になる。
こういう黒子の顔が見たいからちょっとした意地悪ぐらいならしてしまいたい気持ちになるのだが、
やはり嫌われたくない気持ちが何より強い。

「黒子っちと同じ学校がよかったなぁ」
「ボクは嫌ですよ」
「なんでっスか。そんなに火神っちが好きっスか?」
「どうしてそうなるんですか。……一緒の学校だったら前と同じになるかもしれないじゃないですか」
「前と同じ?」
「なんでもないです」
「え、えぇ、黒子っち、なになに、どういうこと」
「あえて言えばこういう事です」

屈んで顔を覗き込むようにしていた黄瀬の頬に黒子の唇が当たる。

「学校ではよくないです」

誤魔化すようにバニラシェイクを飲む黒子に黄瀬は抱きつく。

「やっぱ、同じ学校がいいっスよ」
「同じ学校にいるレベルで黄瀬君、ちょくちょく誠凛に顔出し過ぎです」
「そんな事ないっス」
「あります」
「そんだけ黒子っちのこと好きってことだよ」
「そうですか、光栄です」
「今日、ウチに寄って行かない」
「遠いです」
「終電ないなら泊まればいいっスよ」
「面倒です」
「じゃあ、明日朝ご飯一緒に食べよう?」
「黄瀬君の家で?」

見上げてくる黒子に別に家に来ることを拒んだわけではないのだと分かって、
驚きと嬉しさで倒れそうになる。

「黄瀬君、顔赤いです」
「幸せの温度ってヤツっスよ」
「よく分かりませんが、バニラシェイク飲みますか?」

そう言いながら黒子がずずと音を立ててバニラシェイクを飲む。
飲み干しているのではないだろうか。

「黒子っち……」
「ん」

上を向く黒子に黄瀬は唇を寄せる。
身長差的なものなのか黒子からバニラシェイクを貰おうとしても黄瀬が飲む量より零れる量が多い。
汚れてしまった制服に不満げな顔の黒子。

「上手くいきませんでした」
「ベタベタになっちゃったっスね」

黄瀬にとっては大成功かもしれない。
甘い香りのする黒子の首筋を舐める。

「外ですよ」
「ベタベタするの気にならないっスか」
「黄瀬君の方が気になります」
「どう気になるんスか」
「変態扱いされますよ」
「世間体とかだったら気にしないっス」

モデル失格である。

「それは常識がなさ過ぎます」

黒子におでこをペシリと叩かれる。
見れば真っ赤な顔で「ベッドの中まで待てませんか」と言われたので、
いくらでも待とうと思った。









学校がつまらないとは思わないが、
黒子がいない場所は退屈だと思う。
遅刻したら黒子に冷たい目で見られるのは分かり切っているので名残惜しかったが、
ちゃんと登校する。

「あ、これどうスっかな」

ぐちゃぐちゃにしてポケットに入れたままにしたシェイクの無料券を開いて見ていれば、
「マジバ、よく行くの?」と声を掛けられる。

「この頃はそうっスね」
「じゃあ、これあげる」

差し出されたのはシェイクの無料券が二枚。
相手を見ればどこかで見た顔だった。

「いいんスか?」
「昨日のおわび」

その言葉と化粧で隠している目元の腫れで昨日、告白してきた彼女だと気付く。

「ありがと、いいんちょー」
「もうっ、その呼び方やめてってば。じゃあね」

真面目なキリっとした顔で睨みつけられて黄瀬は苦笑する。
クラスの学級委員を決めた後の浮足立ったざわめきを黄瀬が一喝したことがある。
別に無視していても良かったが、
部活に顔を出したりするつもりだったのと女の子の学級委員長の表情が黒子に似ていたこともあって助けたくなった。
それ以降も特別仲が良かったわけでもない。
同じクラスなので会話は当然したがそれ以上でも以下でもない。

(昨日どうして分かんなかったんだろ)

見覚えがないと彼女に対して思った薄情さに黄瀬は頭を抱える。
答えはすでに出ている。

「黒子っちはあんな顔で泣かないから」

黄瀬は最初から彼女のことなどまるで見てはいなかった。
彼女越しに黒子を思い出していただけだ。
全然優しくなんかなかったが、黒子が優しいと褒めてくれるなら、
悪者になりたいわけでもないのでこのままでいいだろう。

『三人でバニラシェイク飲まないっスか?』

手の中にある無料券三枚を見ながら黄瀬は火神にメールを送ろうかどうしようか放課後まで悩んだ。


2012/09/16

君だけが好き!
そんな当然のことを疑わないでよ。
この愛は永遠だって証明するから、一緒にいて。

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