救世主は君でした [ 5/13 ]


「ネカフェ…でいっか」


知らない土地で野宿するのもどうかと思うし。と考えた結果、通りがかったネットカフェで一晩過ごすことを決めた。


「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「はい」
「では、こちらにご記入をお願いします」


店員から差し出された用紙に、私は思わず固まった。


(住所、書けない…)


住所も電話番号も、新規登録するための情報は何一つ書くことができないと気付いたのだ。


「…お客様?」
「あ、えっと…「あれ?お前…!」…え?」


突然声をかけられて振り向くと、そこには髪の長い少年が立っていた。


「え…?」
「あ、悪い。お前、さっき公園にいた奴だよな?」
「…?」
「俺のこと覚えてねえか。さっきお前が寝てた公園で、男がいっぱいいただろ?あの中にいたんだけどよ」
「あ、そうなんだ…?」
「おう。…ネカフェに泊まるのか?」
「あー…うん…」
「…ん?」


男が首を傾げる様に、私は苦笑するしかなかった。




「ほんとにごめんね?ありがとう」
「別にいいって。こっちの方が割り勘で安く済むし」
「そっか。えっと…」
「ん?ああ、宍戸。宍戸亮だ。お前は?」
「三木奈々香っていいます。よろしくね」


わけありで住所が書けないと言った私に、ほぼ初対面の宍戸君は何も聞かずにペアシートを頼んでくれた。…すごくありがたいけど、もっと警戒してもいいと思うなあ。


「ところでさ、なんであんなとこにいたんだよ?」
「公園?」
「そうそう」
「えーっと…」


(信じてもらえるのかな。異世界からトリップしてきました、とか)


でもここまで良くしてもらって、理由は話しませんって申し訳なさすぎる。


「えっとね。すごい信じられない話をすると思う。そのことで変な人に見られてもおかしくはないと思うんだけど、私にとっては本当のことなんだ」
「うん?」
「だから…、ちゃんと聞いてもらえる?」


私の言葉に不思議そうに宍戸君が頷いたのを確認して、一呼吸置いてから口を開いた。




「………違う世界から来た、だあ…?」


こいつ頭おかしいんじゃねえの?という視線を盛大に浴び、宍戸君の言葉に苦笑した。


「だから信じられない話をするって言ったじゃない」
「いや、だって…、はあ?」
「まあそういう反応が返ってくることは予想してたけど。でも本当のことなんだもん。私だってどうしていいかわからないし、びっくりしてる」
「…あんまりそういう風には見えねえけど?」
「そう?これでも結構困ってるんだけどね。こっちの世界にきて数時間で、もう既に不便なことにも気付いたし」
「不便?」
「ネカフェにすら一人で入れない。住所が違うから使えない。ってことは履歴書が書けないからバイトもできない。幸い買い物に行く予定だったからお金は多めに入ってたし、お金は向こうと共通みたいだから助かったけど」


ああ、という表情をした後、宍戸君は「でも…」と言葉を続けた。


「家出少女、とかいう理由なんじゃねえの?捜索願出されてて警察にばれるとやばいとか。知り合いにも昔そういう理由であっさり家出ばれた奴いたぜ?」
「あー…。うーん、どうしたら信じてもらえるんだろう…」


宍戸君の言い分は最もだ。私だって、逆の立場だったらそう言うと思うし。今日寝場所を確保できれば明日からのことはまた考えればいいし、宍戸君とだってもう会わないかもしれないけど、このままだったら私はただのおかしな人として認識される。それはなんとなく嫌だ。


「あー…、もし三木が言ってることがほんとだとしてさ、なんでここが異世界だってわかったんだよ?お金が共通ってことは、そんなに大差ない世界ってことになるんだろ?」


助け舟を出そうとしたのか、それとも本当の理由を吐かせたかったのかはわからないけど、宍戸君が発した言葉が救いの言葉のように感じた。


「あのね、この世界、私がいる世界での漫画の世界みたいなの」
「………は?」


本日2度目の変な奴という視線を感じつつも、私はゆっくり口を開いた。



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