04
江戸に来た高杉はすぐ万事屋に向かったが、その崩壊ぶりに目を見張った。事情を聞くため、下階のスナックの扉を引く。

「ちょっといいか」
「ハイハイ、何だい。うちはまだやってないよ」
「銀時に用があって来たんだが、あの壊れっぷりは何だ?」
「……アンタ、銀時の知り合いかい」

笠を被った高杉の派手な着物と左目の包帯、そして左腰に差した刀に不審そうに視線をやったお登勢だが、後ろに背負った佳月を見て不思議そうな目に変わった。何か勘づいたようだ。
赤い瞳に、銀時に似た顔立ち。見る者が見れば気付く。お登勢の見る目は中々肥えているらしい。

「アンタ、その子は……」
「……いずれ改めて挨拶に来るさ」
「……そうかい。結納でも用意して待っておくかね。幸せにしてやってくれよ」

お登勢の言葉から銀時を家族の様に思っていること、高杉との仲を否定はしないことが伝わった。

「俺がどういう人間かわからねェのにいいのか?」
「アイツがアンタを選んだんだろう。私が口を出すことじゃないよ。何より銀時の人を見る目は信用しているからね」
「……そうかィ」

高杉は自分が危険な人物に見えるのを自覚している。まして腰に刀を差しているのだ。普通は警戒するだろう。にも関わらず、お登勢の反応はサッパリしたものだった。
確かに銀時の人を見る目はいいらしい。改めて確かめることになり、高杉の口角はうっすらと上がった。

「銀時だがね、記憶喪失になったのは聞いているかィ?」
「あァ。交通事故にあったらしいな、あの間抜け。雪路は無事なのか」
「雪路は留守番してたからね。今は知り合いに預けているらしい」
「知り合いねェ……」

銀時が雪路を預けていい、と判断するほど信頼する人間は少ないだろう。しかし今の銀時に記憶はない。誰に預けたか見当はつかない。

「で、肝心の銀時だが。一人で頑張ってみるっつって、出てっちまったよ」

(逃げやがったな、銀時の奴)

高杉には銀時が何を思ってそんな行動をとったのか、よくわかった。彼は幼い頃にも一度やらかしているのだ。松陽によくされるのが心苦しくなり、逃げ出そうとしている。その時は高杉が殴り合いの喧嘩をして止めた。生い立ちもあるが元来人に想われるのが苦手な性質で、その癖人を想うことはやめないという、一方通行好きの変態な性格をしている。

「わかった、探してみるわ。ありがとよ」

背を向け暖簾をくぐる高杉に、お登勢は待ったの声を掛ける。

「待ちな。アンタの名前は今は聞かない。ただ、その子の名前は聞かせとくれ」
「佳い月と書いて佳月だ。銀時がつけた」
「……いい名前だねェ」
「そうだろ。良かったなァ、佳月」

自慢気に笑う高杉と、わかっているのかいないのか笑って頷く佳月にお登勢は眉を下げる。まだはっきり関係を聞いていないというのに、惚気られては堪らない。
スナックお登勢を後にした高杉は、近くで宿をとり二日で銀時の居場所を調べ上げた。工場で住み込みで働いているようだ。

「しっかしこりゃ……さすが銀時。トラブルの絶えねー野郎だ」

住み込みの仕事はいくつかあっただろうに、何故裏で攘夷志士と繋がりのある工場を選んだのか。
佳月を背負い高杉は工場へ向かう。昼休憩の時間を狙い、運良く銀時が階段に座り弁当を食べているのを発見した。笠を外し銀時の前に立つ。

「? だ、れ……っ?」

顔を上げた銀時の顔は、高杉の古い記憶にあるものと同じ表情をしていた。真顔であまり表情は変わらず、なのに眼差しはどこか遠くを見るように虚ろなもの。人形よりも生気を感じさせない表情だ。しかし高杉と目が合った銀時は軽く目を見張った。その違いは微かなものだが、高杉はしっかり確認した。

銀時は弁当をコンクリートの階段に置き、胸元を掴んで立ち上がる。一見わかりづらいが、困惑したように眉を下げ後退った。

「久しぶりだなァ、銀時。三ヶ月ぶりくらいか?」
「あの、俺記憶がなくて……」
「んなこたァわかってら。記憶がどうとかは関係ねェ。こんな所で何してる?」
「働いてます。必要だから」

記憶をなくしたことで幼い頃の性格に退行したらしいとわかっていたが、話し方もだった。相変わらず言葉が少ない。高杉はこの話し方によくイライラしたものだ。今は懐かしい気持ちもあるが、記憶をなくした銀時に対してイライラする。

「違ェだろ。てめーは逃げたんだ。自分に関わろうとするものから」

銀時はびくりと体を震わせ更に一歩下がった。高杉は大きく一歩詰め寄る。銀時が開けた距離より、高杉が縮めた距離の方が大きい。
二人の距離は一メートルもないが、これだけ近付いても何の香りもしないことが高杉の心を苛立たせる。匂袋を身に付けていないということだ。マーキングのような香りがないことが、高杉との関係を否定しているようで気に障った。

「お前の名前は、何だ?お前は誰だ」
「俺は『坂田 銀時』って名前だよ。俺は……」
「ハッ、変わらねェなおめーはよ」

初めて松陽に寺子屋へ連れて来られた時も、銀時は同じように答えた。名前は「坂田 銀時」だと言う。けれどその言い方はどこか他人事で自分が「坂田 銀時」だと認識しきれていない。だから“お前は誰だ”との問いに、“坂田 銀時だ”と答えられなかった。銀時という存在が曖昧で、自己と他との境界がはっきりせず、世界に溶けているようだと高杉は思う。
一歩踏み出し、銀時との距離はゼロになった。胸ぐらを掴んで顔を寄せる。身長差が憎いが、そのお陰で労せず左目を見据えることが出来た。どこを見ているのか知らないが、高杉との間にある隔たりが不愉快だ。

「いい加減にしろよ銀時ィ。てめーは今ここで生きてんだ。てめーの目の前にいんのは俺で、てめーに触れてんのも俺だ。しっかり地に足つけて前見やがれ」
「……前、も……同じ……?」
「あァ。これを言うのは二回目だ。同じこと何度も言わせんじゃねー」

銀時の小豆色の瞳が揺れ、顔を歪め髪をくしゃりと握った。思い出したわけではなさそうだが、記憶を揺さぶることは出来たらしい。
高杉は俯き白い首筋に顔を寄せる。唇で辿り、喉に牙を立てた。

「てめーがそうやって逃げて忘れたままなら……銀時が大事なモンを護らねェなら、俺がソレごとブッ壊す」

高杉の言葉に喉を鳴らしたのが振動で伝わる。軽く噛みついて放してやった。
護るのは銀時、壊すのは高杉。いつからかそんな風に分担されていた。高杉は立ちはだかるものを壊す。銀時が敵から、高杉の余波からも大切なものを守る。その横でちょこまかと動くのが桂で、デリカシーのない言葉で苛立たせ被害を大きくするのが坂本だ。
その均衡が崩れるなら、高杉は遠慮なく全てを壊すだけだ。

「オラ、せっかく来たんだ。記憶がなくても抱いてやるくらいしろ」
「わっ!え、この子誰……?」
「佳月だ。てめェが名付けたんだろォが。佳い月と書いて佳月。なァ、佳月?」

おんぶ紐を解き背負っていた佳月を銀時に押し付けた。目を白黒させながらも銀時は受け取り、佳月と高杉を交互に見る。
佳月に笑いかけた高杉を見て、銀時は目を見張り――。

「た……か、すぎ……」

高杉、と名前を呼んだ。





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