+
「苗字、」
と廊下で後ろから呼び止められる声と咄嗟に腕を掴まれる感触。反射的に後ろを振り返れば、太陽の光にきらきらと反射する金髪がそこにはあった。――彼は同じクラスの、忍足謙也くん。目が合うと忍足くんははっとしたように、悪い、と零すとぱっと掴んでいた腕を離した。
「忍足くん、どないしたん?」
「…なあ、自分、今度の日曜日ひまか?」
「へ?」
まるで想定していなかった質問に名前は思わず間抜けな声をあげた。いまいち質問の意図が分からないまま、驚いたままの頭に、日曜日、日曜日、と軽く記憶を呼び起こしてみる。
「え、……うん、暇やけど。」
答えると忍足くんは、あの、と何か言葉を続けようとして、しかしそれを喉に詰まらせた。少し俯き加減に見るからに言いにくそうにもじもじしているものだから、なんだか聞いているこちらまでそわそわしてきてしまう。
「お、忍足くん?」
そのむずがゆい空気に耐え切れず、名前が小首を傾げて言葉の先を急かすと、意を決したようにきゅっと唇を真一文字に結んだ忍足くんが、顔を上げた。その目がいつになく真剣で。
「日曜日、試合、あんねん。よかったら…見に来てくれんか?」
真っ直ぐにじっと前を見据えたままで忍足くんが言う。その面持ちにどきり、大きな音で心臓が鳴る。今度はこちらがもじもじする番だった。
「わ、私が見に行ってもええん?」
「当たり前や。」
「わたしテニスのことよう知らんで?」
「おん。それでも苗字さえよかったら、来てくれたら嬉しいんやけど…、」
最後は消え入りそうな声で、来てくれたら嬉しい、と言った忍足くんの言葉が、けれど名前の鼓膜の内側ではとてもクリアな声で反芻していた。そんなことを言ってもらえるなんて…、感激だ。
「……うん、ええよ。」
「ほ、ほんまか!?」
小さな声で答えると、先程までもじもじしていたのが嘘のように忍足くんの顔がぱっと明るくなった。がしっと勢いよく両手を握り締める忍足くんの、その勢いに気圧されそうになりながら、名前もこくこくと首を大きく上下に振って何度も頷いた。
「おおきに!よっしゃ、絶対格好ええとこ見せたるからな!」
びしっと目の前に人差し指を突き出し、それだけ言い残すと、すぐさま忍足くんはダッシュで廊下を走り抜けて行った。途中で先生に、廊下を走るな忍足、と思い切り注意されていたが、忍足くんの背中はみるみるうちに小さくなって、やがて角のところで見えなくなった。
立ち尽くしたまま、ぼんやりと走っていった方を見つめる。心臓はまだどきどきと五月蝿く脈打っていた。