理由なんてわからない [ 4/13 ]


『―――っ!』
『―――ろ、――さい』


(声が、聞こえる…?誘拐、犯…?)


ぼんやりと回復してきた意識の中で、遠く聞こえてきた声にゆっくりと目を開けた。


「ああ!目ぇ覚ました!!」
「あーん?ほんとか?」


(…なに、これ?)


目を開けてすぐに視界に飛び込んできたのは、見慣れない制服を着たイケメン集団だった。


「――っつ、」
「おいおい、大丈夫かよ!?」


急に襲ってきた頭痛に頭を抱える。


「なあなあ、なんでこんなとこで寝てたんだ?」
「見かけへん制服やんなあ?」


イケメン集団の後ろに見えるのは、見たこともない公園で、


(…本当に、私は何に巻き込まれたわけ…?)


「聞いてんのかよ?何か喋ってもいいんじゃねーの、あーん?」
「ちょっ、ダメですよ、跡部さん!!そんな言い方…っ」


偉そうな声に顔を上げると、そこには高級感の漂う男が立っていた。
…っていうか、あれ?この人…


「―――…ロ?」
「あん?何だって?」
「チャームポイント、泣きボクロ…の人…」
「…は?」


一瞬でシンとした空気に、自分がとんでもない言葉を発したことに気づいて慌てて口を押えた。


「あ、いや、ごめんなさい。寝ぼけてたんです、あの、ほんと気にしないでください。ご迷惑おかけしました、失礼します!」


口早に言葉を紡ぎ、イケメン集団と目が合わないようにさっと周りを見渡して、近くに転がっていた自分の鞄を手にして慌てて立ち上がった。

その場から走り去って公園の門を過ぎた所で、背後から盛大な笑い声が聞こえてきたが、立ち止まることなく走り去った。


(…うーわ、もう恥ずかしい…!!)




「どういうことなんだろう…」


公園から離れ、適当に歩きながら首を傾げた。最初薬を嗅がされた時は、ただの…と言う言葉が適切なのかは分からないけど、ただの誘拐かと思った。私はなんらかの犯罪に巻き込まれたんだ、って。
それなのに、目を覚ましてみれば目の前に立っていたのは何人もの少年達で。目を覚ます前に聞こえた彼らの声は誘拐犯のものかと思ったけど、あの態度や言動はそうとは思えないものだった。


(それに…)


彼らが誘拐犯なんかじゃないと思う、もう一つの理由。


「あれは、漫画のキャラクター…、だよね?」


私は一度も読んだことのない漫画。それでも記憶に残ってしまう程、私は毎日のように彼らの魅力について聞かされていた。他でもない、常に私の一番近いところにいるかおりから。

それでも覚える気のなかった私はキャラクターの名前なんて知らない。でも、唯一私の印象に残っているものがあった。それは、かおりの部屋にでかでかと飾ってあるレコード盤サイズのCDのジャケットと、かおりがカラオケで歌っては大笑いしていた曲の名前。


「あの顔は、そうだよね…?ってことは…」


整った顔立ちは見間違えるはずもない。名前もしらないけど、あのCDの彼だ。
そうなるとこの状況にも覚えがある。覚えといっても、身体に染みいついたものではなく、単なる記憶。


「かおりが言っていた、二次元トリップ、ってやつなのかな…?」


自分で夢小説とやらを書く程の妄想好きだった彼女が、“一番好き”と言っていたシチュエーション。いまいち理解はできなかったけど、嬉々として語る親友の姿は脳裏に残っていた。

“好きな漫画の世界に、自分が行く”程度にしか把握できてないんだけど。


「…ん?そうなると、なんで私がトリップなんだろう…?」


この世界は、私の好きな漫画の世界ではない。それどころか、あの曲のタイトルくらいしか知らない。それを知っていてあの彼に出会ったからここが漫画の世界だと分かったようなものの、そうじゃなければおそらく私は、漫画の世界に来たことだって気付いてないと思う。


「ここに来るべきなのは、私じゃなくてかおりだと思うんだけどなあ…」


溜め息をつきながら、持っていた鞄の中を確認した。携帯は当然のように圏外。財布はきちんと入っていたので安心だけど、通貨は同じなんだろうか。

とりあえず、今置かれている状況を理解しようと、人通りの多い街の方へと歩きだした。


(黄色いハンカチって、幸せの象徴じゃなかったんだっけ…)


そんなことをぼんやりと考えながら。



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